無意識に視界に入る広告
ー小林さんが、広告におけるジェンダー表現について考察するようになったきっかけは何ですか?
元々は写真、アートに関する展覧会の企画やレクチャー、文筆活動を行っていました。広告を意識的に考えようと思ったのは、世の中が「東京2020オリンピック」に向けて、スポンサー企業のキャンペーンやボランティア募集の広報が本格的に動き始めた2018年。鍛え上げられたアスリートの身体が映し出され、能力が容姿と直接結びついているようなイメージが描写されたり、白人モデルや「イケメン」とされる男性が脱毛を誘導するような男性向けの脱毛広告が増えたり、世間に「マッチョイズム」(男らしさを重んじる思想)とルッキズム(人を外見にもとづいて価値をつける)が結びつき、拡張されていると感じたからです。
表現は違えど、国民に戦意高揚を促すような第二次世界大戦期のプロパガンダと似た印象を抱きました。
「もしかしたら戦前と同じことが起こるかもしれない」と危機感を持ったことがきっかけとなり、広告の写真を撮ってメモを取る『広告観察』を個人的に始めました。広告観察は約5年間続けていますが、東京オリンピックやコロナ禍の世相と連動していたこともあり、記録を通して世の中の変化を感じました。
ー小林さんが専門とするアート作品と広告には、どのような違いがあるのでしょうか?
積極的に見る意思がある人に向けて作られたものが、一般的に「作品」と呼ばれるものです。一方で、広告は見たいと思って見るのではなく、意識しなくても視界に入ってくる膨大なイメージのことを指します。それぞれを見る鑑賞者の態度や受容のされ方が異なるということです。
ー今では至る所で広告を目にしますが、広告の需要は高まっているのでしょうか?
電通の発表 (*1)よると、2022年の総広告費は過去最高の7兆1,021億円でした。7兆円を超えたのは2007年以来です。この15年間、日本の総広告費が急激に下がるタイミングが3段階あり、リーマンショック、東日本大震災、コロナ禍が大きく影響しました。
ーこの15年間で広告業界における構造変化が起きているのですね。現在、総広告費が上昇している背景とは何ですか?
インターネット広告の加速が理由として挙げられます。2007年は4大マスメディア(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ)の影響力がまだ強く、インターネット広告は全体の8.6%(*2)でした。ですが、2019年に発生した新型コロナウイルスの流行により、人々の生活に変化が見られ、2022年にはインターネット広告が全体の43.5%(*2)を占めるようになりました。
みんな同じものを見ていた4大マスメディアの時代から、スマートフォン上の検索結果をもとにユーザー個人のジェンダーや年齢のような属性に合わせて、興味関心のありそうな情報が表示される時代に突入したということです。
*1 2022年 日本の広告費