女性が担う伝統芸能の世界
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竹本駒之助インタビューと、第一線で活躍する演者たち

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テキスト:高橋彩子(舞踊・演劇ライター)
 

洋の東西を問わず、歴史上、女性が芸能の表舞台から遠ざかっていたケースは少なくない。英国エリザベス王朝時代のシェイクスピア劇では少年俳優が女性を演じていたし、江戸時代には女歌舞伎が禁じられ、男性が女形として女性を演じる歌舞伎のスタイルが生まれた。その一方、女性が独自に継承し、今に至っている芸能もある。伝統芸能を担う女性の一人が、女流義太夫の語りを行う「太夫」の第一人者であり、重要無形文化財「義太夫節浄瑠璃」の各個認定保持者、つまり人間国宝の竹本駒之助だ。

インタビュー:竹本駒之助

淡路で見出された天才少女

文楽などの人形浄瑠璃で語られ、歌舞伎においても義太夫狂言の中で大きな位置を占める「義太夫節」。性別関係なく登場人物すべての心理、台詞、情景描写などを一人の太夫が語る芸だ。女流義太夫はこの義太夫節を女性が語る芸能。江戸時代に生まれ、明治時代にはアイドルの先駆けとされるほどの人気を博し、志賀直哉や高浜虚子らも熱を上げたという。竹本駒之助は人形浄瑠璃が盛んな兵庫県淡路島の中学校の部活動で義太夫節と出会い、義太夫好きの母の勧めで、まず淡路在住の女流義太夫三味線の師匠、鶴澤友路(当時は君香)に、次いで太夫の師匠、竹本島之助に師事した。

「母が『お前は声が大きいし、日本一不器量だから、顔をくしゃくしゃにして語る太夫が合っている』と言って。何にも分からないうちに、無理矢理やらされたんです(笑)。やがて、本場大阪からいらした女流義太夫のお師匠さんたちを私の家にお泊めした際、皆さんが私の語りを聴いてくださり、『天才少女』とおだてられ、中学3年生で、大阪で竹本春駒師匠の内弟子として修業することになりました」

この時に付けてもらった芸名が、現在の「駒之助」。新たな師匠、春駒から「駒」を、それまでの師匠、島之助から「之助」をもらったものだ。雄々しい名前は駒之助の、時に女性であることを忘れさせる力強い語りによく合う。

「島之助師匠は私を淡路に置いておきたいと思っていらしたのですが、母はやるからには郷土芸能ではなく本場でプロに、と考えたんです。私本人の気持ちなど無視して、ですよ(笑)。その際、島之助師匠が、自分が手がけた子だから、やりたくないのを出すのだから、自分の名前を付けてくれとおっしゃって、この名前になりました。男性の芸能が元なので、女流義太夫では男性のような名前が多いのですが、お陰で男性が来ると思っていたら女性だった、と言われることは多いですね。郵便配達の人にも、男性ではないんですか、と驚かれます」

大阪で春駒の内弟子となった駒之助だが、やがて文楽の十代目豊竹若大夫の下でも学ぶことになる。さらに、四代目竹本越路大夫(当時は豊竹つばめ大夫)にも、彼の先輩である若大夫が直々に頼んでくれて師事することに。若大夫も越路大夫も、文楽史にその名を刻む名人だ。越路大夫に師事する際、駒之助が言われたのが「女だったら引き受けない。女だと思わず指導する」という言葉。

「義太夫節は男性の芸能で、女性は声帯も腹力も違うけれど、女だと思ったら甘くなるから、と。越路師匠はとてもストイックな方だったので、指導を甘くして、それで芸が通っていくのは耐えられなかったのだと思います。男性が弟子入りしても我慢できる人は少ないと言われるほど厳しい師匠で、私のほかには女性のお弟子さんは一切お取りになりませんでした。実際、お稽古は1回で10年分の収穫があるほど濃密。『女だからといってやれないはずはない。出してみ。死んでもええやないか』と何度も言われました。義太夫節はまさに決死の芸で、1時間語っている間に目の前が真っ暗になり、終わって『ああ生きていたのか』というところまでいかないといけないんです。よく『(芸が)女臭い』とも叱られましたね。女なのだから女の役はそのままやればいいようなものだけれど、それだと声を『振り回す』など、芸がいやらしくなってしまう。逆に芸を極めた方なら男性であっても、女性は女性らしく、男性は男性らしくお語りになるんです。ですから、まずは自分を忘れ、芸をきちんと作っていくことが大切。そこから初めて個性が出てくるわけなので、女性だから女性の役は分かる、語りやすい、などとは、絶対に思いません」

女性/男性関係なく、ただ芸に邁進するだけ

駒之助はこのほか、当時の文楽界が誇る名人のほとんどから教えを受けた。

「男性の場合、一度師匠についたら、ほかの方に習いに行くことはあまりありません。役の都合やお三味線の都合で教わることはありますが、基本的には師匠は1人だけ。なので、越路師匠は『僕たちはできないけれど、君は女だから、そこは特典だね。よかったね』と。真っ直ぐなお師匠さんでしたけれども懐の深い方で、『どのお師匠さんもいいものを持っていらっしゃるから、それはいただきなさい』とおっしゃっていました」

