日本のバレエ界を変えたい
ーいよいよ芸術監督就任ですね。その前段階として昨年、現役を引退されました。
とにかく踊ることが好きで、できる限りは続けたいと思っていましたから、もし、芸術監督にというお話がなければ今でも踊っていたかもしれません。実際お話をいただいた時には、自分にこのような大役が務まるのかと、とても悩みました。
でも新国立劇場は日本のバレエ界、先生方、先輩方の悲願であったわけですから、その大切な劇場のバレエ団をより良い形で次へつないでいくにあたって、海外のバレエ団でずっと踊ってきた私だからこそできる何かがあるのではないかと思い、お引き受けしました。
芸術監督をしつつ現役で舞台に立つ方もいるけれど、私は不器用で一つのことしかできない。今後は踊らず、芸術監督の仕事に全エネルギーを注ぐつもりでいます。
ー芸術監督としてのテーマ、目標を言葉にするとどのようなものになるでしょう?
私の中では、目指す柱は5本あります。第一に、現監督である大原永子先生も取り組まれていた表現力の強化と、そのための身体の使い方やテクニックの強化。第二に、ダンサーたちの環境の向上、改善。第三に、新しい振付家の開拓、育成。第四に、子どもたちにバレエを伝える、将来のお客様を育てる、または一般の方が来やすい取り組みをするといったエデュケーショナルな試み。第五に、チャリティー公演や、視覚障害とか聴覚障害のある方にもバレエ公演に来ていただくなど、バレエでの社会貢献です。
ー強化という話で言うと、引退までの都さんを追ったドキュメンタリー『LAST DANCE ~バレリーナ吉田都 引退までの闘いの日々~』で、若いダンサーに身体の使い方をアドバイスされていたのを思い出します。
日本ではクラシック中心で習いますが、クラシックは上へ上へと身体を引き上げるので、下に重心をもっていくことに慣れておらず、踊るときに身体が一つにまとまったまま動いている印象なんです。結局は軸が弱いということなのでしょう。だから、一方に身体を傾けると全部そちらに持っていかれてしまう。軸を強くすれば、前後左右、どこへでも動ける身体になりますし、古典もコンテンポラリーも踊りやすくなります。
総じて昔よりもテクニックは向上しているのですが、それ以上にいろいろなムーブメントが求められるようになっているので、従来の訓練だけでは難しい場合があるんですよね。人によりますが一定の年齢を超えたら、リハーサル以外に、最新のスポーツサイエンスを上手く取り入れていく必要が出てきます。作品によっても重点的に鍛えるべき箇所が違いますから、例えば『白鳥の湖』だったら背中から腕まで全部使えるようにするなど、作品に必要なところを強化しなければなりません。
ー環境面も、都さんがしばしば挙げている課題ですね。
ダンサーを取り巻く環境は余りにも過酷です。日本のバレエ界は独特の発展をしてきていて、アマチュアとプロの待遇の境目が曖昧。バレエダンサーという職業が社会的に認められていないようなところがあり、ダンサーたちもどこか遠慮がちなのが、舞台にも垣間見える気がします。プロとして訓練を受けてきた人がプライドを持って「私の職業はダ
例えば英国ロイヤル・バレエは団員全員が給料制ですし、オペラハウスの施設内に、治療したりリラックスしたり鍛えたりといった設備が充実していて、ダンサーを支える一流のスタッフが揃っています。日々の生活も公演も、全てそこで成り立つような環境に恵まれているからこそ、覚悟が自ずと違ってきて、競争も激しくなり、切磋琢磨するようになるのです。
一方、日本のダンサーたちは違うところにエネルギーを使わなければならない。バレエ団で踊った後、しっかりと休んだりほかの何かを吸収する時間に使ったりするべきところを、生活のためにほかの公演にゲスト出演しに行ったり、教えに行ったりということがあります。皆、ほんわかしていて仲が良いのはいいのですが、やっぱり個性を際立たせ、自分の信じる何かに向かって突き進める環境が大事です。
ーどのあたりから変えていきたいですか?
これは私の在任中には無理かもしれませんが、まずはプリンシパルだけでも、もう少し安定した収入が得られるようにしたいですね。聞いたところによると、パリ・オペラ座バレエ団はロイヤル・バレエ団と違って、基本給はあるけれど、それ以上の収入に関しては、エトワール以外はパフォーマンスごとらしいので、そうしたケースも参考にしつつ、一番いい形を見つけたいです。とにかく、今の日本の状況が世界的に見て珍しいので、各所に働きかけていくつもりです。