インタビュー:吉田羊×松本紀保
ヘアメイク(吉田羊): 井手真紗子、スタイリスト(吉田羊): 梅山弘子(KIKI)(Photo: Kisa Toyoshima)
ヘアメイク(吉田羊): 井手真紗子、スタイリスト(吉田羊): 梅山弘子(KIKI)(Photo: Kisa Toyoshima)

インタビュー:吉田羊×松本紀保

女性キャストが演じる『ジュリアス・シーザー』公演を前に

Hisato Hayashi
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タイムアウト東京 > カルチャー >インタビュー:吉田羊×松本紀保

テキスト:高橋彩子

暗殺された際に放ったとされる「ブルータス、お前もか」の言葉で有名な古代ローマの英雄ジュリアス・シーザー。その暗殺劇を描いたシェイクスピア劇『ジュリアス・シーザー』が、森新太郎演出で10月10日(日)からPARCO劇場で上演される。登場人物の多くが男性のこの劇を今回、全て女性キャストで演じるのも大きな話題だ。果たしてどのような舞台になるのか? 高潔さゆえにローマのためを思い暗殺を実行する主人公ブルータス役の吉田羊と、暗殺の首謀者でブルータスの友人であるキャシアス役の松本紀保に語ってもらった。

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女性だけで演じる男性社会の物語

―今回、「オールフィメール・キャスト」でホモソーシャル的な男性社会の物語である『ジュリアス・シーザー』を上演するということで、どんな舞台になるのか気になっています。

吉田:「俺」という一人称でしゃべるので最初は違和感があったのですが、演出の森さんが、今回の台本から男女の役割を固定するような表現をカットされていて、性別を超えた人間の物語となっています。そこに見えるのは、傲慢(ごうまん)や嫉妬や裏切りや忠誠など、人間が皆等しく持つ普遍的な感情。お客さまも初めこそ戸惑うかもしれませんが、たぶん5分で慣れます(笑)。

実際、稽古していても自分たちが男性役だという意識はないですね。私は声は低めにしゃべっていますが、それは男性役を意識してというより、りんとした格調高いせりふに高音はそぐわないと判断したからなんです。

しかも、森さんの演出のジェンダーのバランスがすごく効いていて。例えば妻役の2人はどちらも芯の強いキャラクター造形を求められていて、一方で夫たちは不格好で弱さをさらけ出したりする。いわゆる一般的な男女のイメージとは逆で、むしろ男女の力関係って本来こうなんじゃないかと思わされる。それはオールフィメールだからこそ見えてくるものだと思いますね。

松本:私も最初に台本をいただいた時はどうなるのかなと不安もあったのですが、男性役だからといって胸をつぶして男性の衣装を着るのではなく、コンテンポラリーダンスで見るようなシンプルなスカートなどで、いかにもな見た目で男女を分けていないんです。さらに、「俺」という言葉も、稽古場で声に出して読んでみるとすごくしっくりきて、自分の感情と役自身の感情が自然に入ってきていて。動きも、地位や立場、つまり軍人なら軍人らしさは求められますが、男性だからこう、というものとは違っています。

今、立ち稽古で演じていると、自分が言ったりほかの方が発したりするセリフに心を動かされることが多くて。それは性別を超えた感情で、まさに人間ドラマというか、人間と人間の友情や愛情が描かれているなと感じます。

森新太郎演出の愛ある千本ノック

―厳しい稽古で有名な森新太郎さんの演出は、いかがですか?

吉田:事前に周りから「千本ノックの演出家さんだよ」と聞いていた通りの方でしたが、ノック一本一本に愛情があり、説得力があります。100点を求める方で98点でも納得せず、満点を出すまで何度も繰り返し稽古をなさるのですが、それは役者に対して「できる」と信じてくださっている証拠でもあって。

誰よりもシェイクスピアを彼自身が楽しんでいらっしゃいますし、私自身、苦手意識しかなかったシェイクスピアをこんなに楽しめるようになっているということがうれしい発見です。

―楽しむとは、具体的には?

吉田:言葉が醍醐味(だいごみ)の作品で、一つ一つの言葉に意味があり背景があり、ダブルミーニングになっていたりもするので、丁寧に見ていけば本当にドラマティックで奥行きがある世界なんです。

森さんは英語のテキストも演出席に置かれていて、例えば「自由」という言葉一つにも、英語では「freedom」と「liberty」があり、前者はもともと与えられているもの、後者は自ら取りにいくもので、ここで言う自由は「liberty」です、といった具合に説明してくださるので、単語の真意を理解して芝居ができ、助かっています。時間はかかりますけど(笑)。

松本:私は森さんとは『怪談 牡丹燈籠』(2017年)以来2回目なのですが、その時もかなりしつこくシーンを稽古した記憶があります。今回も本読み稽古を10日くらいかけてやって。森さんのイメージと一致するまで、役者の演技なりシーンづくりなりを徹底して追求されるので、なんとかそれに食らいついていきたいという気持ちにさせられます。それだけに、本読み稽古の段階でも、立ち稽古くらい疲れて汗だくになって(笑)。

―座っているのにですか?

