平山素子

インタビュー:平山素子

バスク地方の伝承音楽と踊る、リズムの原点とダンスの原点

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難解でとっつきにくい印象のある、コンテンポラリーダンス。しかし近年、学校教育に取り入れられたり、日本の芸能界にも経験者が目立つようになり、徐々にではあるが一般的な人気を集めつつある。そんなコンテンポラリーダンス界に、常に新たな革新を迫りつつも、純粋に人間の身体への興味を掻き立てる振付でシーンに刺激を与え続けてきたのが、平山素子だ。2016年3月25日(金)からの3日間に上演予定の最新作、『Hybrid -Rhythm & Dance』の稽古を行っている平山に、作品の会場でもある新国立劇場で話を聞いた。

卓抜した身体能力と技術に裏打ちされたダンスで多くの支持者を持つ平山は、1999年の『世界バレエ&モダンダンスコンクール』にて金メダルとニジンスキー賞をダブル受賞して以降、ダンサーとしてのみならずコレオグラファーとしても精力的に活動してきた。新作について耳にした誰もがまず初めに驚いたのは、スペイン バスク地方に伝わる音楽とのセッションを行うという点だろう。

「最近の現代ダンスは、デジタルアートに傾きがち。音楽なんかも勝手に加工編集したものを使っていたり」と話を始めた平山は、そのような流れにあるからこそ、「ダンスが本来持つ、視覚と聴覚が一体になって『素敵だな』と、体験していただけるものを丁寧に提案する企画を立てたい」と考えたという。そうして、2008年に同じく新国立劇場を舞台に取り組んだのが、大作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキーの集大成『春の祭典』だ。


ヴァーツラフ・ニジンスキーはじめ、モーリス・ベジャールなど数多くの名振付家たちが挑んできたこの稀代の難曲でも、平山は斬新な演出で成功を収めた。続く2011年の同劇場公演でも、モーリス・ラヴェルやクロード・ドビュッシー、エリック・サティといった20世紀初頭フランスの楽曲を取り上げてきた平山だが、今作において、いわゆるワールドミュージックを選んだ理由とは何なのか。

「だんだん私のなかでも、コンテンポラリーっていう世界って現代的で自由ではあるけれども、縦に長いものを感じることが難しいな、と。急に降って湧いたというか。そういうときに、ひとつ何か『ルーツ』みたいなものと出会って、けれど古いものをただやるのではなく、ぐるっと回して新しいものとして出せる可能性があるかな」。そして出会ったのが、バスク地方特有の打楽器「チャラパルタ」だ。

まさに「ルーツ=根」とでも呼ぶべき、一見単なる木の棒でしかないこの素朴な楽器を演奏するときの、縦の動きに強い躍動感を感じたという。その躍動感をダイレクトに表すキーワードとして、「ダンス」の対として作品タイトルに掲げられた「リズム」という言葉を選んだ。このあまりにシンプルな命名は、「当たり前のことなんだけれども深く掘り下げることをやります」という宣言でもある。

「リズムとは何かとかを調べると『等速』じゃないんですよね、本当は。均等じゃない様を指すので、同じことをしているようで、そのなかで微妙な変化を生み出していくチャラパルタは、リズムの原点だな、と」。この微細な変化をはらんだ繰り返しという伝承音楽の特徴は、これまで踊ってきた音楽とまた異なるインスピレーションを平山に与えているようだ。

「今までは音楽の方がドラマティックで、ここで森の情景とか、静まり返った海とか、月明かりとか、ミュージックそのものにはっきりと説明されていると感じるのが多かったんですけど。けれどアイヌの歌は全然違って。とてもシンプルなワードと音階に、いろんなドラマを想像してしまう。踊りのなかにドラマを逆に盛り込んでしまう、というのは今までまったく思いつかなかったな、と」。

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Hybrid -Rhythm & Dance』広報写真

バスク地方のチャラパルタとともに、本作の音楽を彩るのがアイヌの歌「ウポポ」だ。「いろんなミュージシャンの方と一緒にお仕事させていただいていたんですけど、歌の方と一緒にやったことがなかったので、ボイスは絶対に出会いたいものでした」。アイヌの歌のシンプルさに、自身が持ち合わせていないものの存在を平山は感じた。

