サンダンス映画祭
© 2025 Sundance Institute | photo by George Pimentel/Shutterstock for Sundance Film Festival. | サンダンス映画祭
© 2025 Sundance Institute | photo by George Pimentel/Shutterstock for Sundance Film Festival.

LGBTQ+映画20年の軌跡、若手登竜門「サンダンス映画祭」出品作から読み解く

プログラムディレクターに聞く、最も影響を与えた監督と注目すべき次世代の才能

広告

タイムアウト東京 > LGBTQ+  > カイザー雪の「Pride of the world #6」

今月、アメリカで第97回アカデミー賞の授賞式が開催され、盛り上がりを見せた。日本の作品が複数ノミネートされ受賞を果たしたことで、多くの日本人も喜びを感じるイベントとなって終了した。

そんな華やかな授賞式に世界が注目する一方で、もう一つの重要な映画祭が今年1月に催されていたのは知っているだろうか。1978年に設立された「サンダンス映画祭は、インディペンデント映画を対象とし、オリジナリティーあふれる作品を世に送り出す登竜門として知られる。数々の才能ある監督を輩出し、型破りな映画を紹介する場であるのだ。

日本・アメリカ・スイスの3拠点で生活し、通訳や執筆などを行うカイザー雪が、6回にわたって世界のリアルなLGBTQ+事情を伝える「Pride of the world」シリーズ。今回は、サンダンス映画祭のプログラムディレクター、キム・ユタニ(Kim Yutani)にインタビューを実施した。映画業界で20年以上活躍し、LGBTQ+映画にも精通する彼女に、LGBTQ+映画のこの20年間の変化や影響を最も与えた監督、今年の注目作品、気になっている日本の監督、などについて話を聞く。

20世紀にLGBTQ+映画を縛った厳しい規制とその変遷 

近年、LGBTQ+をテーマにした映画が定期的にリリースされるようになったが、かつてはそうではなかった。社会の価値観や時代の流れも影響しているが、アメリカの映画業界における厳しい規制もその要因の一つである。

1934年から1968年まで施行されていた「ヘイズ・コード」は、映画表現を厳しく制限する保守的なガイドラインだった。肌の露出や異性カップルの情熱的なキスなどはもちろん、同性愛も「性的倒錯」とみなされ、スクリーン上で描くことが禁止されていた。

1968年、同規制の廃止後、ようやくLGBTQ+を扱う映画が徐々に登場するようになり、特に90年代以降、作品数が増加。こうした歴史を詳しく知りたい方には、1995年のドキュメンタリー映画『セルロイド・クローゼット』がおすすめだ。ハリウッド映画における同性愛の描かれ方と、その抑圧の歴史を掘り下げた本作は、LGBTQ+の映画の進化を理解する上での欠かせない名作である。

キムと『Sorry, Baby』の監督のEva Victor
© 2025 Sundance Institute | photo by George Pimentel/Shutterstock for Sundance Film Festivalキムと『Sorry, Baby』の監督Eva Victor

クイアキャラクターの進化、20年で表現がより豊かに

メインストリームにLGBTQ+映画やドラマが多く登場するようになったのは、20年ほど前からのことだ。それはちょうど、キムが映画祭で仕事をスタートした時期と重なる。これまで年間、500本ほどの映画を鑑賞してきたキムは、サンダンス映画祭に携わる前、世界最大級のLGBTQ+映画祭「アウトフェスト」(ロサンゼルス開催)でプログラムディレクターを務めていた。その間、クィア映画はどのように変化してきたのだろうか。

「この20年間で、クィア映画のストーリーやキャラクターの幅が圧倒的に広がり、描き方も大きく進化しました。これはクィア映画に限らず、映画全体がより洗練され、深みを増してきたと感じています。

最近の映画製作者たちは、過去の作品を土台にしながら、新たな視点を取り入れて、次々と新しい物語を生み出しています。そして最近、過去の優れた映画の再リリースが行われ、それらを新しい世代が発見する流れにも、とてもワクワクしますね。」

その象徴的な例として、キムは自身が1990年代にアシスタントを務めたグレッグ・アラキ(Gregg Araki)監督の『ドゥーム・ジェネレーション』を挙げる。この作品は2023年にリマスター版がサンダンス映画祭で上映され、20代の若者たちが初めて観て感動する様子に触発されたという。

「インディペンデント映画におけるLGBTQ+の役柄も、この20年間で格段に増えました。さらに、さまざまなジャンルの物語の中に自然にクィアなキャラクターが登場するようになったのも大きな変化です。これはテレビドラマにも言えることですね。映画全体の中でクィアキャラクターの割合が高くなり、現実の社会を反映するようになってきたのも印象的です。

また、LGBTQ+のキャラクターが単にポジティブやネガティブといった描き方ではなく、グラデーションやニュアンスのある表現になってきたと感じます。より現実味を帯びた存在として描かれるようになったのではないでしょうか」

‘Sauna’ premiere, Sundance Film Festival, Park City, Utah, USA - 27 Jan 2025
© 2025 Sundance Institute | photo by Michael Hurcomb/Shutterstock for Sundance Film Festival.今年のサンダンス映画祭で上映されたデンマークの映画『Sauna』のキャストと監督のMathias Broe (右)

映画の持つ力、そして映画祭の使命

サンダンス映画祭でのキムの最大の醍醐味(だいごみ)は、新たな才能がスクリーンデビューを果たす場面に立ち会うことだという。特に若手監督の作品が初上映する際は、その人生が180度変わろうとする瞬間だ。緊張感や不安を共有し、上映後の安堵(あんど)した表情や歓喜を間近で見られることが、何よりの喜びだという。

