LapH
Photo: Keisuke Tanigawa
Photo: Keisuke Tanigawa

トランス男性専門誌「LapH」が紡いだ20年

1990年代後半から現代まで、FTMの変化を見つめて

Hisato Hayashi
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タイムアウト東京 > Things to do >トランスジェンダー男性専門誌が紡いだ歴史

テキスト:吉田ミツイ

20年以上、トランスジェンダー男性、FTM(=Female to Male)を取材し、雑誌『LapH(ラフ)』を作り続けている人がいる。sunao akitoは、自身もトランスジェンダー男性で全国各地のFTMを取材し、少なくとも200人以上の当事者に話を聞いてきた。

2021年9月5日には、起業したトランス男性にスポットを当てた最新号が発売された。発刊当初から現在まで、トランス男性にはどんな変化があったのだろう。また彼の地道に取材を続ける原動力は一体何か? 話を聞いた。

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遊びで始めたFTMのミニコミ誌

―『LapH』を始めたきっかけを教えてください。

『LapH』の前身となるミニコミ誌を1990年代後半から作り始めたのがきっかけです。当時からFTM当事者が集う飲み会みたいなものを主催していました。そこで仲良くなった友人から「ミニコミ誌を作ってみたい」と声をかけられ、「面白そうだね」と遊びのノリで始めました。

だから「社会を変えたい」というような志があったわけではありません。あと、当時は取材できる人が少なかったんです。特に顔を出せない人も多くて、今より写真も少なかったです。

―写真が多いスタイルに変えたのはどうしてですか?

一緒にやってた友人がやめることになってからです。友人は元々漫画家志望だったので、イラストが多かった。でも、僕は漫画に興味がなかったので新しく作ろうと考えました。

最初は普通のメンズファッション誌を目指していました。手にとった人が最終的に「あ、このモデルたちは皆FTMなんだ」と気づくのが理想でしたね。

当事者の顔出し写真にこだわりを

こうして見ると、確かにファッション誌のようですね。

参考にしていたのは、アイドル雑誌などですけどね(笑)。やっぱり写真がメインなので、撮り方が参考になるんですよ。

ー顔出しNGの人が多い中で、それでも写真にこだわったのはなぜですか?

リアル感を大事にしたかったんです。あと、FTMの人は写真映えする人が多いなと個人的には感じています。写真だと体形や身長は関係なく、その人の良さが伝わりますからね。その人の持っている格好良さが引き立つよう意識して撮っています。

ー「FTMマガジン」と銘打っていますが、取材対象はすでにホルモン治療などで「女性から男性」に性別移行されている方が多いんですか?

いえ、そこは偏りがないよう、気をつけています。毎号必ず、未治療(ホルモン治療などしていない)の方だったり、なるべくいろんな人を取り上げています。FTMの基準みたいなものは決めたくなくて、「だいたいFTM」がテーマなんです。

雑誌名の「LapH」は、Life、About、Photo、Humanという4つのテーマの頭文字を合わせた造語で、『だいたい(About)FTMの人(Human)の日常(Life)を、写真(Photo)で表現する』という意味です。

ーFTMと一口に言っても多様なんですね。

FTMでも治療の段階、有無、恋愛対象は人それぞれ。FTMを名乗っていたけど、変わった人もいます。『LapH』の企画で過去取材した人に、数年後また話を聞くっていうのがあるんですが、久しぶりに会ったら「(FTMを名乗ることについて)自分、どうでもよかったです」という人もいました。「FTM」ではなく「トランス男性」の方が馴染みやすい人もいるでしょうし、本人がよければそれでいいんですよ。

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自分を知りたい気持ちが原動力に

ーご自身もFTMということですが、取材の上で影響を受けたことはありますか?

本当にいろんな人がいるので、「正解なんてないな」と感じています。この雑誌を作り始めた理由の根底には、僕自身が、いろんなことを知りたかったのもあると思うんです。取材させていただいた人の話が、自分の励みになっている気がします。

『LapH』を作り始めた当初、僕はまだ未治療でした。ホルモン治療を始めたのが遅くて、30歳を過ぎてからなんです。

ーてっきり性別移行されてから『LapH』を作り始めたものだと思っていました。

よく驚かれますね。治療を決意してカウンセリングに行き始めたんですが、そこで僕が『LapH』を作ってるって先生に言ったら、「これ作ってる人が何もしてなかったんだ」と、びっくりされました(笑)。

今となってはなぜ踏み出せなかったのか不思議なくらいです。でも、その当時は自分の中で思うことがいろいろとあったんでしょうね。

インターネットを通して約100人のFTMにアンケート

ー約20年FTMの方を取材してきて、時代の変化など感じることはありますか? 

