近松心中物語
Photo: Keisuke Tanigawa
Photo: Keisuke Tanigawa

インタビュー:長塚圭史×スチャダラパー

KAAT 神奈川芸術劇場上演『近松心中物語』に向けて

Hisato Hayashi
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タイムアウト東京 > カルチャー > インタビュー:長塚圭史×スチャダラパー

テキスト:高橋彩子

劇作家、秋元松代の名作『近松心中物語』がKAAT 神奈川芸術劇場で上演される。近松門左衛門の浄瑠璃をもとに、心中する2組の男女を描いた日本演劇史に残る作品だ。演出を手がけるのは、KAATの新しい芸術監督である長塚圭史長塚に芸術監督としての抱負と『近松心中物語』について語ってもらい、また『近松心中物語』の音楽を手がけるスチャダラパーのANI、Bose、SHINCOにも話を聞いた。

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劇場をより身近なものに

今春、KAATの芸術監督に就任した長塚圭史。就任に当たって掲げたのは、「1. 劇場を『開く』」「2. シーズン制の導入」「3. 公演期間中でなくても劇場がクリエーションを続ける『カイハツ』プロジェクトの実施」の3本柱だ。その根底には、劇場芸術について長塚が感じてきた問題意識と使命感があるという。

長塚「やはり、劇場というものが、多くの人にとって日々の生活に近くないんですよね。コロナでまた痛感したところです。去年の4月ごろは、お芝居が豊かな文化だということがあまり理解されていないのではないか、本当に豊かな文化なのだろうか、と自問自答する時もあって。もうちょっと誰もが気軽に観に来てもらえるようにしなくてはならないと感じました。

KAATにしても、演劇界や既に通ってくれる方々には認知されていますが、まだまだ県内隅々にまでは知られていない。感染症対策で今は難しい部分もあるのですが、実際に市民の皆さんと顔を合わせる機会を増やし、2、3年かけて、劇場にのぞきに来てくれるようにしたいですね。

シーズン終わりには『KAATカナガワ・ツアー・プロジェクト第一弾』として、『西遊記』をベースに神奈川県の伝説を取り入れた『冒険者たち~JOURNEY TO THE WEST~』という作品を僕の台本、演出で作り、県内ツアーをします。演劇を通じたさまざまな交流を継続的に実施して、県内各地の方にもKAATへ出向いていただけるような、インタラクティブな関係を作れたらと考えています」

このほど、4〜6月のプレシーズン、7月のキッズ・プログラム公演が無事終了。長塚は一定の手応えを感じることができたという。

長塚「プレシーズンのうち、『王将―三部作―』(作:北條秀司、構成台本+演出:長塚圭史)ではさまざまな人に開く意図を込め、劇場空間を飛び出して1階のアトリウムに特設劇場を作りました。『虹む街』(作+演出:タニノクロウ)では神奈川県で暮らす一般の人々に参加いただき、去年上映の予定が延期となり今年上演することになった『未練の幽霊と怪物』(作+演出:岡田利規)は、同じくオリンピックの延期によって時代との呼応も強まった。

キッズプログラムの『ククノチ テクテク マナツノ ボウケン』では、振付家の北村明子さんと現代美術の大小島真木さんの組み合わせでチャレンジングな作品となりました。新型コロナの感染拡大で当初の予定通りにはいかない部分もありましたが、大きな一歩を踏み出すことができたと思います」

そして、いよいよメインシーズンへ。シーズンタイトルを「冒(ぼう)」と名付け、新たに始まる冒険の一つとして、長塚自身の演出による『近松心中物語』が上演される。

2組の恋人を対比的に描く『近松心中物語』

近松門左衛門が別の浄瑠璃に書いた2組のカップルを、秋元松代が一つにまとめて描き直した『近松心中物語』。1組目のカップルは、心中物の傑作『冥途の飛脚』に登場する飛脚宿の養子の忠兵衛と遊女の梅川。2組目のカップルは、『ひぢりめん卯月の紅葉』『跡追心中卯月のいろあげ』の古道具屋の婿養子の与兵衛とその妻のお亀だ。忠兵衛と梅川が心中を完遂させるのに対して、与兵衛とお亀はもう少し人間臭い末路をたどる。その対比が、大きな見どころと言える。

