―今回、お2人が演じるブルータスとキャシアスは、友人同士であり、あおり/あおられる関係でもあります。お互いの演技をどう感じていますか?
吉田:稽古場では紀保さんのパッションに激しく感情を揺さぶられ、思ってもみなかった感情を引き出されて、「こんなことするつもりじゃなかったのに!」みたいなお芝居をさせられてしまうんです。紀保さんのすごいところは、それが計算ではなく本能でできてしまうところ。なおかつ全力でいらっしゃるので、シリアスもコミカルも、紀保さんが本気出したら右に出る人がいない。それでいて普段は穏やかで柔和な方で、今回のキャシアスとは、とてもじゃないけど結びつかないと思いますね。
そして恐らく紀保さんは、ご自身のプランはもちろんあるのだけれども、それを捨てる勇気を持っていらして、演出によって変えられていくことをまずは受け入れてやってみる勇気がある方だな、と。
松本:もちろん自分のプランというか、こういってみよう、というものはあるのですが、それを決め込んで稽古に臨むとそこから動けなくなってしまう可能性もある。それよりも、稽古場でほかの方がなさる芝居に、順応できる自分でありたいと思っています。
それに、自分が例えば悲しい感情を出していても、演出家に違うと言われた時、以前は「私はこうやっているのに」と思いがちだったけれど、ある時から「自分が思っているだけで、もしかしたらそう見えていないのかもしれない。演出家が言うようにやってみたら違う何かが生まれるかもしれない」と考えるようになりましたね。最終的には演出家の求めている世界と演じる側が合致することが大事で、その相互作用がないといけないんじゃないでしょうか。
―ブルータスに「俺が鏡になろう」と言うキャシアスですが、松本さんは稽古場での吉田さんの変化や深化をどう「映し」ますか?
松本:1人でスッとたたずむ姿もすごく力強くて、その姿をいつまでも見ていたい気持ちになります。2人で見つめ合って台詞を言う場面があるのですが、私がキャシアスとして感情的に演じている時、すごく真っすぐに不動で私を見ていただくので、「その目の奥に何があるんだろう」「もっと伝えたい」と。
そうした抑えた部分があるからこそ、ブルータスの感情があふれ出すシーンにドキッとする。波が大きくなればなるほど魅力的なブルータスで、一緒に演じていない独白場面を見て「ああ、こんな風に感じているんだな」と思うだけで、役としては知らないはずのことだけれども、キャシアスを演じる自分にとっても大きな経験になる気がします。
―ブルータスとキャシアスの関係は、シーザーを暗殺するという目的が達成された後、変わっていきますね。
吉田:この2人には、愛憎が表裏一体で存在しているのだと思います。昔から深い友情で結ばれていると言いつつも、キャシアスにはブルータスに対する劣等感を感じるし、一方のブルータスにはキャシアスへの過度な期待を感じる部分もあって。紀保さんがさっきおっしゃった通り、「目の奥にもっと何かがあるんじゃないか」「引き出したい」とキャシアスがブルータスにずっと思っていたのも、もしかしたら、本当の心の奥底はお互いに見せることがなかったからなのかなと想像します。
物語の終盤にはそんな彼らの、もはや夫婦げんかのような、ある意味滑稽なシーンがあるのですが、ほんのつかの間、そうやってお互い腹を割り合えても、そこからまさに鏡のように連動して死へと導かれていくのが、なんとも物悲しく、そして愛おしいなと思っています。
松本:そうですね。キャシアスは復讐(ふくしゅう)心に燃えてシーザー暗殺に動くけれど、ブルータスはローマを救うために暗殺を決意する。2人の目的は違っていて、キャシアスは自分にはないものを持つブルータスを、親友でありながら、言い方は悪いですが利用するような心も持っていて、でもブルータスのことは好きで。お互いに愛情にすごく飢えている2人のような気がします。
2人が最後のけんかで本当にお互いの腹の奥底が見えたかというと、そうではなかったのかな、とも思います。もし本当に見えていたら、もっと違った展開が待っていたかもしれない。特別な絆で結ばれ、親友だと思っていたけど、本心をさらけ出すことはできなかったのだと考えると、すごく切ないですね。
―そんなブルータスとキャシアスと違って、演者としての吉田さんと松本さんは分かり合えそうでしょうか?
吉田:今回の企画を「面白い」と感じて乗った時点で、私は同じ人間だと思っています。難しいシェイクスピアで、オールフィメールで、厳しいと評判の演出家で……というところでつまずいてしまったら、このお話の面白さは本当の意味では伝わらない。そういう意味では、今回決まったこのメンバーは、面白がって参加できる「精鋭」ぞろいなんです。
松本:私も、もし森さんを知らなくて初めてご一緒するのだとしても、理屈ではない面白さを感じて、引き受けたと思います。いろいろなことにひるむとしても、むしろ、だからこそそれをやらないと前には進めないと考えるはず。挑戦したいし、千本ノックを受けて悔しい思いをすることも必要だという気がするので。
実際、さまざまなジャンルの方々が集まった今回の現場はとても楽しくて、休憩中なんて女子校みたいな雰囲気。そこに森さんという先生がいて、ちょっと気まずそうにしているという(笑)。
吉田:そうですね(笑)。一人一人すごく楽しんでいるし面白がっているから、シリアスなお話にもかかわらず笑いが絶えないんですよ。
松本:すごくいい雰囲気ですよね。和やかで。
―皆さんの息の合った演技から何が浮かび上がってくるのか、拝見するのが待ち遠しいです。
吉田:コロナもあって、皆さんが声を出しての反応をしづらい部分もあるかもしれませんが、確実にいろいろなものを感じていただける舞台なので、私たちもお客さまの、無言ではあるけれどもなにかリアクションみたいなものは受け取ることができると思っています。
松本:私もそれを楽しみにしています。