『観光の未来像〜体験価値と消費の新たな関係〜』
Photo by Joey Huang on Unsplash
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変わる観光目的、消費型から「小さな物語」に関わっていくスタイルへ

INNOVATIVE CITY FORUM 2021分科会、「観光の未来像」をレポート

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「20年後の私たちはどのように生きるのか?」という問いを持って2013年から始まった「都市とライフスタイルの未来を描く」議論をする国際会議『INNOVATIVE CITY FORUM 2021』が、2021年11月22〜25日に開催。25日はエマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)によるキーノートをはじめ、さまざまなジャンルにおける未来への提言と議論が行われた。ここでは、「今後の観光の在り方」を議論した分科会『観光の未来像〜体験価値と消費の新たな関係〜』について伝えよう。

仮想とリアル、労働と余暇、密集から分散というライフスタイルや産業構造の変容により、これまで体験価値として消費されてきた観光の在り方がどう変わるのか。4人の有識者によるセッションをレポートする。

アーカイブ動画もあるので、ぜひチェックしてみてほしい。

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コロナ禍の人流遮断で変容する観光の目的

初めに「観光の未来」という題目に対して、登壇者それぞれの考えを示すキーワードをパネルに書き、意見を述べた。ファシリテーターは編集者でキュレーターの塚田有那が務め、それぞれの意見の解釈を広げ、深めてくれた。

ハコスコ代表取締役社長兼デジタルハリウッド大学大学院卓越教授である藤井直敬は、「医食住」という造語を提案。藤井は専門領域であるバーチャルで観光体験できる高精細のモデルも製作しているが、逆に「本当に質の高いものを手に入れたり体験したりするためには、その場所に行くことが必須」との結論にたどり着いたそう。

「医食住」、つまり「衣」ではなく「医」としたのも、衣料はもはやアバターなどで置き換えられるため、「湯治」に代表されるように病を観光先で治すという未来を提示した。

立命館アジア太平洋大学(APU)教授、アジア太平洋学部副学部長の久保隆行が紹介したキーワードは「観光は衰退。ツーリズムは発展」だ。観光とツーリズムそれぞれの語源に触れ、ツーリズムの語源であるラテン語の「トレナス」には「ある場所から違う場所へと移動し、また戻ってくる」という本質が隠されていると説明。また「人がリアルに交流している都市は文化水準が高く、経済力が強い」とも述べた。

作家兼画家で、現在クリエーティブマッスルを鍛える『エリー学園』を主宰する大宮エリーは、「New Me」という言葉を提示。「今後、旅先で求めるものは、新しい自分になれるかどうかではないか」というユニークな視点を展開した。

コロナ禍で、人々は自身の半生を振り返り、「本当はどう生きたいのか」を切実に考えるようになっている。「地域や地方が、誰かのNew Meと合致する場所になれば、人を呼べるチャンスになるのではないでしょうか」と述べた。

高次元欲求に応えられるツーリズムの種とは?

世界旅行ツーリズム協議会の報告によると、コロナ以前の2019年、全世界の国内総生産(GDP)に対する旅行、観光産業の寄与額は約10%であり、雇用も10人に1人の割合で生み出していた。また14億5000万人、すなわち世界人口の5分の1が、年に1度は海外旅行をしているというデータもある。パンデミックが収束する近未来、それらの数値は果たして戻るだろうか。

久保は「人口が増え、1人当たりの所得も増えていきます。イノベーションが起きて、海外に行きやすくなり、グローバル化もますます進む。その流れは止められないわけだから、数値は戻るでしょう。それどころか、残りの5分の4の人たちも海外旅行へ行くようになると思います」と意見した。

次に、アメリカの心理学者であるマズローによる「人間の欲求」を観光に照らし合わせる図を紹介。低層から「生理的欲求(ストレス発散、肉体疲労の回復)」「安全の欲求(自己優位性の確保、健康)」「所属と愛情の欲求(家族愛、友情)」「承認の欲求(情報の先取り、同化意識)」「自己実現の欲求(見識の拡大、敬意)」の順だ。

「例えば1回目に京都のような都市を旅した人も、2回目は東北地方などに行き、地域住民と交流したりするでしょう。欲求というのはだんだん高次元化してくるので、ツーリズムとしてはこれからまだまだ発展すると思います」

これに対し、大宮は「ツーリズムを活性化させたいのなら、『ツーリズムではないこと』を考えていかなくてはならないのでは」と述べた。

「今は人の欲求が多元化しているので、低層の欲求(生理的欲求や安全の欲求)でも、求めるものは変わってきているのではないでしょうか。自己実現も画一化していないように思います。私はアートが好きですが、単に美術館へ観に行くのではなく、その場所でスタッフとして関われるのであれば行ってみたいです。

