2020 Tokyo Paralympics - Day 5
Photo: Alex Davidson/Getty Images for International Paralympic CommitteeTOKYO, JAPAN - AUGUST 29: McKenzie Coan of Team United States embraces silver medalist Giulia Terzi of Team Italy after winning the gold medal in the Women's 400m Freestyle - S7 Final on day 5 of the Tokyo 2020 Paralympic Games at Tokyo Aquatics Centre on August 29, 2021 in Tokyo, Japan.
Photo: Alex Davidson/Getty Images for International Paralympic Committee

海外メディアが「東京五輪」を再検証、何重もの恐怖と戦った人々

オリンピック史上初のコロナ禍開催となった『東京2020』の全貌に迫る(中編)

翻訳:: Genya Aoki
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※本記事は、Delayed Gratification Issue#44に掲載された『Running on empty』を翻訳、加筆修正を行い、転載。

『東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以降は『東京2020』)』は、日本を再生し、停滞している経済を活性化させるはずだった。しかし新型コロナウイルスの大流行が世界を襲う中、『東京2020』が実現するかどうかさえ疑わしいものになった。

東京を拠点に活動しているライターのキンバリー・ヒューズ(Kimberly Hughes)とORIGINAL Inc.のエディトリアル・ディレクターであり、スロージャーナリズム誌『Delayed Gratification』のエディターも務めるマーカス・ウェブ(Marcus Webb)が、記憶に残っている限り最も驚くべきスポーツイベントの舞台裏に迫る。

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開催、その真意は……

しかし、オレゴン州にあるパシフィック大学の准教授で政治学を研究し、オリンピックを激しく批判してきたジュールズ・ボイコフ(Jules Boykoff)は、さまざまな憶測が飛び交う中でも中止が有力な選択肢になるとは思っていなかったという。

「開催都市との契約は、国際オリンピック委員会(IOC)に非常に強い権限を与えています。オリンピックを中止するかどうかは彼らの専権事項であり、絶対に中止するつもりはありませんでした。五輪は彼らの黄金の資金源であり、開催都市の健康問題のためにそれを止めるなどは考えていなかったでしょう」。

オリンピックで披露されるスポーツの素晴らしさは、大会に関わる企業や政治家の行動に対する説明責任の欠如を覆い隠しているとボイコフは考える。

「私がさまざまな面で尊敬する素晴らしいアスリートたちがいるのは確かで、オリンピックのプラスの面は確かにあります。一方で、オリンピックを私利私欲のために利用する勢力が存在し、地元の人々から民主的な選択肢を奪っているのです。私は、オリンピックには本当の意味での民主主義の欠如があると思っています」。

資本主義の祭典

ボイコフは、オリンピック秘史:120年の覇権と利権(Power Games: A Political History of the Olympics)』をはじめ、オリンピックに関する4冊の著書の作者だ。彼はオリンピック・パラリンピックは「祝賀資本主義」の一例であり、世界最大のスポーツイベントを開催することで得られる高揚感を利用して、当局が「通常の政治的な状況では決してできないようなあらゆることをする(機会)」だと捉えている。

最近の大会で繰り返されているパターンとして、過剰支出、公共空間の軍事化、グリーンウォッシュ、強制移住を含むジェントリフィケーションなどを挙げた。

『東京2020』の招致資料に記載されていた73億ドル(約8,314億円)の開催費用が(日経新聞の報道によると)推定280億ドル(約3兆1,890億円)にまで膨れ上がったこと、大会に先立って顔認証システムが導入されたこと、大会後に高級不動産プロジェクトに変えられるオリンピック会場を建設するために経済的に恵まれない人々を移転させたことなど、その全てが実証されたと彼は考察する。

「私は2019年に東京を取材し、1964年のオリンピックで転居させられた人たちと会いました。彼らは2020年のオリンピックのために再び公営住宅から追い出されたのです」とボイコフは語る。「彼らはとても怖がっていて、実名を使わせてくれませんでした。報復を恐れていたからです」。

