Tokyo Meets the World Special Edition Cycling
Photo: Kisa Toyoshima(L-R) Dutch ambassador Peter van der Vliet; architect Manabu Chiba
Photo: Kisa Toyoshima

テーマは「自転車共存都市」、駐日オランダ大使と建築家の千葉学が示す新しい東京

サイクリストの二人が提案する自転車フレンドリーな都市ビジョン

翻訳:: Genya Aoki
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20人以上の駐日大使へのインタビューを通じて、文化、旅行、都市生活に関するさまざまな革新的なアイデアを紹介してきたTokyo meets the worldシリーズ。その中で提案されたアイデアの多くは、持続可能で環境に優しい都市生活をおくることを目的にしており、街での移動手段を変えるのもその一つだ。

自転車のような二酸化炭素(CO2)を出さない交通手段を促進することは、地球と人、双方にとってより良いことである。東京では自転車がいたるところを走っており、この点はうまくいっているように見える。しかし、世界有数の自転車都市と比較してみると、その実情は全く異なる。

東京が自転車フレンドリーな都市になれない理由とは。そして自転車先進国からどんなことが学べるのか。今回のテーマを深堀りするのは、自転車先進国の筆頭ともいえるオランダの駐日大使であるペーター・ファン・デル・フリート大使と、建築家であり東京大学大学院教授の千葉学だ。

熱心なサイクリストである2人は、インフラや安全性の問題からお気に入りのライディングスポットまで、東京のサイクリストにとって刺激的なディスカッションを繰り広げていった。

日本とオランダの自転車事情

ファン・デル・フリート:私は熱心なサイクリストですが、東京での通勤距離は50mほど(大使公邸から大使館まで)なので、自転車を使う必要がありません。しかしオランダでは、雨の日も晴れの日も、冬でも夏でも通勤に自転車を使います。オランダ外務省では車を停めることができないのです。駅のすぐそばなのですが、駐輪場の数も十分にあり、多くの人は電車か自転車で通勤します。

千葉:大使は東京に来て2年以上になりますが、ママチャリやスポーツバイクなど自転車が多く走っていることに気づかれたことでしょう。東京の自転車事情について、全体的にどのような印象を持っていますか?

ファン・デル・フリート:東京はオランダとは異なりますが、これだけ自転車が使われているのは、自転車が異質なものとして捉えられておらず、それだけチャンスが多いということですね。子どもたちを自転車通園、通学させていますし、それは通勤にも拡大可能です。

レクリエーションとしての自転車もたくさんありますし、皆さん熱心に取り組んでいます。自転車専門店のワイズロードに行けば、イタリア製、アメリカ製、日本製の高級自転車が手に入り、カーボンフレームに7000ドル(日本円で約875,000円、※1ドル=125円 2022411日中心相場)かける人もいます。

しかし、東京におけるシティサイクルや機能的な自転車の利用については、まだ多くの改善が必要だと思います。青いペンキで矢印を描き、車道と並走するレーンを「自転車専用レーン」と呼ぶこと以上にできることがあるのではないでしょうか。都内を安全に移動できる自転車専用レーンが必要です。

全ての道に自転車専用レーンは必要ありませんが、人々が街に入り、安全な道へと分岐するための動脈は必要です。これは、ほかの都市で成功したコンセプトです。そのためには、ある程度の犠牲や投資をしなければなりません。時には自動車用のレーンを削る必要があり、それは新たな渋滞を引き起こす可能性があるため、人々の憤慨につながることもあります。勇気はいりますが、必ず報われることだと私は思います。

もう一つ、オランダと大きく異なるのは、歩道を自転車で走る人がいることですね。オランダでは絶対にしてはいけないことです。

千葉:法律的には、日本でも自転車の歩道走行は※原則禁止されています。しかし道が狭いから、警察も場所や状況に応じて認めているというのが実情です。

※ただし、道路標識などで指定された場合など一部例外あり

ファン・デル・フリート:オランダの街でそれをするのは、「新幹線を普通の線路で走らせる」ようなものです(笑)。日本で自転車に乗る人は、責任感と思いやりがありますが、オランダでは自転車のスピードが速く、歩行者が邪魔者扱いなので、歩道を走れば事故が多発するでしょう。

東京は公共交通機関が発達しています。初めて訪れた時、地下鉄や電車で都内のさまざまな場所に行けることに驚きました。これだけ公共交通機関が充実していると、自転車なんて必要ないじゃないかと思われるかもしれませんね。

千葉:東京の人からすると、オランダで自転車が重要な交通手段として尊重されていることはとても印象的です。なぜ自転車がそんなに評価されているのでしょうか?

