奥中章人 《INTER-WORLD/SPHERE: The three bodies》 2021
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SDGsとアートの未来とは、南條史生が語る

開幕を迎える北九州未来創造芸術祭、ディレクターにインタビュー

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2021年4月29日(木・祝)〜5月9日(日)、「SDGs」をテーマにした芸術祭『ART for SDGs』が福岡県北九州市で開催。SDGsとは、「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称で、2015年9月に国連で採択された文書『我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ(以下2030アジェンダ)』の中心を成す行動指針だ。貧困や環境問題、ジェンダー平等など、2030年までに達成すべき17のゴール(目標)を掲げている。一見すると、「芸術」とは直接的な関係がなさそうだが、日本の地方都市があえてSDGsを名前に冠する芸術祭を開催する意義とは何なのか。ディレクターを務める南條史生に話を聞いた。 

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森美術館『未来と芸術』展とのつながり

長らく務めた森美術館を2019年に退任した南條が、同館の館長として関わった最後の展覧会が、開催時に『タイムアウト東京』でもインタビューを行った『未来と芸術』展だった。新しいテクノロジーを用いた作品を一挙に集めることで未来のビジョンを提示した同展もまた、そういう意味では地球の未来のあるべき姿を提唱する「2030アジェンダ」とも響き合うものがありそうだ。

「たしかに今回の芸術祭と『未来と芸術』展には通底するものがあります。あの展覧会をやってみて感じたのは、問題が山積みだということ。特にバイオテクノロジーや人工知能(AI)は突出した勢いで進歩を続けているが、それらの扱い方についてルールやモラル、法律が追いついていない。『未来と芸術展』はテクノロジー礼賛に見える可能性もあったが、まったくその逆の危機感のようなものも含んでいました。ポジティブな発想のもと目標を掲げているSDGsは、その裏返しです。これまでに地方芸術祭でSDGsをテーマにしているものはありませんよね。それならば『SDGs推進に向けた世界のモデル都市』である北九州市が名乗りを上げようという感じです」

和田永 《BARCODE-BOARDING》 2021

もともとSDGsは、途上国の開発目標を定めた「MDGs(ミレニアム開発目標)」をその起源の一つに持つ。そこに「持続可能な開発」というコンセプトが埋め込まれる形で生まれたSDGsは、そのため格差解消をはじめとする「経済」の問題と、「社会」や「環境」にまつわる諸問題とが不可分だという考えが前提になっている。これらの問題に対して包括的に取り組まなくてはならないという基本姿勢は、本芸術祭にどのような影響を及ぼしているのか。

「追求していくと矛盾してくるんですよね。この目標とあの目標とを両方とも進めると必ずクラッシュする。そのバランスをどこで取るのかというのが政治の使命。だから芸術祭でそれを表現して解決することはまずできないだろう、と。ただし、少なくともいくつかの重要な課題をここでは示したいと考えました。

例えば、奥中章人さんは「大気」に注目しています。淀川テクニックや和田永さんは廃材を使って作品を制作している。団塚栄喜さんの作品では、人の形になるように植えていますが、おなかの部分は胃薬として使われる草になっているなど、地元の薬草を使用しています。これはSDGsのゴール3、健康の問題に対応しています。そういうように、まずはSDGsを知ってもらうことが大事。国連によって設定されたもので、地球上の人類全員の課題ですからね」

北九州は産業近代化の象徴的な地域

気候変動や海洋汚染などはまさに、分かりやすく全世界的な課題といえるだろう。一方で、これまでに大量の温室効果ガスを排出してきた先進国と、今後の開発を進めたい新興国の対立は、「2030アジェンダ」採択にも大きな障壁となったという。筑豊の炭鉱などを背景にした重工業で日本の産業の近代化を担った北九州は、その意味で象徴的な地域だ。その歴史的文脈について南條はこう語る。

「会場になっている東田地区は、もともと日本初の官営の製鉄所(官営八幡製鐵所)がつくられた地であり、新日本製鐵もそこに存在していた、いわば鉄の生産の中心地。今は『東田ミュージアムパーク』といって博物館などの文化施設が建ち並んでいるんですが、いろいろな痕跡が残っているんですね。典型的なのは『高炉』と呼ばれる溶鉱炉。これは最大の彫刻とでもいうべきもので使わないわけにはいかないと、石井リーサ明理さんの照明が東田第一高炉跡を照らします」