タイトルにある「ハイブリッド」という語は、もともと豚とイノシシとの子孫を指すラテン語「ヒュブリダ(hybrida)」に由来している。「異種混淆」とも訳されるハイブリッドはまた、かけあわせの妙でもあるだろう。平山自身の研ぎ澄まされた直感によって選ばれ、新たなる命を生み落とそうとしている異種たち。本作に幾重にも横たわる多層的な「ハイブリッド」は、ダンスとチャラパルタや、バスクとアイヌといったことに留まらない。

右はダンサーの小㞍健太

イリ・キリアン率いるネザーランド・ダンス・シアター1初の日本人男性ダンサーであり、2015年の『小金井薪能』での能楽師の津村禮次郎との共演も記憶に新しい小㞍健太や、ストリートダンスを出自としながら2014年には鎌倉の寺社でダンスフェスティバルを主宰したOBAなど、その活動も異種混淆的なダンサーたち。身体能力も高い実力派が揃っていることは疑うべくもないが、「私の舞踊作品を丁寧に上手に踊ってくれる」ことは必要ないと平山は言い切る。

本作のダンサーとして選ばれたのは、「こちらがコンと当てたものにパンと返してくれることのできる方。たとえば私と小㞍さんも何かハイブリッドな関係になればいいし、小㞍さんとOBAさんもそういう関係になればいいし。ということなので今回は不思議な組み合わせにはなっていますね」。平山および上述の小㞍、OBAに加えて、鈴木竜、皆川まゆむ、西山友貴と、多様な計6人によるハイブリッドなダンスが期待される。

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取材日は、作品冒頭に予定されている平山と小㞍とのデュオを中心に稽古が行われていた。先述のように相互的な反応で作られていくため、決まりきった動きがもう結論として用意されているのではない。「ある答えを出すというよりかは、いろんなものを混ぜ合わせながら向かっていく矢印みたいなのが一番大事なのかな」。

何も決めずにやっているようだが「不思議と形になっていく」という。そうして突発的に現れた素晴らしい動きを「見逃さないように、こっちも研ぎ澄ませて。『これちょっと面白いかも』というところから、さらに新しいヒントを出してガイドし」、作品としての質を保つのが、演出家としての平山の役目ということだ。

現時点では、ミュージシャンたちが劇場稽古にまだ参加できないので、できる限りのダンスボキャブラリーを試し、来るべきセッションに備えている。それまでは、それぞれのCD音源に合わせたダンスを動画で送るなどして、やりとりを行う。「このあいだ『スカイプ』セッションしたんですよ。向こうで演奏してて、こっちで勝手に即興で踊ったり」なども行い、ダンサーもミュージシャンも楽しんでいるという。




次作以降の展望も尋ねると、「前から宇宙に行きたいとずっと思っていて。実際に無重力でダンスしたことがあるんですよ。そういうことに興味のある方々と考えていることを舞踊作品として出すことは可能性あるのかな、と。科学者とか技術者の方々とかこういう世界に入ってきて一緒に作れるともっと開けてくるかな」といった答えが聞かれた。「宇宙」というと壮大な話に聞こえるが、大雑把という言葉は平山には当たらない。

大きなことを考えて小さなレベルでちまちまやる。『私には何もできないわ』というタイプではないですね」。大きく目標を掲げ、そのために必要なことであればどんな些細なものでも怠らない。このことは、圧倒的な身体能力や技術を持ちながらも、「技術は出汁みたいなもので、ベースとしてみんな持っている」だけのことに過ぎないと言いのける姿勢にも表れている。

ステレオタイプにダンスを見ると、大げさな技と見栄えの良い形として現れるテクニックが喜ばれるんですけど。特に日本では。でもそこもちょっと踏み留まって」いなければと考える。平山が作品で見せようとしているものは、単純で根源的な「踊りの原点、踊り心」だけだという。「そうするとコンテンポラリーかバレエかフラメンコか、みたいな論点ではなくて。人が表したいものが、生み出すものが、いろんなものがあるよねというところに気がついていただけるのかな、こだわらなければならないと思います」と微笑んだのが印象的だった。

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Hybrid -Rhythm & Dance』の杮落としは、いよいよ3月25日(金)に迫っている。会場は、平山自身が東京で好きな場所の一つとして挙げる新国立劇場。しなやかな身体たちと神秘的な伝承音楽が切り結ぶ諸関係にたち現れる、「リズムの原点」「ダンスの原点」に今こそ触れてみてほしい。

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