ファン・デル・フリート:まず、オランダは土地が平坦で、サイクリングしやすい国です。また、オランダのガソリンは日本よりかなり高価なので、車移動は経済的には良い選択肢ではありません。さらに人口密度が高く、車を所有する場合は駐車場代も高いですね。一方、自転車は健康的で環境に優しい。多くの実用的な理由から、自転車は素晴らしい交通手段なのです。

職場から適度な距離に住んでいる人はもちろん、そうでない人も、最寄りの駅まで、あるいは駅から職場まで、自転車で移動するのが当たり前になっています。レインスーツと防寒着を買う必要はありますが、それは誰もが持っているものです。

便利で実用的である理由は、安全性にも関係しています。自転車レーンや自転車専用道路は、都市設計や開発に完全に組み込まれています。今や、自転車道や自転車用信号機のない街を新たに開発できないほどです。オランダでは道路を自転車で安心して走れるので、利用しない手はないでしょう。安全性、利便性、健康、環境、価格と、全て好条件がそろっているのです。

千葉:通勤用の自転車を購入する場合、勤務先から何らかのサポートを受けることができますよね。

ファン・デル・フリート:はい。働いた時間を金額に換え、そのお金で自転車を非課税で購入できます。約20パーセントの割引と同じですね。

サイクリストのためのより良い東京をつくる

千葉:東京で自転車に乗ると、車やバイクにとっても、また歩行者にとっても邪魔者なので、走行するのは簡単ではありません。自治体はヨーロッパの事例を見て、そのアイデアを東京にも適用しようとしていますが、その計画は必ずしも街の現状や文脈に合うわけではないのです。

ファン・デル・フリート:千葉さんは、建築家であり都市開発に携わる者として、日本の都市計画にサイクリングロードやレーンがしっかり組み込まれていると思いますか?

千葉:いいえ。不思議なことに、設計の専門家や都市開発者の間では、あまり自転車は意識されていないのではないでしょうか。車にとって邪魔な存在である自転車のビジョンを打ち出すのはなかなか難しいと思います。

ですが、私は今、これまでの慣習的な施策とは異なるアイデアをいくつか提案しています。

一つは、自転車レーンを必ずしも道の脇に設置するのではなく、中央に設けようというものです。東京では、路肩はバスやタクシー、トラックなど公共交通や物流車両の駐停車スペースになりがちで、路肩を自転車レーンにするのは、必ずしも合理的ではありません。

ですが、主要な幹線道路には中央分離帯があることが多く、そこに自転車レーンがあれば安全性が高く、ほかの交通との干渉も避けられます。交差点に自転車専用レーンにアクセスできる信号を設置し、自転車が一度そこに入ればあとは自由に進むだけです。

駐輪場というインフラを増やすのではなく、既存のガードレールを活用した駐輪場も考えています。このほか、坂道が多い東京で、平坦に続く道を容易に把握できる地図を作ることも提案しています。「地上30mの楽園」といって、地上30mの平らな道だけに色を付けた地図です。これもまた、坂道を嫌うママチャリの視点から見た東京の姿なのです。

最後に、私は「ビルクライム」と呼ぶアイデアを提唱しています。東京の高速道路の一部に「KK線」という道路がありますが、これは1960年代に首都高速からの迂回ルートとして作られたものです。当時は日本の経済が急成長していた時期で、ひどい渋滞でした。それを避けるために、KK線路は首都高速を回避するように作られたのです。

しかし、最近は車の利用者も減り、通過交通量は減っています。現在では、その高速道路をほかの用途に改修しようという案も出てきていますが、私の提案は、この高速道路を地上から200mの高さまで上るビルに変えるというものです。そのビルの屋上を自転車で走って汐留の高層ビルの上まで行ければ、東京のビル群を体感するサイクリングができるようになります。終点のビルの屋上には神社もあって、東京湾を眺めることもできます。

全長2.8kmですから、屋上の勾配は67%。坂を登るのが好きなサイクリストにとっては聖地になるでしょうし、坂を登るのが嫌いな人にとっては、「ビルの谷間を下る」というほかでは体験できないレクリエーションの場にもなるでしょう。

この「ビルクライム」プロジェクトは世界の多くの人たちに共感して頂き、現在ビルバオのグッゲンハイム美術館で展示されています。私たちはこのプロジェクトをもう少し発展させて、自転車だけでなく、自動運転車やパーソナルモビリティーのソリューションも含めて、KK線が位置する地域全体のビジョンを提案しています。

※同プロジェクトは東京大学基金『グッゲンハイム美術館ビルバオ展示支援基金』で寄付を募集している。興味を持った人はぜひ支援してほしい。

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自転車で日本を再発見する

千葉:東京をはじめ、日本各地で好きなサイクリングスポットはありますか?

