観光業の破壊は、平和の破壊に
雑誌『自遊人』を作り始めた頃から、「豊かな暮らしの提案」と「メディアの価値」についてずっと考え続けてきました。雑誌編集、食品販売、宿泊施設の経営は、一見するとつながりがないように思えるかもしれませんが、私たちはこれらをモノの本質を追究し、新しいライフスタイルとして皆さんに提案、提供していく「リアルメディア」として捉えています。
当然ながらこの新型コロナウイルス感染症の影響により、宿泊施設は危機的状況にあります。里山十帖と箱根本箱は、4月末日までは通常通りオープンしており、「チャレンジ非接触」と称して、お客さんに接する機会を減らしながらも満足していただける仕組みを毎日試行錯誤しています。創業31年ですが、スタッフを一度も解雇したことがないのがちょっとした自慢なので、今回も解雇を一切せずに維持継続できる道を懸命に模索中です。
国が観光業や飲食業などに対し、補償が明確ではない中での自粛を申し渡していることには、正直絶望感しかありません。そのようなことをすれば、全産業に影響が出ることは分かっていたはず。実際、わずか1カ月で観光業や飲食業は瀕死の危機に直面しており、ほかの産業も同じ道を進む可能性が出てきています。経済を中心に発展してきた日本が、なぜこれほどまでにその経済を捨て、立ち直れそうもないところにまで突き進んでいくのか。まるでネズミが集団で海へと暴走しているようにしか私には見えません。
もしかするとそれも一つの人間の潜在的な反動なのでしょうか。人口が増え過ぎると世界的に病気が蔓延するなどとよく言いますが、新型コロナウイルス感染症はあくまできっかけに過ぎず、人間自体が大きな「疫病」にかかっているのではなかろうか。そうでないと、この経済無視の行動は説明できないと思うのです。
観光は「平和産業」の代表です。価格帯の高いレストランも同様ですが、世の中が豊かで平和でないと潤わない産業。逆説的に言うなら、これらの経済活動を中止してしまうのは、世の中の豊かさ、平和を破壊することにつながりかねません。
東日本大震災の時も、宿泊施設こそありませんでしたが、食品販売は壊滅的となりました。交通網が途絶え、人々の消費行動が抑えられ、特に生鮮食品は保存がきかないので非常に苦しかった。しかし、いわゆるマーケットは存在したので、「この時期さえ乗り切れば未来は開ける」という希望が持てました。今回は、将来のマーケット自体が消失してしまうという恐怖、平和が失われるという恐怖があります。それは借金以上に苦しいことです。