誌面に出たいという人が増えました。それは、本当に変わりましたね。今の取材相手はイベントで知り合った人や紹介が3分の2で、残りの3分の1は自ら応募してくださる方です。

全体的に、自然体の男性が増えたようにも感じます。服のサイズ展開も増え、着たい服も選びやすくなっているのかもしれませんね。昔は今と比べたら、FTMにとって服選びは大変だったと思います。

ー取材、執筆、レイアウトまで、ほとんどお一人で作られているんですよね。続けるモチベーションは一体どこから湧いてくるんでしょう?

やっぱり一定数は買ってくれる人がいるからでしょうか。紙媒体はもう必要とされていないんじゃないかなと思う時もあります。今は情報が得やすくなったし、昔に比べたら本の需要は減っているのですが、たまに必要としてくれているという方からメッセージが届くんですよね。それが続けている理由かもしれません。

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『LapH』を読んで更生した読者の声

ー届いたメッセージで、何か印象に残っていることはありますか?

これはちょっと特殊な話ではあるんですが、取材を受けたいと応募してきてくれた人で、『LapH』がきっかけで自身の行いを改心した人がいたんです。

ー『LapH』を読んで改心ですか?

その人は戸籍変更をしたFTMなのですが、昔からヤンチャをしていて、留置所に入ったことがあったそうなんです。その時、友人の方が『LapH』を差し入れて読んだのがきっかけで価値観が変わったという話をしてくれました。

その人は、自分以外のFTMがみんな中途半端に見えていたそうです。でも留置所で自分と向き合い、「色んな人がいていいんだ」と思えて、改心したと聞いています。毎号15~20人のFTMを取材していて、それぞれ背景も多様ですからね。そんなふうに思ってもらえるのは、やっぱりうれしかったです。

ー『LapH』を読んで、そこまで大きく人生が変わる人がいるとは……。FTM当事者であっても、ほかのFTMの実態に触れる機会は本当に少ないんですね。

それと、地方の方からの需要も感じています。増えてきていますが、地方ではまだまだ診断や治療ができる病院がなかったり、友達もできにくい実態がありますからね。毎号につき、必ずどこか地方1カ所へ行くようにしています。

ただ、コロナ禍の影響もあって、地方取材はなかなか難しかったです。取材相手からも「ちょっと待って」と言われてしまったりして。発行も、当初の予定より遅くなってしまいました。

ーそうだったんですね。FTMの方たちもコロナ禍が生活に影響が出ているんでしょうか。

性別適合手術のためのタイ渡航が、できなくなったという話はよく耳にしました。最近ようやく行けるようになったようですが、人生設計が狂ってしまった人もいると思います。

ー最新刊の取材で、印象深かったことはありますか?

お役立ち情報としては、女子サッカー選手の下山田志帆さんと内山穂南さんが共同代表を務めるレボルトRebolt)で商品開発した吸収型ボクサーパンツなどを紹介しています。また、いろいろな障壁があった上で女医として割り切って仕事をされている開業医の方を取材しました。その姿勢は印象的でしたね。

ーありがとうございました。最後に、どういう方に手にとってほしいか教えてください。

基本的には、読み物として面白いものにできたらいいな、という思いは強いです。ただそうは言っても、性別のことで何か悩みを持っている人の励みになれたらいいなと、やっぱり思いますね。

取材協力

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  • 新宿二丁目

タマサカ

新宿御苑前のタマサカ(TAMASAKA)は、飲み屋が中心の新宿2丁目で食事も楽しめる居酒屋。食材はどれも国産にこだわり、有機農法で作った佐賀県産の甘夏サワーや、豊洲の仲卸業者から仕入れた季節の食材を使ったメニューが魅力だ。

オーナーはトランス男性向けの情報誌『LapH』を手がけており、店内で雑誌を購入することもできる。日々の食生活が乱れがちな人こそ、ぜひ足を運んでもらいたい

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