インタビュー:佐東利穂子
Photo: Keisuke Tanigawa
Photo: Keisuke Tanigawa

インタビュー:佐東利穂子

文学作品を踊るということ

広告

タイムアウト東京 > カルチャー > インタビュー:佐東利穂子

世界中が称賛するアーティスト、勅使川原三郎が率いるダンスカンパニー「KARAS」。パリ オペラ座バレエ団をはじめ、フランクフルト バレエ団、ネザーランドダンスシアター(NDT)など世界の名だたるカンパニーに振付作品を提供してきた勅使川原だが、驚くべきことに、その活動拠点が荻窪にあることは意外と知られていない。たとえば仕事帰りに、ディナー程度の価格で世界最先端の表現に触れられるKARAS APPARATUSがいかに貴重かということについては、2016年の記事『アーティストが場を持つということ』を参照してほしい(同記事で取り上げられている十色庵は2020年4月に閉館)。

そのKARASにあって、ここ何年ものあいだ舞台芸術ファンの注目を一身に浴びているのが、ダンサーの佐東利穂子だ。唯一無二の存在感が輝く舞台上だけではなく、昨今ではアーティスティックコラボレーターとして、勅使川原作品のクリエイション全般への貢献が大きく期待されている彼女。KARASが長らく精力的に取り組んできた「文学作品を踊る」ということを中心に、2021年8月に上演される勅使川原三郎版『羅生門』の魅力についても聞いた。

関連記事

アーティストが場を持つということ

インタビュー:石井則仁(山海塾)

新しいボキャブラリーを探す旅の始まり

「文学作品を扱い始めたのは、2008年の年末だったと思います。ローベルト・ムージル『特性のない男』を題材にした『ない男』でした。私自身、それまでは文学作品を踊るということを全然経験したことがありませんでした。演劇とも違いますし、ストーリーを身振りや形で表すということではない。語られていることを直接的に表すだけではない身体のあり方。まったく新しい身体ボキャブラリーを探す、そういう旅の始まりだったのだと感じています」。

20世紀を代表する文学者ムージルに題を採った『ない男』以降、両国のシアターΧ(カイ)では勅使川原による文学作品シリーズが看板の一つとなる。ポーランドの不世出の作家、ブルーノ・シュルツによる短編小説を扱った連作は、ダンスカンパニーと劇場とが長期的な制作に向き合った点で、KARASにとってもシアターΧにとっても重要な作品群だと言えるだろう。とりわけ『肉桂色の店』に着想を得た『シナモン』(2016年初演)は、2019年にも同劇場で再演された人気作だ。

「勅使川原さんは質感という言葉をよく使います。それは意味や感情ではなくて、物でも人でも、色や形、テクスチャ―など何かしらそれ自体が持っている、ほかに置き換えることのできないもの。そういう質感を捉えることを大事にしています。

その点で、シュルツの文体は非常にダンス的だと感じました。言葉が重ねられることによって、書かれていること以上のものが湧き上がってくるように感じられる。特に『肉桂色の店』は、匂いまでも文体から感じ取れるような作品。その意味でシュルツは、作品を読むことも、そのなかに身体を置くことも、とても面白い作家です」。

シュルツは、ガラス板と印画紙を用いた版画作品でも知られているが、その綿密な作業から生み出される幻惑的なイメージは、シュルツ自身の小説とも相通じるところがある。KARASの『シナモン』は、まさにこのシュルツ作品に特徴的な質感を持った空気が劇場に充満していくような、スリリングな舞台に仕上がっていた。言葉を必要としないダンスで小説を表現するということが、説得力とともに示されたと言えよう。一方で、佐東による朗読が重要な要素となる作品も多い。

「声を出すことも私にとってはダンス」

「朗読を初めて使用したのも『ない男』です。声に出して読んでみると、知っている作品でも感じ方がこんなにも変わるんだな、というのが最初の驚きでした。言葉の意味をただ追うというよりも、声に出すことで、そこに含まれる空気感がたち現れてくる感じがあるんです。作品のなかで、その時々に変化していく色や匂い、温度といったもの」。