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パラリンピックが持つ経済以上の価値

ボイコフはまた、『東京2020』が「復興五輪」になるという約束を果たせなかったと話す。「オリンピックを開催することで、(2011年に起きた東日本大震災の)被災地を救うことができるといわれていたが、実際にはそのようなことはありません。私が福島で取材した人たちは、『オリンピックは復興に悪い影響を与えた』と言っていました。というのも、クレーンや機材、人材がオリンピックのために東京に集中し、福島には来なかったからです。実際の復興や環境への配慮というよりも、ただの見せ物でした」。

2021年4月23日、「緊急事態宣言」のスピーチの中で前首相の菅はこう発言している。「開催はIOCが権限を持っており、IOCは開催をすでに決めています」 。ボイコフはこの瞬間こそIOCがいかに大きな力を持っているかを世界に知らしめる衝撃的な出来事だったと話す。

「日本の総理大臣が、オリンピックを中止する権限はないと公言したのです。認めるのに屈辱的だったに違いありませんが、彼は正しかった。このような対決を見るのは初めてでしたが、正直なところIOCが開催都市の誰よりも自分たちのことを考えていることが、これほど明らかになったオリンピックはないでしょう」。

国際パラリンピック委員会広報部長のクレイグ・スペンス(Craig Spence)は、政府と組織委員会の間に対立があったという指摘を強く否定している。「(パンデミックに)決してひるまなかったのは、日本政府、東京都、そして組織委員会です。彼らはずっと『いや、できる』と言っていました」。スペンスはまた、大会、特にパラリンピックは経済事業以上のものだと主張する。

「私たちは障がい者の権利をニュースの話題にします。(パラリンピックは)その世界で一番のイベントなのです。もし東京でパラリンピックが開催されなかったら、障がい者の権利に関する次の世界的な議論の場は2024年。

それは、どれほど大きな挫折を意味するでしょうか。私たちはこの大会を実現させなければなりませんでした。なぜならば、(パラリンピックは)アスリートのためだけではなく、テレビ契約や商業契約のためでもなく、12億人の障がい者のためのものだからです」。

見えない敵と戦い続けたメダリスト

選手たちは、大会中止の憶測に翻弄(ほんろう)される生活を何カ月も送っていた。水泳のマッケンジー・コーアン(McKenzie Coan)は2012年のロンドン大会に出場し、2016年のリオ・パラリンピックでは金メダル3個、銀メダル1個を獲得した選手だ。

新型コロナウイルスが最初に米国を襲った時、24歳の彼女はジョージア州の実家に戻り、ガレージで急きょ組み立てたつなぎのプールで、来ないかもしれない大会に向けてトレーニングを行っていた。「大会の2カ月前になっても、絶対に実現しないと思っていました」と彼女は振り返る。

IOCと国際パラリンピック委員会(IPC)は、最初の延期の時点ではワクチンの入手時期が未定だったため、定期的な検査を実施することが安全な大会を実現する最善の方法であると判断。そして、選手が東京に向けて家を出る前から検査を開始した。

「東京へ行くためには、出発前96時間以内に2回の陰性反応が必要でした」とスペンス。「検査は全て日本政府の承認を受けた認定調達先のものでなければならず、そのためには膨大なロジスティック作業が必要です。アフリカの小国やラテンアメリカの国では、ヨーロッパほど検査インフラが充実していないため、大きな問題となりました」。

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「一番恐ろしかったのは事前に自ら検査すること」

「この状況下で最もストレスを感じたのは、出発の準備だったと思います」とコーアンは振り返る。「一番恐ろしかったのは、事前に自分たちでコロナウイルスの検査をすることでした。もし陽性だったらどうしよう……と」。

コーアンの検査結果は陰性で、彼女は史上最大級のパラリンピックである東京大会に参加した4403人のパラリンピアンの一人となった。彼らは、オリンピックに参加した1万1417人のアスリートと、約7万9000人の関係者、記者、サポートスタッフに続いて来日した。