芸の上では女性であることを捨てて修業に励んだ駒之助だが、実生活では結婚して東京に移り、ともに上京した春駒師匠と義母(三味線弾きの鶴澤三生)の世話をしながら、家事に育児にと奔走。男性の芸人も結婚するとはいえ、やはり男性にはない苦労が多かったはずだ。

「文楽なら公演日数がかなりありますが、女性が文楽に出ることはありえませんし、女流義太夫の公演は数が少なく、それだけでは生きていけません。春駒は天涯孤独な女性だったので、私がいなくなったら困る。さりとて独身で身を立てていくのは難しい。そんなときに良いご縁談があったわけです(笑)。越路師匠も私の事情はよく理解してくださって、『時間がないだろうけれども、協力するから、やめるということだけは考えるなよ』と。東京に行ってからも、越路師匠が東京にいらしたときにお稽古をしてくださいました。私は子供のころからずっと『やめたい、やめたい』と言っていたのですけれども、そのころから、こんなにしていただいて、続けなくてはもったいない、申し訳ないと、つくづく感じるようになりました」

駒之助は周囲からよく「お前はなぜ男性に生まれなかったのだ」と言われ、自身も「女性だから、女流義太夫だから、という風に思われるのは嫌です」と言うが、義太夫節を極めるにはいささか不利な女性に生まれついたこの逸材が、芸を続けることができるよう、周囲の人たちがどれだけ心を砕いていたかがうかがえる。芸とはその人の人生すべてが表われるもの。女性の駒之助が歩んだ人生はそのまま、彼女の芸の歴史でもある。

「有名なお茶碗でも何でも、そのまま残さなければならない。それと同じで、伝統芸能も形を残さなければいけないと思います。けれどもその一方で、没頭してきたその人自身の、その時その時の感覚や思いや感性も、味として加わっていくものなのではないでしょうか。ですから、私が男性だったら、あるいは結婚していなかったら、それはまた違った芸になっていたでしょうね。でも、私自身はあくまで、女性/男性ということが関係ないところまでいかなければと思ってやってきました。伝統芸能の世界で第一線にいらっしゃる女性の多くはそうだったのではないでしょうか」

駒之助ほか女流義太夫の出演情報はこちら

伝統芸能界の頂点で輝く女性たち

現在、多くの女性が伝統芸能の修業をしている。そのなかでも第一線で活躍している演者の一部を紹介しよう。

五世井上八千代

京都祇園の女性のみに継承される京舞井上流の五世家元。重要無形文化財「京舞」各個認定保持者、つまり人間国宝。観世流能楽師片山幽雪(九世片山九郎右衛門)を父に持ち、祖母である井上愛子(四世井上八千代)に師事。研ぎ澄まされた格調高い舞が特長。

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三世藤間勘祖
三世藤間勘祖

父である藤間流六世宗家藤間勘十郎のもとで研鑽(けんさん)を積み、七世宗家に。現在も、子息である八世宗家藤間勘十郎とともに活動しており、歌舞伎舞踊の振付のほか、歌舞伎俳優の舞踊の指導、育成において多大な貢献をしている。

九代目田中佐太郎

歌舞伎囃子田中流前家元。女性が出囃子で舞台に上がることのない歌舞伎の世界で、主に舞台脇の御簾内(みすうち)で演奏。父の十一世田中傳左衛門の芸を継承し、子息の現家元、十三世田中傳左衛門へ繋いだ後も、後進の指導に尽力している。

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鵜澤久

観世流シテ方能楽師準職分。父である観世流職分の鵜澤雅および、観世寿夫、八世観世銕之丞に師事。2018年3月に国立能楽堂で行われる、女性能楽師を特集した企画公演においても、能『高砂』のシテを勤める。

露の都
露の都

二代目露の五郎兵衛に師事。女性落語家の草分け的存在で、上方落語初の女性落語家。生活に根付いた温かい噺が特長。東西落語界の女性の最年長であり、男女共同参画社会の実現に向けた提言なども積極的に行っている。

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玉川奈々福
玉川奈々福

二代目玉川福太郎に師事。浪曲師としての八面六臂(ろっぴ)の活動に加え、様々なイベントを実現する名プロデューサーでもある。2017年は、かたりもの芸を特集した『玉川奈々福がたずねる語り芸パースペクティブ』を企画、竹本駒之助も出演。

高橋彩子

舞踊・演劇ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材。『The Japan Times』『エル・ジャポン』『シアターガイド』『ぴあ』や、各種公演パンフレットなどに執筆している。年間観劇数250本以上。第10回日本ダンス評論賞第一席。
http://blog.goo.ne.jp/pluiedete
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