今でこそ「声を出すことも私にとってはダンス」と考える佐東だが、声を使うことに最初はとまどいがあったという。朗読を作品で使用するようになる以前、2005年にローマで初演された『Scream and Whisper』では、舞台上で「囁く」ことが求められた。音楽なしのステージ上で、男女2人のダンサーが会話をするように囁き続けるという演出だったが、囁く内容は日常会話でも何でもいいとダンサーに委ねられた。

「最初は、何を話そうかとか、言葉の意味を考え過ぎてしまって、つっかえてしまうというか、身体が苦しい感じがしたんです。そこで、あえて意味のない音を囁くことにしました。相手のダンサーはチェコ語で囁いているので、会話をしているようではあってもそこに意味はない。しかしそこには呼吸があり、お互いの間合いというものが意味を通り越して感じ取れるようになり、それが段々とダンスとして成立してきたんです。

そうやって声を出して相手と関わりを作っていくということを身体で分かってくると、逆に今度は意味のある言葉も扱えるようになったのは面白い経験でした」

意味を排除することで、自分の声そのものと向き合ったからこそ、声に対する理解が深まり、そこに意味を載せていくことにも納得がいったということだろうか。ともあれ、それ以降、魅力的な質感を備えた「声」による佐東の朗読を、多くの作品で聴けるようになったことは観劇する者にとっては幸運なことだ。

広告

文体が声を「物」化する

「朗読をするときは、思ってもいない自分の内側が外側に出てくるような感じがあります。なので最近は、夜中とか朝早くとかに1人で読むのが好きです。そうすると空間を感じるんですね。何もないところで自分の声の響きだけになると、声も「物」化するというか。それも文体が滑らかでないと、そういう発声にうまくならなかったり、逆にリズムのある文体だと歌みたいに読みやすかったり、と様々な要素があります」。

2021年6月、やはりシアターΧで上演された『読書 -本を読む女-』では、オノレ・ド・バルザック『セラフィタ』や泉鏡花『外科室』など、いくつもの文学作品の朗読を録音した音声が使用され、その文体をダンスとともに堪能することができた。注目したいのは、朗読される作品の選考を佐東が一任されたことだ。

「勅使川原さんからは、たくさんの本を読んでほしいと言われていました。色んな作品を渡り歩くような、読み漁るような感じが欲しい、と。だからなおさら、自分が読みたい作品を読んでほしいとも。読みたい作品といっても、単純に好き嫌いとかではないし、たくさん読むということはそれぞれは短くなるので簡潔さも必要。というように、文体の面からも色々と考えました」。

同作では、朗読された言葉たちが、まさに物質化した声という身体を得たかのように、舞台空間に大きな影響を及ぼす。プロットや台詞にウェイトが置かれる戯曲でも、韻律が重視される詩でもなく、小説作品が大きな比重を占めていることからも、文体への強い意識が感じられる。では、佐東自身の文学体験はどのようなものだったのだろうか。

幼き日の幸福な読書体験

「小学校時代はイギリスに住んでいたんですが、週に1回、本をたくさん積んだ車が小学校にやって来るんです。それを買っていたのか、もらっていたのかも定かではないんですが、毎週その移動図書館みたいなもののおかげでたくさんの本に出会うことができ、本をすごく好きになりました。読んでいたものは、有名な文学作品でもなかったかもしれないし、作家の名前も覚えていないものばかり。ファンタジックなお話が多かったですね」。

見たことも聞いたこともない物語が、次々と訪れる幼少期というのは、本好きならば誰もが、ある種の懐かしさとともに憧れる幸福な読書体験といえるだろう。ファンタジーや児童文学の色濃い伝統があるイギリスのこと、「今思えば(ウィリアム・バトラー・)イェイツとか(ロード・)ダンセイニとかの影響を受けた作品もあったのかもしれないですけど」と話す佐東も、やはり「空想的な物語」を好んで読んだそうだ。