東田地区 全景写真

「また北九州市環境ミュージアムでは、急速な近代産業化による公害をどうやって克服したかについての資料も閲覧できます。これは初め、主婦や母親たちが声を上げたんですよね。鉄で生きている町で暮らし、空を覆う排煙は住民にとって誇りでもあった。おそらく家族が製鉄所に勤めている人がいたでしょう。反対運動には勇気がいったと思います。それでも子どもたちのために声を上げた。そういう流れもあって、北九州市はOECDによるアジアで初めての『SDGs推進に向けた世界のモデル都市』に選ばれている。芸術祭を通して、歴史が色濃く見えてくるものになればと思います」

木下恵介の映画『この天の虹』でも、巨大な製鉄所が吐き出す七色の煙が、未来への期待と不安の入り交じる象徴として描き出されていたことが思い出される。製鉄業と関わりの深い炭鉱の記憶についても、同芸術祭で知ることができる。2019年に公開された映画『作兵衛さんと日本を掘る』でも取り上げられた山本作兵衛の絵画だ。炭鉱員として生きた山本は、60歳半ばを過ぎてから絵筆をとり、次々と姿を消していく炭鉱の記録画を描いた。

「今回、この方だけが物故作家です。炭鉱がたくさんあった地域の文化を伝えるものとして展示することを決めました。このエリアでは有名で、別の博物館にもありますが、今回は北九州市が持っているものを紹介しています。観ているといろんなことを考えさせられます。男性ばかりのイメージがある炭鉱ですが、男性と女性とが一緒に働いていたりして、家族でやっていたのかな、とか。ジェンダーの話にもつながる。さまざまな解釈ができます。アートというのはどっちが良い悪いとかではない、現実とつながった何かを観せるもの。そういう意味で見ごたえのあるものだと思います」

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国立新美術館、森美術館なども女性館長が就任

ジェンダーに関する問題に対応するのがSDGsのゴール5「ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児の能力強化を行う」だ。日本政府の交渉官としてSDGs交渉を担当した南博らによる著書『SDGs――危機の時代の羅針盤』によれば、ゴール5については「すぐに実施しなければならないという意味で」あえて目標年限が設定されていないという。特にジェンダー平等の遅れがたびたび指摘される日本。アート界においてもしばしば話題となるジェンダーバランスについて、南條はどう考えるのか。 

「アート業界は、ある意味ではずっと女性が多い業界でした。ただ少なくとも公立美術館を見た限り、中枢にいるのは男性という状態が長く続いた。しかしここ数年になって突然ひっくり返り、日本にも女性館長が増えました。最もオーセンティックともいえる国立西洋美術館をはじめ、国立新美術館、森美術館なども女性館長です。私などは男女の違いをほとんど意識しないでやってきた世代ですが、キュレーターが女性であればもっと評価される女性作家がいるだろうとは思います。女性のキュレーターなりリーダーなりが増えないと、作品のバランスというのも取れない。その転換が今まさに起こっている。森美術館の展覧会『アナザーエナジー』展もそうですよね」 

何より地元市民が楽しみ、誇れる芸術祭に

ジェンダーについても関連することだが、2030アジェンダでは「誰ひとり取り残さない」という胸を打つフレーズがたびたび繰り返されている。その観点から、北九州市立美術館(本館)で開催される展覧会『多様性への道』と、北九州市環境ミュージアムで展開される市民参加型のプロジェクトにも着目したい。前者では障がい者のアートを専門にする杉本志乃がコ・キュレーターを、後者では北九州市を拠点に活動するアートマネージャーの鄭慶一がディレクションを担当する。

「『多様性』と展覧会名にありますが、もちろん全てを網羅することはできないので、今ある程度まで日本で見えている多様性を見せようと努めました。例えば、身体障がい者の衣服などを専門にする大分のオートクチュール『服は着る薬(鶴丸礼子アトリエ)』。私もショーを観たことがあるんですけど、とても感動的なんですね。ほかにも半分くらいは杉本さんにお願いして、美術館で見るのにふさわしい作品を選んでもらっています。ここは天井も森美術館の2倍の高さがあるので、スケールの大きな作品も用意しています」

北九州市立美術館「多様性への道」 展 会場風景1

「鄭さんは地元でずっと活動されている方です。民間劇場を運営していたりもしたので、市民参加型のプロジェクトを担当してもらっています。コロナでの影響で2週間しか会期がありませんが、その間にパフォーマンスイベントなども開催されるので、地元の方々を巻き込んでいく仕掛けを作っていきたいですね」

スター作家による作品展示ももちろんいいが、地元の市民こそが楽しめ誇れるものとなることを期待したい。なお海外作家が少ないのはコロナの影響とのこと。北九州市が2020〜2021年の『東アジア文化都市』に選ばれていることもあり、中国からジャン・ワン、韓国からチェ・ジョンファとそれぞれ1人ずつが参加している。結果的にローバジェットとなった芸術祭は、開催を続けていきやすいという意味ではサステナブルなのかもしれない。