東京に来る全ての人の安全を守るという巨大な責任を負わされた一人である『東京2020』組織委員会の高谷正哲(たかや・まさのり)は「大会参加者をアスリート、放送関係者、メディア、大会関係者など7つのカテゴリーに分けて、それぞれ別のプレイブックを作成することにしました」と説明する。

そして、それぞれのグループにとって厳密に定義されたルールやプロトコルに沿った、「自分たちだけの『東京2020』の旅」が用意された。

大会合計で100万回以上の検査を実施

入国後は、選手村と競技場の間など特定の場所にしか移動できず、頻繁に検査が行われた。「合計で100万回以上の検査を実施しました」と高谷。「選手村で感染者が出た場合、その人はすぐに隔離され、濃厚接触者と判断された人も毎日検査されたのです。このように 『バブル』を守ることが、感染を抑制するための鍵でした」。

「トレーニングに気を取られることなく、(検査は)日課のようになっていました」と、コーアンは綿棒を使った絶え間ない検査について語る。「大会を安全に保つために不可欠なことを、リズムに乗って、日々確実にこなしましたよ」。

彼女は、骨形成不全症という結合組織の障がいを抱えており、骨が折れやすく、肺が感染しやすい状態にあるため、ウイルスに大きな不安を感じていた。

「コロナウイルスに感染したら自分がどうなるか分からないので、本当に怖いです」とコーアンは言う。「選手村ではその恐怖を常に意識してしまい、食堂の列で誰かが私に近づいてくると、少し不安になりました。

大会では何百人もの選手が泳ぐのですが、ウォーミングアップやクールダウンのためのレーンは10本しかない。大勢の人と一緒に行動することになります。私はいつも無意識的に人から離れようとしていましたが、それは精神的にとても疲れることでした」。

唯一、コーアンの感染対策への意識が緩んだのは、彼女の得意種目であり、イタリアのジュリア・テルツィ(Giulia Terzi)との激しい競り合いとなった400メートル自由形に出場した時だった。

「最後の50メートルで頭を下げて、自分に言い聞かせました。『何があっても、あの壁には1位で着くんだ』と。この1年を振り返り、パンデミックの時には『もし大会が中止になったらどうしよう』と考えていたことなど、全てを燃料にして、つらい経験を無駄にしないように頑張りました」と彼女は語る。

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「勝利のハグを交わした後、恐怖に襲われた」

それが功を奏し、コーアンはパラリンピックでのキャリア4度目の金メダルを獲得。そして、彼女はわれを忘れてしまった。「全ての感情が爆発したようでした。テルツィにハグをして、銅メダルを獲得したチームメイトのジュリア・ガフニー(Julia Gaffney)とも抱き合いました。『ああ、勝ったんだ』とぼうぜんとして、ふと『人とハグしたんだ』と気が付き、恐怖に襲われたのです」。

幸いなことにコーアンは感染しなかったが、大会中にコロナウイルスに感染した選手やサポートスタッフもいた。101万4170件の検査のうち、299件が陽性と確認された。「これだけの人数を検査し続けるのは決して簡単ではありませんでしたが、正しいことでした」とスペンスは言う。

感染拡大は『東京2020』が原因か?

「人々に安心を与えただけでなく、感染した人をすぐに隔離し、感染拡大を食い止めることができました。メディアでは五輪が『スーパースプレッダーイベントになる』と多くの人が言っていましたが、そんなことにはなりませんでしたね」。

しかし、大会の開催と同時に日本では感染者が激増した。オリンピックが始まった2021年7月23日に確認された感染者数は4212人。その約1カ月後(8月29日)、コーアンが金メダルを獲得した週には1万9,339人を超えていた。