「『読書』でも取り上げている(ジュール・)ラフォルグ『ペルセウスとアンドロメダ』に感動したのも、有名な神話を想像力によって書き変えてしまっているところです。読んで気に入らなかったら、空想のなかで物語の結末を変えるということを私もよくしていました。だからラフォルグを読んだときにはすごく納得して、私も同じように結末書き換えちゃうだろうなって(笑)」。

空想に遊ぶ少女のような笑顔で話す佐東は、変わらぬ純粋さで身体表現にも取り組んできたのだろう。佐東のダンスから感じる気迫は、自身が納得できない表現は絶対にしないという、妥協を知らない子どもにも似たひたむきさに起因しているのかもしれない。そんな佐東が、勅使川原とともに次に相対するのが、芥川龍之介の『羅生門』だ。

広告

勅使川原三郎版 『羅生門』の試み

「勅使川原さんの『羅生門』では、鬼を登場させるという構想があります。芥川の作品にも、書かれていない部分をたくさん感じますよね。当時の社会状況など、想像力が非常に掻き立てられ、鬼という存在もあり得るのではないかとか、文章には書かれていない人物も存在したんじゃないかとか、今そうやって作品を膨らませているところです。多くの人が読んだことのある作品だと思いますが、また違う驚きのある作品になると思います」。

勅使川原三郎版 『羅生門』は、2021年8月6日(金)〜8日(日)東京芸術劇場、11日(水)愛知県芸術劇場にて上演される。上演に先立ち勅使川原は、『羅生門』について「ある種の『神話性』を感じる」と述べている。大昔に作られたから神話になるのではなく、今なお生き生きと感じられる物語こそが神話の本質だ、と。芥川による「神話」を、KARASがどのように解釈し再構成するのか。ダンスファンのみならず、文学読みにとっても期待の高まる作品だ。

ステージインタビューをもっと読みたいなら......

  • アート

観る者を引きつけてやまない舞台芸術の世界。目の前で躍動する身体や発せられた声、言葉もさることながら、上演される場所もまた、観劇には大きく作用する。そうした空間をアーティスト自らが作り提供する場合、観客は創作に深く結びついた時空間を体験することになるだろう。今回はそんなスペースを紹介しよう。

  • アート
インタビュー:石井則仁(山海塾)
インタビュー:石井則仁(山海塾)

日本の美意識から生まれ、世界のコンテンポラリーダンスに多大な影響を与えた「舞踏」。その中心的な役割を担っているグループの1つが、1975年に結成され現在もパリ市立劇場を拠点に活動する山海塾だ。1984年生まれの舞踏家、石井則仁に聞く、山海塾との出会いやアートとビジネスの関係。

広告

熊川哲也率いるKバレエカンパニーのダンサーとして活躍し、2020年10月には最高位であるプリンシパルに昇格。堀内將平(ほりうち・しょうへい)28歳は、今まさに注目のダンサーだ。バレエを始めたきっかけから踊りへの思い、今後の出演作から、今年8月に自ら舞踊監修する公演まで、さまざまに語ってもらった。

  • ダンス

英国の名門バレエ団、バーミンガム・ロイヤル・バレエおよび英国ロイヤル・バレエのプリンシパルとして活躍した名バレリーナの吉田都が、新国立劇場舞踊部門の芸術監督に就任する。

秋からの2020/2021シーズンを目前にして、コロナ禍に見舞われた吉田が語る今の思い、そして芸術監督としてのビジョンを聞いた。

広告

舞踊・演劇ライター、高橋彩子が、何かしらの共通点を持つ異ジャンルの表現者を引き合わせる『STAGE CROSS TALK』シリーズ。記念すべき第1弾に登場するのは、舞踊家の藤間勘十郎と、ピアニストの反田恭平だ。前編ではコロナ禍での思いや活動を聞いたが、後編ではそれぞれの表現やビジョンを語ってもらった。

おすすめ
    関連情報
    関連情報
    広告