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カイザー雪(Yuki Keiser)
スイス・ジュネーブ大学文学部卒業後、奨学金プログラムで東京大学大学院に2年間留学。現在は日本・アメリカ・スイスの3拠点で生活し、通訳、執筆、語学教師(日本語・フランス語・ラテン語)をしている。
タイムアウト東京 > LGBTQ+ > カイザー雪の「Pride of the world #4」
ブラジル・サンパウロの音楽シーンやアートスクールで出会い、2003年に結成されたエレクトロポップ・ロックバンド、CSS(Cansei de Ser Sexy)。パンクロック精神やカラフルで個性的なファッション、遊び心満載なサウンドで瞬く間に人気を集めた。メンバーの4人は結成から20年たった今も、毎日連絡を取り合うほど強い絆で結ばれている。エネルギッシュで観客を魅了する開放的なライブパフォーマンスは、彼女たちの魅力の一つだ。
そんなCSSだが、2011年にメンバーのアドリアーノ・シントラ(Adriano Cintra)が脱退し、2013年から2019年までバンドは活動を休止していた。再始動後は、それぞれアートや映画などのソロ活動を行いながらバンドを継続。2023年には結成20周年を記念したライブツアーを開始し、2025年の1月には12年ぶりとなる日本公演を控えている(※1)。
サンパウロ在住のボーカル・ラヴフォックス(Lovefoxxx)以外、メンバーのルイザ・サア (Luiza Sá)、アナ・レゼンデ(Ana Rezende)、カロリーナ・モライス・パラ(Carolina Moraes Parra)はレズビアンであり、3人とも女性と結婚しロサンゼルスに拠点を置いている。アナの結婚相手は、テレビドラマ『Lの世界』で人気を博したシェーン役の女優ケイト・メーニッヒで、ルイザは2023年に妻との間に子どもを授かっている。
日本・アメリカ・スイスの3拠点で生活し、通訳や執筆などの仕事をしているカイザー雪が、6回にわたって世界のリアルなLGBTQ+事情を伝える「Pride of the world」シリーズ。第4回は、ギターのルイザにインタビューを行い、日本での思い出やブラジルの音楽シーン、さらにアメリカやブラジルのLGBTQ+事情などについて聞いた。
※1 ライブ情報
1月23日(木)大阪・梅田「クラブクアトロ(CLUB QUATTRO)」
1月24日(金):東京「duo MUSIC EXCHANGE」 (完売)
ボーカルのラヴフォックスが日系ブラジル人ということもあり、バンドは大の親日家としても知られる。かつては来日し過ぎて、マネジャーに少し控えるように言われたほどだ。そんな彼女たちにとって、日本のファンは特別な存在だという。
「みんな情熱的でありながら、とても丁寧で礼儀正しいのが印象的でした。例えば『フジロック』でライブをした時。ラヴフォックスが観客に向かって『みんな手をたたいて!』って叫んだんです。すると、全員がぴったり同じリズムで拍手をしてくれて。その熱意と規律正しさの絶妙なバランスに感激しました。
日本の文化は配慮と思いやりにあふれていて、ブラジルは規則を破るような自由奔放な側面があると思うんですけど、その両カルチャーが出合うと、お互いを補うような魔法の化学反応が起こるんです」
CSSの潔さと緊密なチームプレイを象徴するエピソードがある。日本でのライブ後、そのまま韓国のフェスに移動した時のことだ。
「現地に到着したら、なんとバンドの機材がイギリスに送られてしまっていました(笑)。楽器がないのでライブをキャンセルしようかと話していて。でも、マネジャーが現場で演奏者たちに片っ端から声をかけてギターやキーボードを借りてきてくれたんです。
本当に助かりました。でも借りた楽器は当然、私たちが普段使うものとサイズや種類、弦の数などが全然違っていて……(笑)。ライブ中はお互いに目が合うたびに笑いをこらえながら、楽器と悪戦苦闘しながら必死に演奏しました。絶体絶命のピンチでしたが、それが逆に楽しくて、バンドのチームワークと観客の熱気で乗り切れて結果的に心に刻まれる思い出でとなりました」
型にはまらないCSSの音楽スタイルの背景には、ブラジルの幅広い音楽文化がある。「ブラジルは音楽好きな国で、サンパウロのミュージックシーンは本当に多彩で活気にあふれています。エレクトロやヒップホップ、ロックパンクのシーンも世界的規模を誇っているんです」
サンパウロは思春期の頃のCSSにとって巨大な遊び場であり、彼女たちのクリエーティビティを膨らませたという。さらに、ブラジルの伝統の音楽を尊敬しつつも、自分たちのスタイルを切り開きたかったという。
「リオデジャネイロが発祥地のボサノバは、優雅で簡単そうに聞こえるメロディーですが、実は高度な技術が必要で、ミュージシャンたちはいずれも名手です。そんな先輩たちを敬いながら、当時は私たちはどこか反骨精神を持っていて、パンクやちょっとハチャメチャな独自のスタイルを貫きたい部分があったと思います(笑)」
ブラジルに住んでいた頃からルイザはレズビアンであることをオープンにしていたが、積極的に公表はしていなかった。しかしある出来事をきっかけに、性的指向において意識が大きく変わったという。
「2006年、アメリカ・ユタ州でのライブ後、若い男性が『ゲイなの?』と聞いてきたんです。突然の質問に戸惑いつつもうなづいたら、『本当? 僕もそうなんだ!』と大歓迎されて。とても保守的な州なので、批判される覚悟で返事したのですが、その逆でした。LGBTQ+フレンドリーではない地域に住んでいる人や孤独で悩んでいる人たちのためにも、セクシュアリティを公表する意義を感じた瞬間です。それからは、誰にどう思われようと気にせず、自分のアイデンティティーの一部として捉えて、もっと公表するようになりました」
