THE TRIP -Enter The Black Hole-
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インタビュー:ジェフ・ミルズ

テクノの起源と宇宙の神秘に迫るコズミックオペラ

テキスト:
Hanako Suga
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タイムアウト東京 > カルチャー> インタビュー:ジェフ・ミルズ

ジェフ・ミルズ(Jeff Mills)が創り上げる音楽は、テクノやダンスミュージックという枠をはるかに超えている。その一線を画するDJテクニック、哲学的でアーティスティックな世界観――。 

1989年にデトロイトで結成した「アンダーグラウンド・レジスタンス(Underground Resistance)」脱退後も、主宰レーベル「Axis」から数々のアルバムをリリースし、「ハードミニマル」というジャンルを確立しながら、テクノという音楽を独自の世界観とともに牽引(けんいん)してきた。2024年4月1日(月)、ジェフが手がけた舞台芸術作品「THE TRIP -Enter The Black Hole-」(以下、THE TRIP)が、新宿の「ゼロトウキョウ(ZEROTOKYO)」でワールドプレミア開催される。

THE TRIPは2008年にパリで初公開。日本では2016年に映像チーム「COSMIC LAB」の演出による映像作品が上映された。前回からさらに進化した本作品は、宇宙の中のブラックホールの神秘に迫りながら、音楽や映像、歌、ダンスを繰り広げる「コズミックオペラ」だ。

ジェフが総合演出・脚本・音楽・衣装デザイン全ての指揮を取るほか、日本では8年ぶりのTHE TRIPを立案し、本公演の主催でもあるCOSMIC LABがビジュアルシステム構築を担った会場、ゼロトウキョウで、COSMIC LAB主宰・C.O.L.Oのディレクションにより映像やライティング演出を担う。

また、コンテンポラリーダンスの振り付けには世界的評価の高い梅田宏明、舞台衣装は日本のファッションブランド「FACETASM」の落合宏理が担当。ゲストシンガーには、唯一無二の存在で知られる戸川純を迎える。

宇宙は、テクノ黎明(れいめい)期を語る上でも重要な要素であり、ジェフが音楽創作の過程で扱ってきた兼ねてからの題材だ。来日を控えたジェフに作品への意気込みや製作プロセス、彼の持つ宇宙観などについて語ってもらった。

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THE TRIP -Enter The Black Hole-

さまざまなコラボレーションを経て自然な形で進化した「THE TRIP」
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さまざまなコラボレーションを経て自然な形で進化した「THE TRIP」

ー2008年にパリで初公演したTHE TRIPが、どのように進化してきたのか教えてください。

今までいろいろなバリエーションのTHE TRIPをやってきて、さまざまなアーティストに参加してもらいました。毎回スタイルも違って、インスタレーションをしたり、コンテンポラリーアートに近いような形にしたり、時にはライブパフォーマンスも。さまざまなコラボレーションをしていくうちに、自然な形で進化してきました。

ー音楽と映像、ダンスなどを交えた舞台作品を創り出そう思ったのはなぜでしょう?

さまざまなアートを包括的に紹介するこのアイデアは、2024年という今の時代を反映しています。私たちが消費できる情報の量は、かつてないほど多くなっていますよね。だからあれもやってこれもやって、というようなパフォーマンスは、今の時代に合っているんです。

エレクトロニックミュージックがどのように進化してきたかを見てきて、私はこの音楽が単にダンスのためだけではなく、ほかのタイプの音楽の発表の場として十分に成熟していると確信しました。

また、ダンスフロアから離れてしまった世代もいまだにこの音楽を愛していますよね。朝の5時や6時までは踊ることはできなくなってしまった、1980年代の音楽ファンにもアピールできるようなパフォーマンスを創り出したかったんです。

ダンスミュージックを愛するオーディエンスに新しいプラットフォームを
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ダンスミュージックを愛するオーディエンスに新しいプラットフォームを

ー近年、若い人は朝まで踊らなくなっていると思いますか?