食に興味がある人も、単においしいものを食べるのではなく、その土地で畑を借り、農業従事者に教えを請いながら無農薬で野菜を育ててみたいと思うかもしれません。人とその土地をブリッジする鍵があると、ツーリズムの種が育っていくのかなという気がします」

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「小さな物語」を少しずつ編むということ

ここで塚田が地方の持続的な活性化について提起した。

「一過性的には『Go To トラベル』などのクーポンが機能しますが、永遠に出すわけにもいきませんよね。また各自治体からも、特産品のない地域をどうするかという話をよく耳にします。個人の欲望を接続させるだけではなく、土地の歴史、文化、自然から成る『小さな物語』を少しずつ編んでいけるような施策はないのでしょうか」

大宮は、地方の今後の強みとして、子どもの教育問題への関知や協力体制を挙げ、「みんな、ハートのある場所に集まってくるんです。心の時代に突入しているのではないかと思います」と発言した。

塚田も、クリエーターレジデンスの可能性に触れ、「大宮さんの言う教育や、若い世代が持っている社会問題への意識など、社会的な潜在ニーズを観光とマッチさせると人を呼べるようになるのかもしれません」と述べた。

藤井も続く。「体験はいろいろな形で作れるけれど、一番大きいのは、誰かと一緒に体験して得る『物語の共有』でしょう」。これからの観光またはツーリズムの在り方は、人と人との関係性をいかに作るかに焦点が移っているのかもしれない。

「オンラインが活発化したことにより、関係性の作り方は以前より自由になりました。テクノロジーなども駆使して新しいクリエーティブが生まれるのは、本当にいい時代だなと思います」と、藤井は最後に今感じている新たな萌芽(ほうが)と未来への可能性を示唆し、同セッションは幕を閉じた。

登壇者プロフィール

塚田有那(つかだ・ありな)

編集者/キュレーター

一般社団法人Whole Universe代表理事。編集者、キュレーター。世界のアートサイエンスを伝えるメディア「Bound Baw」編集長。2010年、サイエンスと異分野をつなぐプロジェクト「SYNAPSE」を若手研究者と共に始動。2016年より、JST/RISTEX「人と情報のエコシステム(HITE)」のメディア戦略を担当。2021年、岩手県遠野市の民俗文化を巡るカルチャーツアー『遠野巡灯籠木(トオノメグリトロゲ)』を主催。近著に『RE-END 死から問うテクノロジーと社会』『ART SCIENCE is. アートサイエンスが導く世界の変容』(共にビー・エヌ・エヌ)、共著に『情報環世界 - 身体とAIの間であそぶガイドブック』(NTT出版)、編集書籍に長谷川愛『20XX年の革命家になるには-スペキュラティヴ・デザインの授業』(ビー・エヌ・エヌ)がある。

大宮エリー(おおみや・えりー)

作家/画家

東京大学薬学部卒業。映画、プロモーションビデオ、舞台、ドラマの作・演出、エッセー、作詞、ラジオパーソナリティーと、活動はジャンルレス。主な著書に『生きるコント』(文春文庫)。2012年、体験型の個展『想いを伝えるということ展』を開催。同年、ベネッセ福武總一郎氏のモンブラン国際賞授賞式で、上野で行ったライブペインティング『お祝いの調べ:直島』をきっかけに、本格的に絵画制作を始める。2016年、十和田市現代美術館にて画家として個展。2019年にはミラノ、パリ、香港で個展。2020年に森美術館ADギャラリー、六本木ミッドタウン伊勢丹サローネにて個展を行う。新しい活動としては、震災から構想9年、どんな時代も生き抜くためのクリエーティブマッスルを鍛える学校『エリー学園』を2020年からオンラインで立ち上げ、2021年夏には子どものための言葉とアートの学校『こどもエリー学園』も新たに開校する。

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久保隆行(くぼ・たかゆき)

立命館アジア太平洋大学(APU)教授/アジア太平洋学部副学部長

博士(経済学・中央大学)、修士(建築学・コーネル大学)、一級建築士。明治大学公共政策大学院兼任講師。専門は都市・地域計画、地域政策、地域経済。森ビル株式会社、上海環球金融中心有限公司勤務後、森記念財団都市戦略研究所主任研究員、サムスン物産株式会社都市開発本部部長、福岡アジア都市研究所上席主任研究員を経て、2017年からAPUで教壇に立つ。ツーリズムにかかわる産業イノベーションの促進による九州、大分地域の持続的な発展を目指した研究教育活動に産学官連携を推進しつつ取り組む。NPO法人ハットウ・オンパク理事、NPO法人APUグローバルビジネスネットワーク理事、日本テレワーク学会理事、九州・長崎IR設置運営事業予定者審査委員などを歴任。著書に『都市・地域のグローバル競争戦略』(時事通信社)、共著書に『東京飛ばしの地方創生』(時事通信社)、『インバウンド地方創生』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『東京の未来戦略』(東洋経済新報社)など。

