インタビュー:ネナ・チェリー

時代と対峙し続けるアーティストがSNS時代に発するメッセージとは

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テキスト:Takazumi Hosaka

昨年10月に、フォー・テット(Four Tet)ことキーラン・ヘブデン(Kieran Hebden)をプロデューサーに迎えた最新アルバム『Broken Politics』をリリースしたネナ・チェリー(Neneh Cherry)が、先日の『SUMMER SONIC 2019』、そしてビルボードライブ東京にて久々の来日公演を行った。

1980年代初頭からロンドンのニュー・ウェイヴ/ポストパンク・シーンでの活躍を経てソロに転身。政治と距離の近いスタンスで活動を行いながらも、一方ではポップス畑でも活躍するなど、多様なシーンで時代を駆け抜けてきたレジェンドミュージシャンと言って差し支えない彼女。

今回のインタビューでは、そのタイトル『Broken Politics』(崩壊した政治)の通り、社会的なメッセージを投げかけつつも風通しの良いサウンドを提示した最新作について、そして、現代を生きる一人の人間としての素直な思いをきいた。

サブリミナル的に届ける

―日本は何年ぶりですか。

23年ぶりですね。私のサードアルバム『Man』をリリースしたタイミングで、プロモーションのために来日しました。日本でのライブに至っては1983年以来です。

―あなたの娘、メイベルも9月にプロモーションで来日するそうですね。

はい。前回日本に来た時、彼女はまだ赤ちゃんだったんです。今回は夫と孫も一緒に来ていて、1週間滞在するんです。孫はパブリック・スクールに通っているんですけど、アジア系の学生も多いみたいで、ラーメンを作ったり、日本の漫画を読んだり、日本の文化にすごく興味を持っていて。

日本にいる間にみんなで温泉に行くことになったんですけど、「おばあちゃんはタトゥーがあるから、日本の温泉には入れないよ」って言われて(笑)。彼は日本のことを何でも知っているんです。

―(笑)。では、最新アルバム『Broken Politics』について聞かせてください。リリースされてからさまざまな反響を受けたと思いますが、特に印象に残っている声などはありますか。

『Broken Politics』はキーランと制作した2枚目のアルバムで、彼と最初に話していたのは、「よりソウルフルなアルバムにしよう」ということ。加えて、リスナーに伝えたいメッセージはあるけど、それを直接的ではなくて、サブリミナル的に届ける、ということ。

リリースしてからいろいろな人からの声をもらったけれど、私にとっては「聴いたよ」という一言だけで十分で、それ以上は望みません。

―前作『Blank Project』とは地続きの作品なのでしょうか。それとも全くの別物として捉えているのでしょうか。

私は自分の全ての作品はつながっていると思っています。ただ、前作と今作はかなりサウンド的には異なりますよね。前作の制作時は、母が亡くなったこともあって、自分の人生の中でもとても暗いところにいた時期だったんです。

なので、作品もパンキッシュで攻撃的な内容になりました。陰と陽ではないけれど、今回のアルバムはより明るいところに出てきた、穏やかな作品になったと思います。

冷静になれるような作品に

―キーランとは、The Thing(スウェーデンのジャズトリオ)を介してつながったとお聞きしました。共に制作するようになった経緯を教えてもらえますか。

私は元々キーランの大ファンだったから、『Blank Project』を作る時に連絡してみたんだけど、実はスケジュールの関係で一度断られたんです。でも、その間にThe Thingとのコラボ作品『The Cherry Thing』(2012年発表)を聴いたキーランから「君のやりたいことが分かった」って連絡がきて。それで一緒に制作することになりました。

―今作からは前作よりも外に開けた印象を受けました。これは自身の心境の変化がストレートに表れているのでしょうか。

ここ最近、世界中で緊張感や危機感を感じさせる出来事が起きていますよね。毎日流れてくるすごい量の情報に対して、自分はどうやってクリエーティブに反応していくか、どうやってメッセージを伝えていくか、っていうことを考えたときに、一度瞑想というか、落ち着いて冷静になれるような作品が必要だと思ったんです。

『Broken Politics』はそういう話をキーランとしながら作ったアルバムなので、そのようなイメージを持ってもらえたのはうれしいです。

今回は夫と2人だけでじっくりと作曲の時間が取れたので、すごく強力な14曲ができたと思う。そのデモ音源をキーランに送って、私たちもアメリカへ渡り、ウッドストックにあるスタジオでレコーディングを行いました。

そこは私の父であるドン・チェリーのバンドに所属していたジャズ・ピアニストのKarl Bergerが所有するスタジオなんです。なので、これまでの制作に比べてもいいプロセスを踏めたと思います。

―なるほど。

今回のアルバムは全て生楽器の音で構成されているんだけど、全部の楽器をキーランが演奏してくれました。彼はとても才能あふれる音楽家で、今回のアルバム制作においても本当に驚かされました。

小さいころに聴いていたヒップホップやジャズ、そして私がバンドでやっていたようなパンクとか、これまでに触れてきたいろいろな音楽の要素を、自然な形で取り入れてくれて。まるでアルバムを通して私の人生の旅路のような内容にしてくれたんです。
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スマートフォンも銃も、伝えたいことは同じ

