日常と非日常が混じり合う場所
かつて美濃高須藩藩祖の松平摂津守義行の上屋敷があり、花街としても栄えた四谷荒木町。その一角に誕生した津の守は、小さいながらも本格的な舞台のある、料亭とも劇場とも異なる空間だ。
そこは、日常と非日常、気安さと格調高さが共存する場所といっていいだろう。畳に20ほどのお膳が並ぶ席は、さながら料亭だ。至る所に銘木が用いられ、柱はカビで独特の模様を作り出す「錆丸太」などの通し柱、壁は化石サンゴと段戸石を使った新素材。赤い手古舞提灯が華を添える。
この日はこの空間で、赤坂芸者のよし子の三味線と、さつき、きく丸の踊りが披露され、その艶やかさに客席もうっとり。踊りの前後には席を回って来る彼女たちと会話を楽しみ、お座敷遊び「とらとら」も体験。紹介制だったり高額だったりする料亭と違って、ここでは誰でもチケットを買って気軽に遊ぶことができるのが特徴だ。
「もともとはここまで豪華な部屋を作る予定ではなかったんです」と塩見は言う。
「今、芸者衆の踊りや邦楽など日本の伝統芸能、つまり着物で演奏するようなものを見ていただく場所が非常に少ないんです。料亭はあるし、劇場はあるけれど、その中間の『誰でも気軽にちょっと楽しんで、つまらなかったら帰れるくらいの感覚で芸事に触れてもらう場所』をということで作りました。ですから、舞台だけ立派で、客席側は普通なものにするはずが、茶室設計の方に頼んだらこんなに立派なものができてしまって(笑)」
この津の守の向かいのビルで、カフェバー「穏の座(おんのざ)」を営む塩見。そこにもお座敷があり、さまざまな和のイベントを開催してきた。
「穏の座はコンセプトが茶室で、プライベートな空間として提供していますし、舞台はありません。一方で津の守は、完全にオープンな空間。そして舞台は、歌舞伎座の舞台の『所作舞台』、つまり日舞を踊るための舞台の会社に作ってもらったサイズの小さな本物です。
板の間で舞台のようになっている場所はよくあるのですが、日舞は普通の板の間の上では足を痛める。でもこの舞台はちゃんとした所作舞台なので、飛んだり跳ねたりしても痛くならず、踏むとポンという音がちゃんとするんです。
要は、提供する舞台は本物で、観ていただく方の人数が少なく、距離が近いのが、津の守の特長。『あの楽器、触ってみたいな』『踊りを習ってみたい』などと興味を持っていただき、演者たちとの交流を通して、芸事を楽しんでいただきたいですね」