Cha Apostol
Cha Apostol | |
Cha Apostol | |

アメリカで今起きている危機、トランスジェンダーのための護身術クラブの切実な必要性

Traction project 創始者・スカウトにインタビュー、「政府方針がヘイトを浸透させる」

広告

タイムアウト東京 > LGBTQ+  > カイザー雪の「Pride of the world #5」

アメリカ西海岸に住むアーティスト兼活動家、そしてノンバイナリー(※1)・トランスジェンダーのスカウト・トラン(Scout Tran)。アート作品やバイクの修理のアドバイスを発信するSNSのアカウントを運営。その傍ら、2019年に「Traction Project」という非営利団体を設立以降、LGBTQ+コミュニティー向けの護身術クラスを無料で提供している。

このプロジェクトでは、トランスジェンダーの人々が攻撃の的になりやすい現状に着目し、サンフランシスコのベイエリアをはじめ、アメリカのさまざまな都市で授業を開催。また、トランスジェンダーのニーズに特化した護身術の技術をまとめたZINEもリリースしている。

トランプ政権による反トランスジェンダー政策を掲げる大統領令(※2)が出されてから、護身術クラスの参加者数は倍増。全体的に緊張感が高まり、一時的に運営に支障が生じたが、その一方で、ボランティアを申し出てくれる人の数も増えているという。

スカウト・トラン
Photo: Candance Fieldsスカウト・トラン

日本・アメリカ・スイスの3拠点で生活し、通訳や執筆などの仕事をしているカイザー雪が、6回にわたって世界のリアルなLGBTQ+事情を伝える「Pride of the world」シリーズ。今回は、スカウトにインタビューを実施した。メインストリームとLGBTQ+向けの護身術の違いやポップカルチャー、日本の武術から得たインスピレーション、トランプ政権で後退する権利などについて話を聞く。

※1:「性別は男性と女性のみ」とする二元論的な分類に当てはまらない性自任を持つ人のこと

※2:パスポートでの性別修正の禁止や、ジェンダー肯定医療への資金提供停止などを含む大規模な政策転換が成された

Scout Tran
Photo: Scout Tran

2014年ごろからトランスジェンダーが攻撃されるように

もともと格闘技の経験が全くなかったスカウトだが、生まれ育ったサンフランシスコ・ベイエリアで2014年ごろから突然、身の危険を感じるようになったという。それをきっかけに、トランスジェンダーの友人たちとともに守り合うために護身術グループを立ち上げることを決意した。

 「Netflixのテレビシリーズ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』に出演したトランスジェンダーの女優ラヴァーン・コックス(Laverne Cox)が2014年に『Time』誌の表紙を飾ったり、2015年にはリアリティー番組『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』のケイトリン・ジェンナーがトランス女性として大体的にカミングアウトしたり、トランスジェンダーが一気に注目されるようになりました。その影響で、自分の日常生活にも変化が感じられるようになったのです。

電車の中でしつこい目線を感じたり、ビデオを無断で撮られたり、理由もなく絡まれるようになったり。それまでは公共の場で無視されていたのに、急に意識されるようになって。そこでトランスの友人たちに、『お互いを守るクラブを作ろうか』と提案してみたら、全員が即賛成。これは私一人の経験ではなく、多くの人が必要としていることを再確認しました」

 現在では、サンフランシスコ以外にも、アトランタやシアトル、ワシントンD.C.など、さまざまな地域でクラスを催しており、その需要は今もなお高まっている。

 映画やポップカルチャーでトランスの人はたいてい「悪役」

 スカウトはその後、トランス女性のための防御テクニックを伝授するZINEも制作した。あえてメインストリームの護身術とは異なる技を紹介しているが、その理由は、ポップカルチャーに潜んでいるのだと説明する。 

「映画やポップカルチャーでは、トランスの人はずっと『悪役』として描写されてきたんです。トランス女性のようなしぐさや振る舞いをする悪役も多く、そのネガティブなイメージが潜在意識に刷り込まれてしまっているように感じます。

典型的な例が映画『羊たちの沈黙』に登場する連続殺人鬼バッファロー・ビル(Buffalo Bill)。そのキャラクターはメイクをし、女性っぽく振る舞っていてトランス女性を彷彿とさせる描き方ですよね。最近の例で言えば、『ワイルド・スピード/ファイヤー・ブースト』のジェイソン・モモア(Jason Momoa)演じるダンテ・レイエス(Dante Reyes)役。彼は大好きな俳優ですし、ダンテという役柄はとても魅力的で衣装もすてきなんですが……(笑)。そのように、『トランス女性=悪役』という無意識の偏見が古くから植え付けられてきました。

 そういった背景があって、トランス女性が道端でけんかに巻き込まれたとき、加害者に見られがちなのです。そのため、シスジェンダー(※3)の女性が使う一般的な防御技、例えば肘打ちや膝蹴りのようなアグレッシブな技は御法度。加害者に間違われないように、暴力的に見えない、かつ効果的な防御テクニックを選択する必要がありました」

 ※3:出生時に割り当てられた性別と性自認が一致している人のこと

Transfighters Oakland
トランスジェンダーのファイター達

LGBTQ+を特に敵視する寝技のスポーツ界

2014年以降さまざまな格闘技を経験したスカウトによると、ムエタイなどの立ち技よりも、レスリングやブラジリアン柔術などの寝技のスポーツの方がトランス女性を排除する傾向があると気づいた。その理由として、「異性愛の男性同士が体を触ってはいけない」という風潮がアメリカの文化にあるからだそうだ。

「レスリングのような体が密着するスポーツでは、異性愛者の男性はゲイに見られることを恐れて、あえてホモフォビックな態度をとりがちだと思うんです。そのため、ゲイやトランスの人は寝技のジムに行きにくいといいます。