ファン・デル・フリート:東京では、荒川まで行って50~60kmを走るようにしています。豊洲市場まで行くと、信号が1つか2つしかない3km近いループがあり、それを素早く走って大使館に戻ってくることができます。

荒川にいる時はとても幸せです。サイクリストの間では有名なソフトクリームが食べられる榎本牧場(埼玉県上尾市)があるんです。すぐそばの牛舎に牛がいて、ニオイがするんですよ(笑)。サイクリストはそこへ行ってアイスを食べ、東京に帰っていくのが恒例となっています。

筑波山に登るのも好きですね。霞ヶ浦のあたりは平坦で、私が育ったオランダの地域と似ています。強風の時を除けば、100kmほどのサイクリングが楽にできます。オランダは平坦な道ばかりですが、日本はいろいろな地形があるのが良いところですね。山、海、湖、全てがそろっています。

千葉:すでに日本のサイクリング事情にかなり詳しいですね(笑)。私は毎年7月に、富士スバルラインを自転車で登るイベントを開催しているんですよ。富士山のイベントは主に建築関係の仲間うちで始まったものですが、東日本大震災以降、両親の出身地である東北で、より多くの人向けに『ポタリング牡鹿』というイベントも開催しています。復興と未来の観光のために始めたもので、毎年8月に一泊二日で牡鹿半島を一周します。約100kmの距離ですが、海岸沿いには津波で被害を受けた小さな漁村がたくさんあります。昔から漁業が盛んで、食べ物もとてもおいしいところですが、ここに人の集まる仕組みとして、サイクルツーリズムを提案しているのです。

ファン・デル・フリート:いつか参加したいです。日本では、街から街への移動が大変ですね。トンネルが多く、渋滞に巻き込まれると危険も増えます。オランダは安全な道路があちこちにあるので、街から街へ難なく移動できます。今の日本は孤立した地域に自転車が集まっていて、まだつながっていないんです。

しかし、都市部でも地方でも、改善の可能性は多分にあります。たとえば観光面において、レクリエーションとしては自転車よりもハイキングの方が手軽で人気ですが、サイクリングももっと手軽にできるようになれば、多くの観光客を魅了できるのではないでしょうか。

その好例が、瀬戸内しまなみ海道です。今治では、駅から300mほど歩いた場所にあるホテルサイクルで自転車が借りられます。レンタルサイクルでチェックインもできますし、自転車を持参した場合はホテルの部屋に持ち込むこともできるのです。ルート上にトイレがあったり、ちょっとした食事処があったりと、全てがよく考えられています。この街道を抜けた先にある尾道のホテルでもまた、部屋に自転車を持ち込めるのです。こういったルートが今後もっと増えてくることを期待しています。

しまなみ海道やつくば霞ヶ浦りんりんロードは、交通標識の表示が充実しています。日本語が読めない人にとって、標識はとても重要です。日本には素晴らしい自転車ルートが豊富にありますが、標識や地図、設備をもっと充実させる必要があります。そうした努力を続ければ、日本の魅力的な自転車ルートに、より多くの人を呼び込めるでしょう。

ペーター ファン・デル・フリート(Peter van der Vliet)

駐日オランダ王国大使

1988年に在ロッテルダムエラスムス大学(政治学・国際関係学)修士課程を修了。 1990年、在ハーグ オランダ外務省入省。1991年から在ジュネーブ国連軍縮会議オランダ代表団メンバー 、在ハーグオランダ外務省安全保障政策局事務官 、在ジュネーブ国連軍縮会議における包括的核実験禁止条例 (CTBT) オランダ代表特別補佐官 、在ハーグオランダ外務省 安全保障政策局事務官 、在インド・ニューデリーオランダ王国大使館経済・商務担当一等書記官、在ヨルダン・アンマンオランダ王国大使館全権公使、在ハーグオランダ外務省国連政務法務部部長に続き、同省国連・国際金融機関局次長 、在ニューヨーク国連オランダ政府代表部発展途上・人道人権部部長の後、同代表部次席代表兼発展途上・人道人権部部長を歴任。2015年から在ハーグ オランダ外務省 国際機関・人権局局長 持続可能な開発目標担当大使を務め、2019年から現職。

千葉学

建築家・東京大学大学院工学系研究科建築学専攻教授

1960年東京生まれ。東京大学建築学科卒業、同大学院修士課程修了。日本設計、ファクター・エヌ・アソシエイツを経て2001年千葉学建築計画事務所設立。2013年より現職。主な作品に『日本盲導犬センター』(日本建築学会賞)『大多喜町役場』(ユネスコ文化遺産保全のためのアジア太平洋遺産賞功績賞)『工学院大学125周年記念総合教育棟』(村野藤吾賞)。著書に『rule of the site-そこにしかない形式』『人の集まり方をデザインする』など。宮城県牡鹿半島で2014年から実施しているサイクリングツアー『ポタリング牡鹿』を主催。

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日本とオランダは旧友と言っても過言ではない。1600年に貿易船「リーフデ号」が九州に漂着して以来、親密な関係を築いてきた。4世紀たった今でも、100以上のオランダ語が日本語の一部として残っており、東京駅の東側に位置するビジネス街である「八重洲」という名前の由来は、オランダ人冒険家のヤン・ヨーステン・ファン・ローデンスタインだ。

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