吉田:座っていられなくなるんです、森さんの演出を聞いていると。(シーザーの腹心の部下である)アントニーの演説のシーンで、私の向かいに座っている(アントニー役の)松井玲奈ちゃんが、最初は足をそろえて読んでいたのに、ヒートアップする森さんの演出を受けて(足をがっと開いて)こうなったんですよ。身体がどんどん変わってくるんです。

松本:しかも森さんは恐らく、役者によって言葉を変えて、褒めたり叱咤(しった)激励したり、時にはすごくキツイことを言ったりと、その人のいい部分を引き出すことを考えてダメ出しなさる。ですから他の方の稽古を見ていても、森さんの言葉によって変化していくのが分かって楽しいんです。森さんのそのしつこさは素晴らしいと思うし、稽古場の熱い時間が愛おしくて。

吉田:森さん自身が稽古場で一番熱くて、自分の温度のところまでおまえら来いよ!って引っ張ってってくださるんですよね。一人一人に着火するのがうまいんです。それに、ご自身も芝居がうまくて、やって見せてくださる演技がすごく面白いんですよ。

松本:例えもうまいですよね。分かりやすくて。

吉田:この前は「能楽師みたいにやって」とおっしゃって、言われた方が本当に能楽師みたいに演じたら「それだと日本になっちゃうから。もっと能楽師の普段の感じでやって」とか(笑)。

―同じシーンに出ていることが多いお2人。先ほど松本さんから、森さんは人によって演出の仕方が違うというお話がありましたが、自分にはしないけど相手にはする、ということはありますか?

松本:2人に同じスタイルで演出されることもあるんですが、羊さんに対して多いのが、至近距離でささやくようにすること。ヒートアップすると声が大きくはなるんですけれども。恐らく、ブルータスの人物像に寄り添いながら、羊さんの良いところを引き出そうとなさっているんだと思います。

一方私には、最初はそうしてくれていても、段々と距離が離れてきて「違う!」「こう!」とか遠くから檄(げき)が飛んで(笑)。それが、キャシアスという人物に着火し、私自身にも点火するための方法なのではないかと。そういう距離感の違いがありますね。

―森さんが吉田さんにささやくのは、ブルータスがすぐに感情を露わにしない慎重な人物であることと関係していますか?

吉田していますね。今回私が多く受けているダメ出しは「感情に流されるな」というもの。私は自分のことを感情最優先の人間だと思っていますが、ブルータスはそんな私とは真逆の理性と知性の人なので、感情がこみ上げてくるのを理性と知性で抑え込むっていう訓練を今やっています。だから、紀保さんがおっしゃった通り、森さんはすぐ近くに来て、感情をぐっとこらえて相手に台詞を渡してください、という演出が多い気がします。

紀保さんに対しては、私が思うに、森さんはちょっと、「紀保さんにこの台詞をこう言わせたら面白そう」という自分の趣味もあるのかなと思わせるところが(笑)。信頼があるからこそ、飛び道具のような扱いをされているというか。

―そうやって新しいキャシアス像が造形されていくのでしょうか?

松本:キャシアスという人物の中に思いもよらなかった性格や言動を入れてみたいという狙いも、もしかしたらあるのかもしれませんね。ただ、それにしても「森さん!」って思うんですけど(笑)。楽しんでやってはいますけれどもね。

吉田:紀保さんが優しくて「No」と言わないからエスカレートするんですよ(笑)。でも、キャシアスの大きな枠の中での遊びなので、外れてしまうことはなく、こういう一面もありそう、と思わされる。それはやはり、紀保さんがもともと持ってらっしゃるお人柄が大きいと思います。

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鏡のようなブルータスとキャシアスを演じて

―今回、お2人が演じるブルータスとキャシアスは、友人同士であり、あおり/あおられる関係でもあります。お互いの演技をどう感じていますか?

吉田:稽古場では紀保さんのパッションに激しく感情を揺さぶられ、思ってもみなかった感情を引き出されて、「こんなことするつもりじゃなかったのに!」みたいなお芝居をさせられてしまうんです。紀保さんのすごいところは、それが計算ではなく本能でできてしまうところ。なおかつ全力でいらっしゃるので、シリアスもコミカルも、紀保さんが本気出したら右に出る人がいない。それでいて普段は穏やかで柔和な方で、今回のキャシアスとは、とてもじゃないけど結びつかないと思いますね。

そして恐らく紀保さんは、ご自身のプランはもちろんあるのだけれども、それを捨てる勇気を持っていらして、演出によって変えられていくことをまずは受け入れてやってみる勇気がある方だな、と。

松本:もちろん自分のプランというか、こういってみよう、というものはあるのですが、それを決め込んで稽古に臨むとそこから動けなくなってしまう可能性もある。それよりも、稽古場でほかの方がなさる芝居に、順応できる自分でありたいと思っています。

それに、自分が例えば悲しい感情を出していても、演出家に違うと言われた時、以前は「私はこうやっているのに」と思いがちだったけれど、ある時から「自分が思っているだけで、もしかしたらそう見えていないのかもしれない。演出家が言うようにやってみたら違う何かが生まれるかもしれない」と考えるようになりましたね。最終的には演出家の求めている世界と演じる側が合致することが大事で、その相互作用がないといけないんじゃないでしょうか。

―ブルータスに「俺が鏡になろう」と言うキャシアスですが、松本さんは稽古場での吉田さんの変化や深化をどう「映し」ますか?