ルイザが妻と交際をスタートしたのは2012年。共通の友達を通じてサンフランシスコで出会い、遠距離恋愛を経て、ルイザがライブ中のステージでプロポーズして結婚に至った。
「2012年11月、バラク・オバマ元大統領が再選したのを機に、私がサンフランシスコに移住しました。そして翌年『DOMA法(※2)』が廃止されたタイミングで結婚を決意。若い頃は、レズビアンが結婚したり家庭を持てるなんて夢にも思っていなかったので、恵まれているこの状況に本当に感謝して、毎日幸せをかみしめています」
※2 DOMA法ーアメリカで結婚を男女間に限定していた法律。2013年に廃止された
2023年、ルイザと妻は晴れて子どもを迎え入れた。
「カリフォルニアは、とてもLGBTQ+フレンドリーだと感じています。例えば私たちが結婚した時、フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)が設計した『マリン群市民センター(Marin County Civic Center)』で結婚許可証を取得しました。
その頃は同性カップルが結婚できるようになったばかりで、書類がまだ異性カップル用のものしかなくて。『夫と妻』と記載されている部分を、従業員が謝りながら『妻と妻』と親切に手書きで直してくれたんです(笑)。今住んでいるロサンゼルスの近所にもいろんな宗教や人種の人たちが暮らしていて、私たちを他の家族と同じように接してくれています。もっと保守的な州だったら、また違ったかもしれません」
しかし、今年の11月にドナルド・トランプ(Donald Trump)が再選したことで、LGBTQ+コミュニティーには不安が広がった。
「私たちの権利は比較的新しいものなので、トランプが再選した直後から、周りのLGBTQ+の人たちに法的な準備をするよう助言しました。特に子どもを育てている同性カップルには、弁護士を雇ったり、子どもを養子にする手続きをしたりするように、と。現在の法律では同性カップルでも結婚していれば問題ありませんが、トランプ陣営の保守的で予測不可能な姿勢を考えると、油断はできないと感じています」
さらに、カリフォルニアでは過去に、LGBTQ+の権利が一度獲得された後に剥奪された事例がある。そのため、ルイザは妻と子どもを迎えるに当たり、アメリカの国籍を取得する決断をした。異性愛者のカップルならグリーンカードで十分なため、LGBTQ+の人たちの地位の脆弱(ぜいじゃく)さがうかがえる。
エイズ対策のモデルケースといわれるほど、ブラジルはエイズ予防啓発活動や治療体制、偏見の解消を目指す情報提供などに1980~90年代から力を入れてきている。さらに同性婚の導入(2013年)、トランスジェンダーの人の手術なしでの法的性別変更(2018年)、LGBTQ+の差別の禁止(2019年)など進歩的な法律も多い。その一方で、トランスジェンダーが殺される数が世界一という悲しい記録も持っている。
「サンパウロではレズビアンとして生きやすかったですね。ナイトライフが活発で、LGBTQ+イベントの選択肢も豊富です。自分が若い頃、セクシュアリティーを問わず、ファッションや音楽、アート関係者でにぎわうレズビアンパーティーに足繫く通っていました。そこは1980年代のニューヨークでキース・へリング(Keith Haring)やグレース・ジョーンズ(Grace Jones)などが通っていたような、クリエーティブな人が集まる刺激的なイベントでした。
ただ、それはサンパウロの場合で、田舎ではLGBTQ+として生きるのはとても厳しい状況です。ブラジルは本当に不思議な国で、一方ではとても保守的なキリスト教の極右やファシストが幅をきかせていて、他方ではトランスジェンダーのスーパースターが国民的にも人気で、世界最大の『ゲイプライド』も開催されている。こうした対照的な面が隣り合わせに共存しているところが、ブラジルの特徴かもしれません」
最後に、ロサンゼルスとブラジルのおすすめスポットやアクティビティーについて聞いた。
「ロサンゼルスでは、イタリアンレストラン『バチェッティ(Bacetti)』が大好きです。ダウンタウンにはよく電車でふらっと行きます。『ロサンゼルス中央図書館(Los Angeles Central Library)』やその周辺の建物の壮大な建築を眺めたり、たくさんレストランがある『グランド セントラル マーケット(Grand Central Market)』で休憩したり、『ウォルト ディズニー コンサートホール(Walt Disney Concert Hall)』でコンサートを聴いたり。想像力をかき立ててくれるエリアです。
サンパウロでは、ユダヤ料理のレストラン『ショシャナ(Shoshana Delishop)』や、『現代アート美術館(Museum of Contemporary Art)』がおすすめです。特に美術館の屋上のレストラン『Vista Restaurante Ibirapuera』は町が一望できて最高ですね。
また、サンパウロとリオの中間にある海岸沿いの小さな町、パラチ(Paraty)もすてきです。ため息の出るようなビーチや滝などの自然に囲まれていて、建物の外観が18世紀からそのまま保たれているので、とても風情ある街並みが楽しめます。アートイベントも多く、アーティストのソフィ・カル(Sophie Calle)に出会えた時には感動しました!」
ウィットに富んだサウンドや熱気あふれるライブが魅力的なバンド・CSSの来日公演は、ファンにとって特別なイベントになること間違いない。この機会をぜひ見逃さないように。
カイザー雪(Yuki Keiser)
スイス・ジュネーブ大学文学部卒業後、奨学金プログラムで東京大学大学院に2年間留学。現在は日本・アメリカ・スイスの3拠点で生活し、通訳、執筆、語学教師(日本語・フランス語・ラテン語)をしている。
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