初演と異なる点は
ー『蝙蝠の安さん』の写真集を10代のころに見て以来、上演したいと思っていたそうですね。
はい。まずは『与話情浮名横櫛』の蝙蝠安を主人公にしたお芝居があるんだ!と思ってキャプションを見たら「『街の灯』をヒントに作られた」と書かれていて。
チャップリン自体、よくテレビで放映されたものを録画して見ていて好きでした。『蝙蝠の安さん』では、その映画の銅像の場面が大仏になっていたり、チャップリン演じる浮浪者が盲目の花売り娘の治療代を稼ぐために挑む賭けボクシングが相撲になっていたりするのも面白いですし、川に飛び込んだ人を助けようとして落ちてしまう場面でも歌舞伎の得意技がいかされています。いつかこの作品が日の目を見るといいなと夢見ていました。
ーチャップリンといえば、ひいおじいさまの七世松本幸四郎さんが昔の歌舞伎座で会っていますが、幸四郎さんもチャップリンのお孫さんと歌舞伎座が新開場した際に会われたとか。
そうなんです。その時にも『蝙蝠の安さん』をやりたいと申し上げました。また、今回の公演には四男のユージーン・チャップリンさんも観に来てくださるんですよ。
ー初演の写真は私も見ましたが、ボクシングの場面が娘相撲(※1)になっていて、市川團右衛門演じる娘相撲の力士・大手山が守田勘弥演じる安さんよりも遥かに大きいのが印象的でした。
そこは今回、娘相撲の格好だけで終わらせず、取り組み自体をじっくり見せようということで、男性同士の相撲にしたんです。映画同様、動きの楽しさで見せたいと考えています。
ー映画では、対戦相手だけでなく、審判を巻き込んでの三つ巴になるなどユニークな展開になりますが……。
そういう映画の要素を取り入れたいですね。ただ、ボクシングは基本、間合い(があるもの)なので、相撲の取り組みとは勝手が違う。そこをどう置き換えるかが知恵の出しどころです。今、殺陣師の方に、相撲の四十八手を勉強してもらっています。
ー衣裳も、初演と今回とではだいぶ雰囲気が違うようです。
初演では『与話情浮名横櫛』の玄冶店の場面に出てくる蝙蝠安の格好なのですが、チャップリンは燕尾服に蝶ネクタイにハットで、浮浪者と言ってぱっと思いつく格好ではありません。
でも、歌舞伎だって、身を隠しているはずの人物が昭和のアイドルのような派手な格好をしていたりするわけですからね。とはいえ根拠なく綺麗にするのも不自然なので考えまして。
『東海道四谷怪談』隠亡堀の場面の佐藤与茂七の、色々な着物をツギハギにした衣裳が、貧しさを表すと同時に絵的に素敵なので、それを取り入れ、そこに『廓文章』吉田屋の紙衣のように文字を書き入れてもらい、さらには英語も書いてもらったんです。ハットとステッキは冗談のつもりで撮ったのですがポスターになってしまいました(笑)。
ー舞台ではハットやステッキはどう使うのでしょうか?
ステッキに関しては、花売り娘(本作では草花売の娘・お花)が盲目なので杖を持つという設定にできますが、帽子が悩みどころ。利休帽につばをつけたら似たような感じになるか、あるいは鍋が一番近いか、など、あれこれ思案中です。
もっとも、木村錦花が、主人公を歌舞伎をご存知の方なら誰でも知っている蝙蝠安に当て込んだのがすごい発想なので、まずはその蝙蝠の安さんを成立させた上で、ポイントでチャップリンらしさが出たらいいかなと考えています。
ー音楽に関しては、どのように?
『街の灯』のアルバムが出ているので、許可を取ってその一部を三味線音楽に取り入れます。映画では『LA VIOLETERA』という音楽が浮浪者とお花の場面で必ず使われますが、歌舞伎でもそれはテーマ曲になる予定です。
ー考えてみると、『街の灯』のような伴奏音楽は、今の映画音楽よりも歌舞伎に向いているかもしれません。途中で入る字幕は竹本(※2)にできますし。
そう思いますね。音楽が芝居にくっついていますから。お花の目を治すのに効くかも知れないお灸を蝙蝠の安さんが体験しに行く場面があるのですが、今回は音楽的要素を強めて、曲に乗せて「ああだった、こうだった」と動きで再現する「振り事」にしています。
※1 娘相撲:女性の力士がとる相撲
※2 竹本:太夫による語りと三味線による音楽の流派の一つ。物語の進行、情景描写、登場人物の心情などさまざまなものを表現する。