長塚「与兵衛とお亀を演じる松田龍平くんと石橋静河さんは映像やダンスの分野で活動していて、演劇の肉体とは違う感覚を持っている。アプローチも独特で、現代味があります。特に、生きる目的が見つからず流されるように生きる与兵衛の姿は、極めて現代的ですよね。

田中哲司さん演じる忠兵衛と笹本玲奈さん演じる梅川は一目ぼれをして、互いに火がついて燃え上がり、心中に向かっていく。その炎が飛び火するのが、彼らよりもう少し恵まれた環境にある与兵衛とお亀。そして、心中という物語に恋して死ぬお亀を前に、忠兵衛の「生きる」ということが輝く。その構造が見えてくると面白いと思うんです」

忠兵衛と梅川の恋が与兵衛とお亀に飛び火するように、舞台の恋が観客にも飛び火することになるのだろうか。

長塚「そのためにも、舞台では燃えるような肉体、燃えるような恋が、鏡のように映し出されなければならない。僕自身、戯曲を読んでは、一目ぼれって何だろう?と考えるんです。日頃、燃えるような肉体、燃えるような恋を見失いかけている僕たちだけれども、行ってはいけないところに踏み出すようなものが、きっとあるんだろうと思う。観終わって、自分はどうなんだろう、そうなる可能性があるんだろうかとワクワクできるのも、お芝居の豊かさではないでしょうか」

1979年、故・蜷川幸雄の演出で初演された本作。出演者は50人規模で、クライマックスには大量の雪が舞台のみならず客席にも降り積もるなど、蜷川らしいダイナミックな演出も評判を呼び、通算1000回以上の公演回数を誇る大ヒットとなった。しかし長塚は、全く異なる形で作品と向き合う。

長塚「平幹二朗さん、太地喜和子さんといったスターを起用した蜷川演出版にはある種の様式性がありましたが、今回はかなりシンプルなセットの中、19人の俳優たちで上演します。

振付を、僕が2年前に演出した秋元松代作『常陸坊海尊』に引き続いて平原慎太郎くんにお願いしています。といっても踊りがあるわけではなく、少人数で江戸の街のにぎわいや廓(くるわ)というアミューズメントパークのようなところのゆらめきや蠢(うごめ)きをどう作ることができるのか、和装の身体で江戸時代の様式をベースにしつつ、そこから外れたところでどういう風に世界を作っていけるのかを相談しています。

時代劇だけれども、様式を離れた現代劇として上演できるのか。俳優たちと共に模索中です」

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スチャダラパー流の和の音楽

蜷川幸雄が演出した『近松心中物語』を語る上で、もう一つ欠かせないものがある。秋元松代の歌詞に猪俣公章が作曲し、森進一が歌った主題歌『それは恋』だ。時に演劇全体のカラーを決めてしまうほど大きいのが、音楽。長塚は今回、スチャダラパーにこれを託した。

長塚「僕はこの戯曲の終幕は、現在につながるトンネルのようなものだと感じているんです。江戸の街から現代の東京あるいは関東のどこかの街へと開いていって、そこにさまざまな暮らしを抱えた人が行き交っている、とイメージをした時、どちらの時代をも端的にクリアに著してくれると思えたのが、スチャダラパーの皆さんで。

また、劇の最初に『騒ぎ唄』という歌が出てくるのですが、それは『なんとか節』みたいなものの可能性もあるけれど、皆で騒いで盛り上がって歌い合っていると考えれば、ひょっとするとスチャダラさんの音楽に通じるんじゃないか、それが徐々に現代のヒップホップにつながるようなことができないかな、と思って。それで何はともあれお願いしてみました」

長塚の依頼を、スチャダラパーのメンバーたちはどう受け止めたのだろうか?

ANI「ここまで和風な音楽を作るのは初めてなので、新鮮で。でも、なんとかなると思いました」

Bose「さすがポジティブ! 僕は最初、不安しかなかったです。劇中の歌詞を変えてはいけないということだし。変なことをして怒られたらだめだと思いつつ、自分らが頼まれるということは自分らなりのフィールドに持っていかないとやる意味もないから、その中でどこまで変わったことをできるのかなあと考えましたね」

長塚「最初スチャダラさんたちは、森進一の曲が素晴らしいから、どうにかこれをアレンジしたい、とおっしゃっていましたよね。それはパロディーが過ぎるからやめようと話している先から、またどなたかが『やっぱり前回の主題歌をサンプリングしたらおもしろいんじゃない?』って(笑)」