また、選手たちがカミングアウトできる環境ではないので、ロールモデルや味方がいない状況がまたさらに差別を助長しています。実際ブラジリアン柔術の大会では、2023年にトランスジェンダー女性の参加が正式に禁止されました」

こうした状況を受け、シアトルではLGBTQ+の人々に向けてムエタイやブラジリアン柔術を教えるグループ「クィア・ファイト・ナイト・シアトル」(Queer Fight Night Seattle、以下QFNS)がスタート。2024年からは格闘技の試合大会も開催している。

「オリンピックの基準ではトランス女性にも試合に出る権利があるはずですが、ブラジリアン柔術の大会は訴訟を覚悟で参加を禁止しました。その前から、トランスの選手が出場できないように間接的な規則や方法を使っていて、トランスだと分からない選手だけが参戦できる状況だったのです。見つかった場合は、イベントで暴力を振るわれるリスクもありました。

そういった経緯があって、QFNSはトランスの人が安心して参加できる、ジェンダーのカテゴリー分けがない大会を主催することにしたのです。私もそこで競ったことがありますが、楽しいですよ!」

Traction Project
Traction Projectスカウトが制作した、トランス女性のための防御テクニックを伝授するZINE

日本の格闘技から着想を

柔道の創始者である嘉納治五郎は、「柔よく剛を制す」という教えこそ柔道の理想系の一つだと語ったというが、スカウトたちが指導している護身術には日本の武道と共通点があるのだろうか。

「実は、私たちのプログラムで教えている技の多くは、日本の格闘技から来ています。文化や伝統にはあまり詳しくないのでそこは伝授できていませんが、テクニック面ではかなり着想を得ました。世界中の格闘技の多くを試した結果、柔術、柔道、合気道など日本の格闘技の動きが、カリフォルニアのトランス女性に最も適しているという結論に至ったんです(笑)。一つ一つ技を取り入れていったら、気づいたらほぼ日本の技になっていました。

例えば、柔道の『捨身技』は派手過ぎず柔らかい動きで、自分も一緒に倒れるので、はたから過激に見えないのと、相手にけがが少ないのもポイントです。さらに、日本の格闘技以外にも、ブラジリアン柔術のようなゆっくりでソフトな動きも取り入れています」

スカウト
Photo: Melissa Wyman

トランスフォビックな政府でヘイトがさらに浸透

前回インタビューをした、レズビアンとしてカミングアウトしているCSSのルイザ・サア(Luiza Sáは、トランプ政権に対して懸念を示していた。トランスジェンダーのスカウトはどう感じているのだろうか。

「そうですね……(苦笑)。アメリカは一見LGBTQ+フレンドリーな国に見えるかもしれませんが、トランプ政権前から日常生活のあらゆる場面で困難を感じています。ただ、トランプが就任してからは、状況は確実に悪化しています。例えば、トランスの友人のパスポート更新手続きが停滞していて、返却の時期が未定になっています。私のパスポートの期限も迫っていますが、没収されるのではないかと不安で、更新するのが怖いです。これから権利が奪われることを考えると、今までは少しは『トランス・フレンドリー』だったのかもしれませんね。

しかし、それよりも危惧しているのは、トランスの人々に憎悪の目がより一層向かれることです。政府がトランスフォビックな姿勢を露骨に表すと、その考えが社会全体にも浸透してしまいます。

実際、政権変更後、私たちのSNSアカウントへの嫌がらせコメントも急増しているのです。多くのトランスの人がアカウントを閉鎖したり、性別移行に関する情報を削除したりしています。その結果、全体的に無力感を感じていて、自殺について口にする友人も増えましたが、幸いまだ実行に移した人はいません。

これからは、憎悪が政府に助長されて、トランスの人に嫌がらせをしてもいいという風潮がどんどん進んで、社会がますます生きづらくなると感じています。

しかしその一方で、こうした権利の剥奪や攻撃によって、いろんな人から共感や支援をしてもらえるでしょう。アメリカにはそういった傾向もありますから、『全てが真っ暗』だとは言えないかもしれません」

西海岸ではトレーニング後にフォーがおすすめ

最後に、普段よく行くおすすめスポットをスカウトに聞いてみた。

「アメリカはフォーが手頃でおいしいんですよ。ヘルシーですし、トレーニング後によく仲間と食べに行きます。サンフランシスコ郊外のオークランドでは、フォーのお店はどこもおいしいです。オークランドはにぎやかで、創造性豊かなアンダーグラウンドなカルチャーシーンも魅力的ですね。

オレゴン州のポートランドでは、『Short Round』というアジア系のレストランがお気に入り。あと、『Workers Tap & Cafe』はビンテージ調のインテリアと雰囲気がおしゃれなカフェバーです。オーナーがトランスの方で、フレンドリーで居心地がいいですよ」

タイムアウト東京とのインタビュー後、2025年1月20日の就任式での演説で、トランプ大統領は早速トランスジェンダーへの敵意をあおるスピーチを行ったのは記憶に新しい。

スカウトの言葉通り、これからアメリカを含め、世界中でトランスジェンダーの人がさらなるハラスメントや差別を受け、生きづらい社会が広がることが予想できる。今後ますます必要とされるスカウトたちの活動を、引き続き見守っていきたい。

Writer & Translator

カイザー雪(Yuki Keiser)

スイス・ジュネーブ大学文学部卒業後、奨学金プログラムで東京大学大学院に2年間留学。現在は日本・アメリカ・スイスの3拠点で生活し、通訳、執筆、語学教師(日本語・フランス語・ラテン語)をしている。

Pride of the world シリーズをもっと読む……

広告
おすすめ
    関連情報
    関連情報
    広告