「映画は、物語を伝える上で非常にパワフルなメディアです。とりわけ、LGBTQ+に関する情報が限られている国や地域に対しても、多様な視点や経験を届けられる最適なツールだと感じています」

そんな思いがあるからこそ、キムは映画を選定する際、特定の基準を設けず、できるだけまっさらの状態で作品と向き合うことを心がけている。ただ、一つだけ注目するポイントがあるとすれば、それは「映画製作者が作品にどんなメッセージを込め、それをどれだけ伝えられているか」だという。

「映画祭の役割は、アーティストに自由な表現の場を提供することです。だからこそ、検閲をせず、多様な映画作家たちの想像力に敬意を示すことが大事だと思っています。大胆であれ、革新的であれ、挑戦的であれ、どんなテーマであっても排除せず、映画祭がアーティストたちにとって安全な場所であり続けることも私の仕事の一つです」

サンダンス映画祭のプログラムディレクターを務めるキム・ユタニ
© 2025 Sundance Institute | Andrew H. Walker/Shutterstock for Sundance Film Festival.サンダンス映画祭のプログラムディレクターを務めるキム・ユタニ

クィア映画に最も影響を与えた映画監督たち

最近では、LGBTQ+であることをオープンにする監督が増えてきたが、特にクィア映画の表現に大きな影響を与えた監督について、キムに聞いてみた。

「たくさんいるので個人的な視点になりますが、例えば『ベルベット・ゴールドマイン』や『キャロル』などのトッド・ヘインズ(Todd Haynes)監督は特に印象深いです。サンダンス映画祭でデビューした彼の作品が進化していく過程を見てきたのも刺激に感じます。彼の作品には、ゲイ男性としての独自の視点やアイデンティティーがちりばめられていて、それがとても独創的な形で表現されています」

また、フランス映画『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマ(Céline Sciamma)や、『ハイ・アート』『キッズ・オーライト』のリサ・チョロデンコ(Lisa Cholodenko)の名を挙げる。

「最近、『ハイ・アート』が再リリースされんたのですが、『ドゥーム・ジェネレーション』同様に、新しい世代が90年代のアイコン的な作品を発見し、感銘を受けているのがとてもうれしいですね。過去の名作が世代を超えて受け継がれていくことは本当に素晴らしいことです」

今年のサンダンス映画祭で輝いた次世代監督

今年、LGBTQ+をテーマにした映画が特に多かったというが、キムに、特に心に残った作品について聞いた。

「本当に心揺さぶる作品が多く、選ぶのが難しいのですが(笑)、エバ・ビクター(Eva Victor)監督の『Sorry, Baby』に特に心を打たれました。彼女のデビュー作品でありながら、監督・脚本・主演を務めた多才ぶりが光る作品です。こうした新しい才能や声、視点に出合える瞬間ほどエキサイティングなことはないですね。

映画祭中は、会場で映画を鑑賞できる機会がなかなかないのですが、観客が笑ったり感動したりしている様子を肌で感じられたのも、より感動を深めました」

またデンマークの映画監督、Mathias Broeによる『Sauna』も注目作の一つだと続ける。

「ゲイをテーマにした映画ですが、これまでにないスタイルで、画期的な領域を探求している作品です。斬新で、まさに次世代のクィア映画の予感がします。そのほかにも、カーメン・エミー(Carmen Emmi)監督 の 『Plainclothes』や、Sabar Bonda監督の『Cactus Pears』も外せません。特に後者はインド映画で、クィアロマンスが描かれるのは珍しいため、新鮮さが際立っていました。

そして忘れてはいけないのが、ビル・コンドン(Bill Condon)監督による『蜘蛛女のキス』のリメイク。これも今年の映画祭を象徴する作品の一つでしたね」

日本の監督と新たなLGBTQ+の表現の広がり

最後に、キムに日本の監督についての感想を聞いた。

「長久允監督は本当に大好きです。彼の長編映画デビュー作『WE ARE LITTLE ZOMBIES』はサンダンス映画祭で上映され、審査員特別賞である『オリジナリティ賞』を受賞しました。

彼の作品は、ポップカルチャーや広告、音楽、ビデオゲームなどの影響を強く受けた、非常にクリエイティブでビジュアルな言語に満ちています。一方で、彼の描くストーリーは、悲嘆や深い悲しみ、愛といった、人間の根源的な感情や人生を語っていて、心に刺さるものがあると思うんです」

さらに、映画だけでなく、日本のメインストリームのエンターテインメントにもLGBTQ+の波が広がっていることを実感しているという。

「映画ではないのですが、Netflixの『ボーイフレンド』には感激しました。日本で、メインストリームのプラットフォームでゲイ男性の恋愛リアリティー番組が放送されるのには時代の流れを感じます。アメリカからも視聴できるので、実はちょっとハマっているんです! 元々『テラスハウス』のファンでもありましたから(笑)」

かつては限られた枠の中で語られてきたLGBTQ+ストーリーだが、この20年間で、海外の映画界だけでなく、日本のエンターテインメントにおいても、より幅広いリアルな物語やキャラクターが描かれる時代が到来しているようだ。サンダンス映画祭をはじめ、国内外の舞台で、今後どんな新しい才能や名作が生まれるのかが今から楽しみだ。

Writer & Translator

カイザー雪(Yuki Keiser)

スイス・ジュネーブ大学文学部卒業後、奨学金プログラムで東京大学大学院に2年間留学。現在は日本・アメリカ・スイスの3拠点で生活し、通訳、執筆、語学教師(日本語・フランス語・ラテン語)をしている。

Pride of the world シリーズをもっと読む……

広告
広告
おすすめ
    関連情報
    関連情報
    広告