そうですね、もちろん、その場でプレイしているDJにもよるかもしれないけど(笑)。全盛期とは時代も違うし、人も違うし、世界も違います。全てが1993年のようになることは期待できない。どのような芸術にも常に変化があるように、私たちも変化しているわけですから。

しかし、そろそろ踊るだけでなく、音楽のほかの使い道を探る時期なのかもしれません。もちろん、ダンスミュージックはエレクトロニックミュージックの根幹だから、それを否定するつもりはないですけどね。

だからこそ、今回のコズミックオペラみたいな企画をして、ずっとダンスミュージックを愛してきたオーディエンスに新しいプラットフォームを提供したいんです。

ーシンガーとして戸川純を迎えますが、コラボレーションに至ったいきさつを教えていただけますか?

ボーカリストを加えるというアイデアは最初からあったわけではないけれど、作品のデザインと構成を煮詰めていく過程で、よりミュージカルのようなもの、どこかで生の人間の声を聴ける作品にした方がいいと思うようになりました。

そこで、宇宙とブラックホールへの旅、そして全ての出来事を経験するというこのアイデアに合った、個性と歴史を持ったボーカリストを見つけようと探し始めたんです。

最初はケイト・ブッシュ(Kate Bush)のようなキャラクターを探していましたが、スタッフの間で、純さんの名前が出てきたんです。彼女の過去や経歴について少し調べてみたところ、本作品にぴったりでした。

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テクノと宇宙を組み合わせることは自然だった
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テクノと宇宙を組み合わせることは自然だった

ー「ブラックホールの中に入っていく」というテーマについて聞かせてください。

今回のTHE TRIPは、ある意味新しい出発なんです。しかしブラックホールのアイデア自体は決して新しいものではありません。1992年にアンダーグラウンド・レジスタンスで制作した「Xシリーズ」というアルバムのプロジェクトがあり、その中のいくつかはブラックホールをテーマにする予定だったんです。だけど、結局それは実現しませんでした。

90年代の初めは宇宙開発が盛んな時代でした。スペースシャトルが頻繁に打ち上げられて、その中でテクノというジャンルが出てきたわけです。それを組み合わせることは自然なことでしたし、多くの人に受け入れられていくとその頃から思っていました。

ー過去には、宇宙飛行士の毛利衛とコラボレーションをしたアルバム「Where Light Ends」も発表しています。日本という場所は、宇宙との関係性を感じる場所なのでしょうか?

西洋から来た人間にとって、日本はいつも別の惑星のように感じるものです。いろいろな実験的なことが歓迎される場所だと思うし、その経験から新しいアイデアを生み出し、それをヨーロッパやアメリカに持ち帰って作品を発表してきました。

毛利氏との仕事は、最初は突拍子もないアイデアでした。宇宙飛行士とコラボできるなんて、思ってもみなかったから(笑)。宇宙飛行士と一緒に仕事をしたことは、私のキャリア全体のハイライトの一つですね。

彼と一緒に仕事をして、宇宙から地球を眺めた感想や、宇宙へ行った時の印象を聞いたんです。彼と話した経験は、その後のさまざまなプロジェクトや仕事に役に立ちました。宇宙科学だったり、サイエンスフィクションだったり、そういった面でも日本はとても特別な場所です。

音楽の中には宇宙旅行がある
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音楽の中には宇宙旅行がある

ーダンスフロアを宇宙として捉えるということは、長いDJキャリアの中で常に意識していましたか?

そうですね。だからクラブの雰囲気は暗く、ストロボのような照明がある。スピーカーには、人々を感動させ、動かすのに十分な迫力が必要です。ダンスフロアは、常にどこかに迷ってしまうような雰囲気がありますよね。まさに「ロスト・イン・スペース」です。

それは、クラブで踊ることによって無の状態になり、そこから自分自身の存在よりも大きなものに気づく、という感覚ですね。古代の人たちが火を囲んで踊るような、リチュアルで儀式的なものとつながります。クラブにはそういった背景が、明らかに存在すると思います。

たくさんの人たちと何かを祝福し、何かを認識するというアイデアは、私たちがいつも実践してきたことです。そういった魅力があるから、ダンスミュージックはずっと続いてきているんじゃないかな。音楽の中には、宇宙旅行があるわけです。

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AIと音楽制作の未来について
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AIと音楽制作の未来について

ーAI(人工知能)がDJをこなせる時代に突入しています。テクノロジーと音楽について、どう考えますか?

