―オペラと浪曲における、女性の地位や存在はどのようなものですか?
鳥木:オペラは全世界的に見て、女性歌手の人口が圧倒的に多いのですが、オペラの登場人物は意外と男性の方が多いんです。主役が女性の場合でも、周りは男性だったりします。男声合唱しかないオペラも少なくないですし。もともと舞台に女性が上がれなかった時代があったからでしょうか。その割に、組織のトップや指揮者、演出家にあまり女性がいないという意味では、男社会だと感じます。
奈々福:浪曲はもともと「浪花節」と言って、明治になってできたジャンルですが、それ以前は大道芸で、その頃から女性はいたようです。特に三味線弾きには女性が多かったですし、大正時代には「女流団」というのが結成されて全国を回っていました。女流は女流っぽいネタをやっていたのかと言うとそうではなく、女性も忠臣蔵や侠客(きょうかく)ものなどをやっていたんです。ただ女流団を牛耳っていたのは興行師という名の男性。男女関係なく、芸人はいいように使われちゃうというのはあったでしょうね。
ただ、私自身は入門してから女だということで不利に感じたことはありません。チームプレーではなく、売れたもの勝ちで、やりたいことをやっていてそれが受け入れられればよい世界なので。
―お二人とも演者でプロデュースなどもなさっていて、ファンがお二人に直接会うことは比較的容易です。美術の世界では、女性作家に性的な言葉をかけられたり食事に誘われたりする「ギャラリーストーカー」が問題になっていますが、その点のご苦労はありませんか?
鳥木:私は、キャラ的に、ないですね(笑)。
奈々福:私もキャラとして、ないです(笑)。ある意味、怖がられちゃうんだと思います。不用意なことはさせない、というか。
鳥木:浪曲では今、「女流」という言葉は使いますか?
奈々福:使いますね。女流浪曲師っていう肩書がつくこともあります。自分では名乗らないですが、私は芸も中性的だと思うし、つかんでしまえばこっちのものなので、そこはあまり気にしていません。
鳥木:メゾソプラノは女性なので使いませんが、指揮者などに対して言うのは、私は気になります。一度、プロデューサー的な人が舞台上で「女流指揮者」と言ったので、「それは今言ってはダメなことじゃないかな」と言ったら、舞台上で「彼女は女にしてははっきりものを言うんです」と言われて。
奈々福:それは、全く学んでないですね(笑)。「男のくせに!」(笑)
鳥木:逆にそう言いたくなりますよね(笑)。
―今後、後輩の女性のために、もうちょっとこうだといいなと思うことはありますか?
鳥木:それはすごくあります。私は若い頃から生意気だったし怖かったと思いますが、顔も性格もかわいくて、人に媚(こび)を売っているように見える人がいると、「一生それでやるの?」「後で後悔しない?」と。でもそれは本人がやりたくてやっているというよりも社会というか、浪曲で言う興行主みたいな人がさせている。「客に酌してこい」とか。
―興行主が女性でもそういうことはあるかもしれませんが、基本的には上にいる人が男性だから、構造的にそうなるという話ですよね?
鳥木:良い、悪いではなく、それが当たり前だと思っている男性は多いのでしょうね。
奈々福:自分たちがやってることは差別的だっていうことに気がつかない人がたくさんいますね。私は、話しがいがある相手であれば「やめてください」と言ってきたし、言うかいがないと思ったら基本的には深く付き合わないと思います。女性の側も刷り込まれて、自然と女を売り物にしちゃう人もいるので、「40代、50代、60代と芸をやっていくに当たって、それだともたないわよ」と言ってあげたいけれど、本人たちに言ってもどうしようもないこともあります。
鳥木:やっぱり、社会を変えてあげたいと言うか、変わりたいというか、それは強く感じます。
―そのことともつながるかもしれませんが、最後に、浪曲師、オペラ歌手としてのビジョンをお聞かせください。
奈々福:今の私はそれこそ浪曲的に、今しか生きていないので(笑)、目先の企画は山のように浮かぶ一方、先の目標は全然描けないんですけれども。ただ、世の中のあらゆるところで規制が強められていて、窮屈になってきていると思うんです。そんな中で、私は油断できる場所、心身をほどける場所を、浪曲で作りたいんです。
以前、とても悲しい思いをされて心に傷を負った方が、初めて浪曲を聴きにいらしてとても慰められ、通っていらっしゃるうちに元気になられたということがありました。だから、私自身は目的を持ってやっているわけではないけれど、来てくれることで誰かの何かになるのであればいいなと思う。芸を媒介に、物語の中に入り込んでもらってもいいし、聴きながら自分自身のことを内省してくれてもいい。とにかく音楽や物語に身を委ねることで、その人がちょっとでも元気になってもらえる場所が作れたらと願っています。
鳥木:私は若い頃から、自分は伝えられてきたものを正しく再現して伝えていく人でありたいと思ってきました。それは今も変わらないのですが、このご時世になって思うのは、おいしいものは正義でみんな食べ物を楽しむけれど、まずいものは食べたくないから、ものすごく厳しくも見ますよね。
ところが日本におけるオペラ界は、「おいしくないけれど、これがオペラなんでしょ」と思われているように感じることがまだあります。私はオペラをもっと愛してほしいし、もっと厳しい目で見てほしい。全部が三大珍味じゃなくていいけれど、洗練されてちゃんとバランスが良くておいしく食べることができるような舞台をちゃんと作る。そして、それに見合うお金をもらって、皆さんにもしっかり見て楽しんでもらえるようにしたいですね。演者としても、プロデューサーとしてもそうしていきたいと考えています。