松本:1人でスッとたたずむ姿もすごく力強くて、その姿をいつまでも見ていたい気持ちになります。2人で見つめ合って台詞を言う場面があるのですが、私がキャシアスとして感情的に演じている時、すごく真っすぐに不動で私を見ていただくので、「その目の奥に何があるんだろう」「もっと伝えたい」と。

そうした抑えた部分があるからこそ、ブルータスの感情があふれ出すシーンにドキッとする。波が大きくなればなるほど魅力的なブルータスで、一緒に演じていない独白場面を見て「ああ、こんな風に感じているんだな」と思うだけで、役としては知らないはずのことだけれども、キャシアスを演じる自分にとっても大きな経験になる気がします。

―ブルータスとキャシアスの関係は、シーザーを暗殺するという目的が達成された後、変わっていきますね。

吉田:この2人には、愛憎が表裏一体で存在しているのだと思います。昔から深い友情で結ばれていると言いつつも、キャシアスにはブルータスに対する劣等感を感じるし、一方のブルータスにはキャシアスへの過度な期待を感じる部分もあって。紀保さんがさっきおっしゃった通り、「目の奥にもっと何かがあるんじゃないか」「引き出したいとキャシアスがブルータスにずっと思っていたのも、もしかしたら、本当の心の奥底はお互いに見せることがなかったからなのかなと想像します。

物語の終盤にはそんな彼らの、もはや夫婦げんかのような、ある意味滑稽なシーンがあるのですが、ほんのつかの間、そうやってお互い腹を割り合えても、そこからまさに鏡のように連動して死へと導かれていくのが、なんとも物悲しく、そして愛おしいなと思っています。

松本:そうですね。キャシアスは復讐(ふくしゅう)心に燃えてシーザー暗殺に動くけれど、ブルータスはローマを救うために暗殺を決意する。2人の目的は違っていて、キャシアスは自分にはないものを持つブルータスを、親友でありながら、言い方は悪いですが利用するような心も持っていて、でもブルータスのことは好きで。お互いに愛情にすごく飢えている2人のような気がします。

2人が最後のけんかで本当にお互いの腹の奥底が見えたかというと、そうではなかったのかな、とも思います。もし本当に見えていたら、もっと違った展開が待っていたかもしれない。特別な絆で結ばれ、親友だと思っていたけど、本心をさらけ出すことはできなかったのだと考えると、すごく切ないですね。

―そんなブルータスとキャシアスと違って、演者としての吉田さんと松本さんは分かり合えそうでしょうか?

吉田:今回の企画を「面白い」と感じて乗った時点で、私は同じ人間だと思っています。難しいシェイクスピアで、オールフィメールで、厳しいと評判の演出家で……というところでつまずいてしまったら、このお話の面白さは本当の意味では伝わらない。そういう意味では、今回決まったこのメンバーは、面白がって参加できる「精鋭」ぞろいなんです。

松本:私も、もし森さんを知らなくて初めてご一緒するのだとしても、理屈ではない面白さを感じて、引き受けたと思います。いろいろなことにひるむとしても、むしろ、だからこそそれをやらないと前には進めないと考えるはず。挑戦したいし、千本ノックを受けて悔しい思いをすることも必要だという気がするので。

実際、さまざまなジャンルの方々が集まった今回の現場はとても楽しくて、休憩中なんて女子校みたいな雰囲気。そこに森さんという先生がいて、ちょっと気まずそうにしているという(笑)。

吉田:そうですね(笑)。一人一人すごく楽しんでいるし面白がっているから、シリアスなお話にもかかわらず笑いが絶えないんですよ。

松本:すごくいい雰囲気ですよね。和やかで。

皆さんの息の合った演技から何が浮かび上がってくるのか、拝見するのが待ち遠しいです。

吉田:コロナもあって、皆さんが声を出しての反応をしづらい部分もあるかもしれませんが、確実にいろいろなものを感じていただける舞台なので、私たちもお客さまの、無言ではあるけれどもなにかリアクションみたいなものは受け取ることができると思っています。

松本:私もそれを楽しみにしています。

高橋彩子
舞踊・演劇ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材。「エル・ジャポン」「AERA」「ぴあ」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆している。年間観劇数250本以上。第10回日本ダンス評論賞第一席。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜を連載中。

 http://blog.goo.ne.jp/pluiedete

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