興味深い問題ですね。人間は、AIと共存していくことを学ばなければいけないと思います。 個人的には、AIが私に代わってDJすることにそれほど脅威は感じていませんね。私みたいに、スポンテニアスなセットをこなせるとは思いませんから(笑)。

でも、音楽制作という分野は別です。音楽には、成功することでお金を生みやすいジャンルがあります。観客やリスナーが何かを期待するような分野で、AIが音楽を作ってヒット曲になるような脅威はあると思うんです。

しかし自分自身を見つめ直すことで、テクノロジーが簡単には実現できないような、特別な人間らしさのようなものを改めて理解することはできます。AIは数学的なことや、医療などより良い生活のためにも必要なものですが、だからこそ人間にはもっと価値があるということを、私たちが再認識する必要があるんです。

ー戦争や差別、ジェノサイドが起きている時代だからこそ、デトロイトの街が生み出したような新たな音楽ムーブメントは生まれてくると思いますか?

60年代や80年代を振り返ってみても、歴史的にそういった時代はたくさんありました。誰かが不満を抱いていて、その問題を訴えかける方法を必要としているような状況です。音楽はそのための一つの方法でした。だから、世界が直面している多くの問題を、今回も音楽が解決してくれることを願っています。

例えば音楽を通して、今の若い世代が望む世界を楽観的に表現していってくれたらいいですね。音楽の良さとは、人種や性別を超えて、誰でも自由に参加できるものですから。音楽は、人の考え方を変えることができるものだと信じてます。

今、音楽に携わっている人たち、あなたがもしミュージシャンであるなら、一刻も早く今の状況を良くするような何かを生み出していってほしいです。

1990年代の「リキッドルーム」の記憶

ー過去に日本でプレイしたヴェニューで、特に印象に残っている場所はどこでしょう?

1990年代の東京の「リキッドルーム(LIQUIDROOM)」でしょうか。当時はエレクトロニックミュージックにとって、特別な時代だったと思います。毎週世界からいろいろなDJが日本を訪れていた時代で、ダンスミュージックシーンにおいては、日本がヨーロッパやアメリカに最も近づいた時期かもしれないですね。

当時は、世界が少し小さく見えました。知り合った人が友達になり、パーティーでもみんながコミュニケーションをとっていました。その時間は楽しかったし、とても特別なものでしたね。

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観客はブラックホールへの旅の参加者になる
画像提供:THE TRIP -Enter The Black Hole-

観客はブラックホールへの旅の参加者になる

ー今回の来日公演で一番楽しみにしていることは何でしょうか?

今回のTHE TRIPは、世界初公開の作品です。一切の妥協もせず、全力を注ぎ込んだ作品ですが、かといってラスベガスやブロードウェイのショーとも違います。アンダーグラウンドな音楽のプレゼンテーションであるからこそ新しいし、初めてのことなんです。

訪れる人は観客であると同時に、ブラックホールへの旅の参加者になります。一緒に、宇宙へのジャーニーを体感してもらえることを楽しみにしています。

ー最後に、東京でお気に入りのスポットがあれば教えてください。

日本を訪れた時に一番最初に行くのは、やはり渋谷ですね。あとは、代官山もいいところですね。長年日本を訪れているので、お気に入りのショップもあります。その一つが「代官山 蔦屋書店」で、本のセレクションが素晴らしい。アルバムのコンセプトやファッションを参考にしたり、いろいろなことをリサーチしたりするのに毎回必ず行きますね。

 

タイトル:「矛盾 - アートマン・イン・ブラフマン (Radio Edit)」

矛盾 - アートマン・イン・ブラフマン (Radio Edit)

アーティスト:ジェフ・ミルズ、戸川純

リリース日:
2024年3月13日0時(JST)Apple MusicおよびiTunesで先行配信
2024年3月20日0時(JST)そのほかの配信・サブスクリプションサービスで配信
ダウンロード価格:255円(税込)
販売元:AXIS / U/M/A/A

配信、ダウンロード予約はこちら

Contributor

須賀華呼(すが・はなこ)

東京のさまざまなアンダーグラウンドなヴェニューでイベントをオーガナイズし、現在はバルセロナに在住。DJ活動をメインに、翻訳家、フリーライターとして、カルチャー記事を発信中。

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