スペンスは、大会の関連性を否定している。「新型コロナウイルスには波があるんです。日本では感染者数が増えたことを大会のせいにされて、悔しい思いをしました。

ある日、あまりにも腹が立ったので、朝5時に起きてオフィスへ行き、データを調べたことがあります。確かに東京の感染者はその4週間で約160%増加していたが、飛行機で4時間の距離にある日本の別の都市では、3500%の増加が見られました。大会が原因ではないのに、人々が責任を追及して、本当に腹立たしかったのを覚えています」。

ボイコフは、オリンピックが日本中の感染拡大に影響を与えなかったという考えには同意しない。

「オリンピックバブルの中でスーパースプレッダーイベントが起きなかったのは幸いでした。しかし、競技を上映するためにさまざまなレストランやバーがガイドラインよりも遅くまで営業していたため、(非常事態宣言が)それほど大したことではないように思われてもいました。(感染者)数の急上昇は……公衆衛生よりも金銭が優先されたためなのは明らかでしょう」。

後編に続く

東京2020オリンピック・パラリンピックを振り返る……

  • Things to do

緊急事態宣言下、2021年8月24日開幕の東京2020パラリンピックが、12日間にわたる全競技を終えて閉幕した。同一都市での2回目となるパラリンピック開催は史上初、日本が獲得したメダルは金13個、銀15個、銅23個、合計51個。この数字は2004年のアテネ大会時に次いで2番目で、大躍進を遂げたと言えよう。

  • Things to do

2ドイツテレビ(ZDF)プロデューサーとして、『東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会』(以降『東京2020』)の現場から自国へ向け発信してきたマライ・メントライン。彼女は、この国家的事業をどう受け止めたのか。同大会における文化的価値にフォーカスした総評を寄稿してもらった。

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  • スポーツ
  • スポーツ

『東京オリンピック・パラリンピック』は、ある種の「落胆」から始まった。新型コロナウイルスが流行する中、スポーツイベントを推進することは、本来ならば興奮と祝福に満ちた機会を無駄にしてしまうのではないかと感じられたからだ。しかし、大会が盛り上がるにつれ、恐怖と不安の時代に力強い光を放つことが証明されたと言えるだろう。

ここでは、東京パラリンピックの6つの印象深いハイライトを紹介する。

  • スポーツ
  • スポーツ

正直なところ、この困難な状況で東京オリンピックを開催するのは、簡単なことではなかった。選手たちは新型コロナウイルスの影響で、制限のある中トレーニングに励んだ。そして、コロナ禍に大規模な世界的イベントを開催することが適切であったかどうかについては、いまだに多くの議論がなされている。しかし、悲惨な状況が続いた1年半を経て、オリンピックは必要な気晴らしを与えてくれたとも言えるだろう。

今年のオリンピックは、開催に向けて長い期間準備をしてきた人々にとって思い描いていたものとかけ離れていたが、それでも多くの点で驚くべきことがあった。例えば、ヒディリン・ディアス(Hidilyn Diaz)がフィリピン史上初の金メダルを獲得したり、エレイン・トンプソン(Elaine Thompson Herah)が100メートル走で金メダルを獲得し世界最速の女性になったりと、画期的な出来事が起こった。

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  • Things to do
  • シティライフ

今年の『東京オリンピック・パラリンピック』は、アジアの都市で初の2回開催、史上初の延期、そして初の無観客など、初めてのことがたくさんある。2020年以前に誰もが予測していた状況ではないが、ようやく2021年7月23日に東京オリンピックの開会式を迎えることができた。

開会式には、オリンピックの名誉総裁に就任した天皇陛下が登場。VIPを除く観客の入場は禁止されていたが、隈研吾が設計した新国立競技場で打ち上げられた花火が、東京の夜空を眺める人々にイベントの開始を知らせた。

式典の冒頭では、新型コロナウイルスの大流行で失われた命と、2011年の東北地方太平洋沖地震と津波の犠牲者への追悼が行われ、ほろ苦い雰囲気に包まれる。しかし、国際的なアスリートのパレード、日本を代表するパフォーマンス、息を飲むようなドローンの飛行などにより、イベントは急速に盛り上がっていった。

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