梅若玄祥が悲劇のフランス王妃を演じる能『マリー・アントワネット』
能狂言の世界では、現代劇のように頻繁に新作が上演されるというわけではない。しかし今年の12月は、能と狂言の両方で話題の新作が初演される。
まず注目したいのは、能楽師で人間国宝の梅若玄祥が演出・主演する新作能『マリー・アントワネット』。脚本・演出は、宝塚歌劇団屈指の名作『ベルサイユのばら』を初演から手がけている演出家・植田紳爾だ。フランス革命で断頭台の露と消えた王妃マリー・アントワネットの霊が、恋人フェルゼンの前に現れるという複式夢幻能(※1)の形式での上演となる。
「僕は宝塚が好きで『ベルサイユのばら』もほとんどの組を観ています」と玄祥は言う。「10年ほど前からマリー・アントワネットを演じてみたいと思っていました。アントワネットは、自分が悪いことをしたのかどうかも分かっていない、自然児のような存在だという気がする。つまり、理屈のないところで生きている人間。僕もそうなんです。僕を観ても悲劇という感じはしないかもしれないけれども(笑)。アントワネットには、そういうところで生きられる幸せと、それゆえの悲劇との両方を感じてきました。役者はこういう存在を表現したいものなんです。そしてこの題材には、フランス革命という時代背景も手伝い、色々な人の葛藤が描かれている。宝塚を観ていても、宮廷側も民衆もそれぞれが『これが正しい』と思っていて、それらがぶつかり合うから哀(かな)しいんですよね。演劇では様々な役をアントワネットの周りに配するわけですが、能ならば、1人で演じることができます」
かけ離れているようにも見える宝塚と能の世界。しかし、玄祥は共通項もあると指摘する。
「植田先生は(けんらん豪華な)宝塚の演劇は「足し算」で、シンプルな能は「引き算」だとおっしゃる。確かにそうですが、宝塚でもすごい方は引き算の演技をなさいます。逆に能では、我々は子供の頃から引き算の演技というものを学びますが、僕は祖父や父から『足してもいい。いくら足しても引き算のものをお前に教えてあるから大丈夫だ』とも教わりました。その父にさえ僕は『オーバーだ』『やり過ぎだ』と言われたけれど(笑)。引いて引いて引き算ばかりだと、何のインパクトもないものになってしまうし、若い頃はやり過ぎるくらいでないと将来的にきちんとした引き算にならないと思うのです」。