藤井直敬(ふじい・なおたか)

ハコスコ代表取締役社長/デジタルハリウッド大学大学院卓越教授

医学博士、一般社団法人XRコンソーシアム代表理事。東北大学大学院にて医学博士号取得。マサチューセッツ工科大学(MIT)研究員を務めた後、2004年から理化学研究所脳科学総合研究センターにて適応知性研究チームリーダー。2014年ハコスコ創業。2015年にVRコンソーシアム設立、2018年からデジタルハリウッド大学大学院教授、2021年ブレインテック・コンソーシアム設立。

新時代のヒントを得る……

  • Things to do
  • シティライフ

「20年後の私たちはどのように生きるのか?」という問いを持って2013年から開催している「都市とライフスタイルの未来を描く」議論をする国際会議『INNOVATIVE CITY FORUM 2021』が、今年も2021年11月22日(月)〜25日(木)に開催する。

先端技術や都市開発に携わる研究者や実務家のほか、作家、画家、映画監督、ラジオパーソナリティーなどジャンルレスに活躍する大宮エリーや、メディアアーティスト、DJなど多彩な顔を持つRhizomatiksの真鍋大度といったアートやクリエーティブに関わるデザイナー、アーティストなど世界中で活躍している40人が登壇。それぞれが描く未来の可能性を提案、共有し語り合う4日間。

2021年のテーマは「今、考える新しい未来」。キーノートスピーカーにフランスの歴史人口学者であり家族人類学者でもあるエマニュエル・トッドを迎え、パンデミック後の都市や社会のみならず、文化や芸術、観光などといった多様な観点から議論を展開していく。

22日〜24日のオンラインセッションでは、異なる企業や団体とコラボレーションすることで、同イベントだけではカバーできなかったテーマに挑み、参加者が持つさまざまな知見を広げ、かつ深く理解するという2つの要素の共存を目指す。25日には六本木アカデミーヒルズで分科会を開催(招待者限定)。全プログラムは日英同時翻訳され、無料でオンライン視聴ができる。また後日、専用のYouTubeチャンネルでアーカイブ視聴も可能だ。

ここでは、中でもグローバルな視点を持つタイムアウト東京の読者におすすめしたい5つのポイントを重点的に紹介する。

  • Things to do
  • シティライフ

2025年日本国際博覧会(略称:大阪・関西万博)の開催、 2020年代後半に開業を目指す統合型リゾート(IR)の展開に向け、さらなる盛り上がりを見せる大阪。大阪府の観光振興やコンベンション誘致、支援などを行う大阪観光局とタイムアウト東京を運営するORIGINAL Inc.は、2021年11月26日、大阪が世界最高水準の「アジアNo.1の国際観光文化都市」になることを目指し、包括連携協定を締結したことを発表した。

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  • Things to do
  • シティライフ

2021年8月24日、メタ観光推進機構が『すみだメタ観光祭』の企画発表をYouTubeを通して開催した。『すみだメタ観光祭』「メタ観光」の開発と振興を目的に9月〜12月の開催を予定、墨田区や墨田区観光協会、アートプロジェクト『隅田川 森羅万象 墨に夢』(略称『すみゆめ』)と連携しているイベントだ文化庁『ウィズコロナに対応した文化資源の高付加価値化促進事業』に採択された56事業にも含まれている。

  • Things to do

2021年1月に観光を通じて地域の国際化を推進し、地域の 文化と経済を活性化することを目指して設立された一般社団法人 日本地域国際化推進機構(以下、機構)がその設立記念となるオンラインシンポジウムを2021年4月26日に開催した。  

機構では「NEXTOURISM(観光新時代)」と標榜し、次世代の観光をけん引していく取り組みを行っていくという。彼らの目線からは、観光立国である日本の未来がどのように見えているのだろうか。シンポジウムは2部構成で、第1部では、「観光立国ニホンの未来」をテーマに、コロナ禍によってダメージを受けた観光市場の回復について語られた。第2部は、「観光新時代ってどんな時代?」と題し、観光のニューパラダイムについてディスカッションが行われた。

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