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SDGsについて先進的な取り組みをする北九州市

「2年おきでも3年おきでも、私は芸術祭を続けるべきだと思います。ただお金の問題は常にあります。私が担当したほかの芸術祭と比べても何分の一かの予算しかない。でも逆に、そんなにすごい大金でなくても続けられる方法を考えられるかもしれないね。お金の問題ではない」

コロナの影響で来場者数を目標にすることをできなくなった同芸術祭は、チケット収入を予算に含むことをやめたという。そのため既存の博物館の展示を除いては、基本的に入場無料でフリーパスチケットなども設定されていない。SDGsをテーマに掲げる芸術祭が北九州で開催されること、それを知ってもらうことが大事だと南條は強調する。 

「多くの人に知ってもらうことが最終的な成果。北九州市がSDGsについて先進的な取り組みをしているモデル都市であることを知ってもらう。それが市民にとっての誇り、シビックプライドにもつながると思います。もし見に来たら、そのときはぜひ周りの博物館も訪れてほしい。そこには北九州の詳細な歴史もあるし、命の大切さを伝えるものもある。新しい挑戦、イノベーションを紹介する展示もある。この芸術祭が、歴史を学びながら未来に向かってどうするかを考える、そういう場になってくれればうれしいです」

南條史生(なんじょう・ふみお)

1949年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部、文学部哲学科美学美術史学専攻卒業。国際交流基金(1978-1986)等を経て2002年より森美術館副館長、2006年11月より現職。過去にヴェニス・ビエンナーレ日本館(1997)及び台北ビエンナーレ(1998)コミッショナー、ターナープライズ審査委員(ロンドン・1998)、横浜トリエンナーレ(2001)、シンガポール・ビエンナーレ(2006、2008)アーティスティックディレクター、茨城県北芸術祭総合ディレクター(2016)、ホノルル・ビエンナーレ キュラトリアルディレクター(2017)等を歴任。慶應義塾大学非常勤講師。近著に『疾走するアジア~現代美術の今を見る~』 (美術年鑑社、2010)、『アートを生きる』(角川書店、2012)がある。

アート情報が気になるなら......

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今年のゴールデンウィークは、5月1日(土)〜5日(水・祝)の5連休。首都圏は『まん延防止等重点措置』の期間に当たるが、美術館やギャラリーは開館中だ。

国内初のマーク・マンダース個展、ジブリで活躍した鈴木敏夫の軌跡、チームラボなどをセレクト。新型コロナウイルス感染症に十分気を付けながら、アート巡りに出掛けてみるのもいいかもしれない。

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  • 公共のアート

無数の美術館やギャラリーが存在し、常に多様な展覧会が開かれている東京。海外の芸術愛好家にとってもアジアトップクラスの目的地だ。しかし、貴重な展示会や美術館は料金がかさんでしまうのも事実。そんなときは、東京の街を散策してみよう。著名な芸術家による傑作が、野外の至る所で鑑賞できる。特におすすめのスポットを紹介していく。

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横浜はアートに関しては長い歴史がある。1859年に横浜が開港したとき、横浜の絵師たちは横浜にやって来た西洋人たちを風変わりな顔とエキゾチックな衣服で描き、錦絵の一ジャンル『横浜絵』を生み出した。最近では、横浜のクリエイティブなシーンはさらに成長を続け、東京と肩を並べるほどになっている。

現在横浜のアーティストやコミュニティーのグループは、大きな美術館にとどまらず、以前にはあまり関心を持たれていなかった地域をクリエーティブなアートの中心地へと変えている。今や横浜の黄金町と日ノ出町は秋にアートフェスティバルの『黄金町バザール』を開催している、見逃せない芸術文化の中心地の一つだ。その中でも、カフェやバーはリラックスした雰囲気を醸し出して、アートの愛好家たちを引きつけてやまない。本記事では横浜のアートシーンとして最適な、いくつかのスポットを紹介していく。

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野外アートミュージアムでの芸術鑑賞は、まるで宝探しのようだ。庭園や森の中を散策しながら自然に溶け込んだアート作品を見つけていくのは、わくわくするし開放感もある。岩場や池の中など広大なスペースに展示された作品は、アーティストたちの創造力をダイナミックに広げ、美術館とは違った楽しみ方を提供してくれる。また公園のような役割もあり、子ども連れにもぴったりだ。

ここでは、アートと四季の移ろいを同時に体感することができる屋外アートミュージアムや、博物館を紹介。足を運んだら時間は気にせず、広々とした敷地内に点在するアート作品を眺めながらのんびりと過ごそう。たくさん歩けるよう、履き慣れた靴で行くといい。

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