―世界で起きているさまざまな物事に対しての姿勢、そしてメッセージをサブリミナル的に伝える、というコンセプトにとても共感します。特に『Natural Skin Deep』は、MVの視覚的な要素も相まり、強いメッセージ性とともに、ユーモアやアイロニーも感じられます。

ありがとう。あのMVは友人のクラック・スティーブンスと一緒に作ったんだけど、最初は『Shot Gun Shack』のビデオを作ろうとしていたんです。曲名通り、銃問題を取り扱った内容で。でも、ちょっと機会を逃してしまって。そうしたら、スティーブンスが「銃」と「スマートフォン」を入れ替える案を出してくれた。

それによって両方の曲に通じるような作品になったんです。この映像を製作していく中で、銃についても携帯についても、伝えたいメッセージ自体は同じだということに気付かされました。

今、世界中どこに行っても、電車に乗るとほとんどの人がスマートフォンを見ていますよね。自分もよく見ちゃうし、時々罪深く感じるんです。もちろん、そういったテクノロジーのおかげで世界中の人々とつながることができるというのは、素晴らしいことだと思います。

ただ、ここで私たちが直面すべき問題は、SNSなどで発信する内容や、入ってくる情報というのが、ほとんどは自分の人生とは関係のない些細なことだという点。

スマートフォンはそういった2面性のあるテクノロジーだと思うけど、将来的に人間は良い方向で使用していけるようになると思っている。だから、決して絶望しているとかではないんです。だから、あのMVもユニークなポイントなどを入れて、シリアスになり過ぎないようにしました。

―なるほど。アルバム全体のメッセージにも通ずることだと思うのですが、大事なのは「自分たちで考えていくこと」だと。

その通り。若い人たちがこれからの人生で行う選択について、自由であること、そして希望があるということは伝えたいです。歳を重ねると、体力が落ちたり嫌な面もあるけれど、私の場合はすごく自由になれたと思っていて。

若かった時は他人からどう見られるかを気にしていたけど、ファッションや音楽においても今は自分の感覚のみに従っています。そういうことを、若い方に伝えていければいいと思っています。

見向きもしてくれないとしても、声を挙げること

―現在は、世界中の情報にアクセスできる環境がある一方で、各地で起こっている問題に対し、自分一人では有効なアクションを起こせるわけではない。そういう無力感のようなものを感じている若者も多くいると思うのですが、彼らに何か言葉を投げかけるとしたら?

大きな質問ですね(笑)。今、本当に変な時代に生きているという感覚は私もありますし、そういう無力感を感じることもあります。でも、だからこそ、私は音楽を作っているとも言えます。

大事なのは、例え誰も見向きもしてくれないと思っても、何か声を挙げることだと思います。自分を信じて、自分の考えを発信する。もちろん、他人への思いやりも忘れないようにしながら。

つらくなったら、私の場合はほかのアーティストの作品を聴いたりして、いろいろな考えや意見を理解する。あとは、家族と共に過ごしたり、リラックスすることも重要だと思います。

近年、本当にいろいろな問題、出来事がありますよね。「#MeToo」や「Black Lives Matter」で叫ばれているようなハラスメント、差別だけでなく、銃問題や移民問題。香港では今もデモが続いています。

なかには個人レベルではない、もっとヘビーな話しもあるけれど、そういった出来事をネットを介して広めることによって、「こんなことが起こっているのか」とか「自分も無意識で同じようなことをしていた」と気付くこと、そしてそれに対して各々が考えることが大事だと思う。

だから、「どうすればいいか分からない」という人たちへ何か言葉を投げかけるとしたら、「何よりも気付くこと、知ることが大事。そこからみんなで話し合っていきましょう」。もちろん難しいし、そんなに簡単に解決できる問題ばかりではないけれど。

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トランプの当選は考える機会をくれた

―日本では最近、ある出来事をきっかけに表現の自由をめぐって議論が多く行われました。あなたは、これまでアーティストとして自身の表現を抑圧されるような体験をしたり、もしくはそういった空気を感じたことはありましたか。

ありがたいことに、私はこれまでにそういったことを感じたことはないです。いつでも言いたいことを表現してきたつもりです。ただ、これは私の性格的な話も関わってくるのですが、言い方、言葉は常に慎重に選んできたつもりです。もしかしたらそういったことも良い方向に働いているのかもしれませんね。

あとは、政治的なフォーラムには参加しないようにしてきました。そういったものに参加することで、脅迫がきたりすることを知っているので。アーティストだけでなく全ての人は自由に発信し、色々な意見があるということを踏まえて話し合いをするべきだと思います。

例えば、トランプが大統領に選ばれた時、すごくショックを受けたけど、そのことで唯一良かった点として挙げられるのは、「なぜトランプが選ばれたのか」という風に考える機会をもらえたということ。私は当初、最悪の出来事だと思ったけれど、大勢の人の意識を変えられた、話し合うようになったという意味では、ポジティブに捉えることもできます。

―見聞を広め、話し合っていくことが希望へとつながっていくということですね。日本でも、少しずつですが変化の兆しが見えているような気がしています。次にあなたが来日するまでに、タトゥーへの規制も変えていければいいのですが。

それは嬉しい!  次回来日する時は、ぜひその話をしましょう(笑)。伝統は大事だけど、古い習わしには変えていかなければいけないものもありますから。今の若い人はファッションでタトゥーを入れている人も多いですよね。もうタトゥー=ヤクザの時代ではないと思います(笑)。


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