変わらない性教育とSNSの性被害
ー近年の性教育の変化についてどう考えていますか?
この数年で、性教育に関心を持つ人が増えたのではないでしょうか。実際に現場の教員が自発的に性教育を取り入れたり、外部講師に依頼したりするなど、意識は高まっているように感じます。
ー関心が高まっている背景は何でしょう?
主に2つの背景があると考えています。1つ目は、テレビ番組でセクハラと考えられるような演出が減るなど、時代の変化に合わせてリテラシーが高まってきていることが性への関心につながっていると考えています。
もう1つは、「性を学ばないことによる弊害」が表面化していることです。例えば、今や小学生がスマートフォンを持つ時代になっていることから、10代の性被害が年々増加しています。中高校生だけでなく、小学生も被害に遭うケースが実際にあるんですね。
スマホ・ケータイ安全教室はあるものの、年に1度講座を行うだけではカバーし切れないほど、トラブルが多発しているのが現状です。何か性にかかわる問題が起きた時にそれが異常事態だと認識できるよう、子どもたちに正しい知識を教えないことには状況は変わらないので、防犯の面からも性教育のニーズは高まっているように感じます。
ーSNSの性被害とは、具体的にどのようなものがありますか?
SNSを使う年齢層が下がっている傾向にあることから、SNSの運営側が規制をかけるなどの取り組みを行っている一方で、出会い目的のアプリも増えてきています。
例えば、近隣の学生同士が集まれるようなアプリで、そこで中学生になりすましたユーザーが女子学生と仲良くなって、下着の写真や裸の写真を要求したり場合によっては脅迫してくるケースも見られます。
ー性の関心が高まる一方、学校で行われる性教育はそれに追いついているのでしょうか?
小・中の義務教育学校の教科書の内容は、原則4年に1度しか改訂の機会が与えられません。内容を話し合って、反映して改訂して……となると、すごく時間がかかってしまうんですね。
そうした状況の中、2018(平成30)年に東京都教育委員会は「性教育の手引」を14年ぶりに改訂し、都内の全公立学校に配布しました。「性教育の手引」では、学習指導要領に示されていない内容も必要に応じて子どもたちに指導してもいいことが示されていて、現代の課題に合わせた性教育を行えるようになってきました。
道徳や総合など、学習指導要領の制限がない科目で性教育を盛り込めないかと工夫する教員がいる一方で、保護者からバッシングを受けるくらいなら、教科書の範囲を超えてまで指導しなくてもいいと考える教員もまだ少なくありません。
その理由として過去、2003年に「七生養護学校事件」という、知的障害者に向けて行われていた性教育の内容が不適切と非難を受けた事件がありました。
10年以上にわたって裁判が行われ、その後、原告側(学校・教員)の勝訴となりましたが、当時を知る教員の中には、自分の立場が危うくなるリスクを背負ってまで性教育は行いたくないと考える教員や、性教育に抵抗感を感じる大人たちも少なくなく、やはり教科書に載ることの重要性は忘れてはなりません。
ー現状の性教育について気になる点を教えてください。
例えば、義務教育課程(小・中学校)では教科書に避妊についての内容が載っていません。中学3年生の教科書の中で性感染予防のためのアイテムとしてコンドームは出てくるけど、学習指導要領に従って、妊娠の経過は取り扱わないことが決められています(*1)。これが通称「はどめ規定」と呼ばれるもので、避妊は妊娠の経過にかかわることであるため、コンドームは避妊具として紹介できないのです。
子どもたちが避妊具としてのコンドームをどこで学ぶかというと、高校2年生の「家族計画」という章があり、そこで子どもを欲しない時に使用する避妊具の一つとしてコンドームを紹介します。
小中学生には保健以外の特別科目で教えることもできなくはありませんが、教えない学校が罰せられるわけではないため、15歳までに正しく避妊具の存在そのものを学べるかどうかは、指導を積極的に行っている学校に在籍しているかどうかという、運次第になります。
ー避妊具としてのコンドームを紹介しない理由とは?
むやみに小中学生に性行為を助長してしまうという懸念や、性を淫らなものにしたくないと考える大人が多いからではないかと感じます。実際、2022年10月の衆議院文科委員会で文科相は、性教育の「はどめ規定」について「撤廃することは考えていない」と答弁している(*2)ため、しばらくは現行通り、義務教育課程において、妊娠の経過は取り扱わないのでは、と思います。
ーやはり日本の性教育はまだまだ遅れていると再認識しました。
オーストラリアの高校で先生をしている友人がいますが、そこではローションの説明までもするようです。
多様性を大事にするオーストラリアでは同性間のセックスも前提とし、「膣を使うセックスなら膣分泌液が出るけれど、アナルセックスの場合は腸の粘膜しかないので、腸壁を傷つけて出血したり痛みが伴ってしまう可能性がある。だから相手を傷つけないためにローションが必要だ」ということを授業で教員が説明するそうです。
それを性教育の先生ではなく、日本でいう学活や道徳のように担任の先生が教えていることにも驚きました。全ての教員にそれだけの知識があるということですよね。
ー日本ではローションについては扱われないですよね。
日本だとローションや潤滑ゼリーは、アダルトグッズと見なされるので、教育の中で扱うことはほぼありません。ですが、いろんなセックスのあり方を学校で教えることは、相手を大事にする教育につながると思うんですよね。
自分も相手を大事にするためのスキルは、子供たちを性の被害者にも加害者にも傍観者にもさせないために必要な学びだと思います。日本も論争するのではなく、そうした観点から逆算して今の教育に何が必要かを考え直す必要があると感じます。