SHINCO「エディットして声を使ったらいいと思うんだけどなあ(笑)」

Bose「そう、でもそれは諦めて(笑)、例えば、全部和楽器でやるのか、当時鳴っていない音、例えば電気的な音をどこまでありにするかなしにするか、琴を入れた方がいいのか、電気っぽいドラムと混じればそれっぽく聴こえるのか、とか。長塚さんからも、仏具にあるような金物のイメージがあると聞いたので、それをビートに乗せたらどうか、と考えていって」

長塚「冒頭の『騒ぎ唄』のところなのですが、音楽アドバイザーの友吉鶴心さんとお話をしている時、お金をくれとねだる鉢たたきのイメージなのではないかと言われて、それをベースにいろいろなことを考え始めたんです」

SHINCO「ドラムも打楽器で、金物をたたくのと親しいところがあるので、「ここは今で言うバスドラ担当」みたいに考えていって。昔とは拍子からして違うので、このたたき方は当時は絶対にしなかっただろうな、というものもあるのですが、音色的にどう成り立つのかを工夫しました」

Bose「例えばエレキギターを入れるとしたら現代っぽくなり過ぎないように、フレーズがあまりはねると江戸っぽくないから平たいフレーズにするとか、載せる言葉は秋元さんのものだからファンキーになり過ぎないように、とかね」

音楽で元禄と現代をつなげる

スチャダラパーのメンバーからさまざまなアイデアが出た音楽。Boseは事前に出した公式コメントに「反則スレスレのカウンターパンチを狙う」と書いていたが、実際にはどのようなものができたのだろうか?

長塚「これ、どうやってやるんだろう、と(笑)。脳内で考えるだけでなく稽古で動かしてみないと分からない。しかも、僕は俳優に楽器を持たせたいと思ったので、いただいた曲を皆に覚えてもらって、楽器を持ってもらって、という『音楽の時間』が長かったですね」

Bose「よく弾き語りは難しいというけれど、弾き芝居というか、弾きながら演じるわけだからね。劇の最初、松田龍平くんがキンキンッて金物を鳴らしてスタートするんだけど、なにもないところからリズムキープしてオケに乗っかっていかなきゃいけないから度胸が要りますよね」

ANI「うん、あれは大変だよ」

SHINCO「稽古を何回か見せていただいたけれど、龍平さんのテンポ感も合ってきた。でも、プロのバンドでも今日は速いな、みたいなことってあるからねえ」

長塚「龍平、結構いろいろやってます。ものすごくゆっくりな日もあったりして」

Bose「そのリズムが途中で崩れて、本格的に芝居になって、皆さんが拍子木を打ち始める。良いタイミングで互いに鳴らしたりするところは、さすが役者さんたちだなと思います」

話に出た騒ぎ唄のほか、掛合唄、おちょぼ(小女郎)唄など、何曲かの印象的な唄が登場する本作。長塚がスチャダラパーに依頼する発端として挙げた、ラストでも使われるテーマ曲も気になるところ。

Bose「基本的には秋元さんが作った言葉なのですが、最後、スチャダラパーの歌詞になって終わるのはどうだろう、と長塚さんに言われて」

長塚「そこをどうするか、今はまだ検討しているところです。江戸時代って、山東京伝や式亭三馬の黄表紙を見ても、言葉遊びだらけの洒落まくりなんですよ。で、そもそもの秋元さんの歌詞の運びもですが、スチャダラさんのライム(韻)はそこにピッタリ。現在というものがとても見えてくる感じがあるので、元禄が今になればいいなあと願っています」

ANI「僕らとしても、いつもは自分たちで作って自分たちで演奏するんだけど、今回は作ったものをほかの人がやるので、新鮮ですね」

SHINCO「長塚さんの演出で、作品がすごく大胆かつミニマルになっていて、それがハマったら面白いだろうなと感じます」

Bose「以前の演出の印象が強いお芝居ですが、全然雰囲気が変わっているから、音楽もそれに合わせて現代っぽく、よりコンパクトにスタイリッシュに表現するものに仕上げたいですね」

高橋彩子
舞踊・演劇ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材。「エル・ジャポン」「AERA」「ぴあ」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆している。年間観劇数250本以上。第10回日本ダンス評論賞第一席。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜を連載中。

 http://blog.goo.ne.jp/pluiedete

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