藤井道人/Photo:Kisa Toyoshima
藤井道人/Photo:Kisa Toyoshima
藤井道人/Photo:Kisa Toyoshima

躍進する映画監督、藤井道人はコロナ禍にどう挑む

最新作『宇宙でいちばんあかるい屋根』が公開

Mari Hiratsuka
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タイムアウト東京 > 映画 > インタビュー:藤井道人

テキスト:高木望
写真:Kisa Toyoshima

突如我々の生活を襲ったパンデミックは、日本のみならず、世界中のあらゆる景色を変えてしまった。それは映像業界もしかり。人混みを映すシーンや、人物同士が密接する表現など、今まで「当たり前」だったシーンを表現することに、制約が生まれてしまった。

2019年に映画『新聞記者』で第43回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞し、最新作『宇宙でいちばんあかるい屋根』の公開を9月4日に控えるのは、映画監督、脚本家の藤井道人。コンスタントにあらゆるジャンルの作品を生み出し続ける彼は、コロナ禍をどうとらえ、今後どのように挑んでいくのだろうか。藤井作品の「今まで」と「これから」について、話を聞いた。

コロナに左右されるような監督にはなりたくない

―藤井さんは自粛期間中、どう過ごされていましたか? 来年公開予定の映画など、お仕事に大きな影響が出たのでは。

まさに、来年末に公開予定である作品の撮影が延期になりましたね。でも、仕事を全てストップさせるわけにもいかず。銀行から融資を受けながら、ミュージックビデオや広告案件を積極的に進めていました。

―撮影の再開のめどはいつ頃を予定されているのでしょう?

可能なら、今年の9月中に。でも再開するにしても難しいですよね。街の風景を撮りたくても、道行く人がマスクを着けている。舞台設定がコロナ以前の時代であったとしても、 「現在」を示す要素が映り込んでしまいます。

―確かに、街並みはここ数カ月で一気に変わりましたね。

ただ、コロナに左右されるような監督にはなりたくないので、状況に応じながら、その時の自分にしかできない演出や工夫を楽しむつもりでいます。「コロナがどう来ようが俺たちには関係ない」っていう気持ちは常にありますね。

地に足が着いた作品を目指した

―まもなく『宇宙でいちばんあかるい屋根』が公開されますが、この作品は2016年に企画が動き出したと伺っています。新たに「自分なりの演出」として藤井さんが挑戦したことはありましたか?

暗いところから明るいものを見つけ出す作品ではなく、明るいところから暗いところを照らすような作品にしようと思いました。自分の内側から出てくるような「社会に対する負の感情」は、20代で撮影した『青の帰り道』や『デイアンドナイト』で描ききったんです。野中ともそさんの原作を、プロデューサーの前田浩子さんに紹介されたのですが、自分から出てこない感情が詰まっているように感じました。

―今までの藤井さんの作品と比べ、シーンの描写に柔らかさを感じました。ちなみに舞台設定は2005年とされていますが、昨年のクランクイン直前に変えたのだとか。

そうなんです。最初はちょっとだけ近未来の話にしようとしていたんです。ただ、未来を語るにはあまりにも無知だったことに気づいて。 自分の足を地に着けた作品にすべく、実際に自分が中学生だった頃をスタート地点に据えました。当時、窓際にいた女の子がどういうことを考えていたんだろう、ということを意識するようにしたんです。

―では、必ずしも主人公のつばめの目線に立って脚本を書いたわけではないのですね。

むしろ、今回は登場する人物全員の目線から脚本を紡いでいったと思います。特に主人公つばめの元カレである笹川マコトくんや、吉岡秀隆さんが演じたお父さんなど、男性のキャラクターに感情移入することが多かったです。つばめ役の清原果耶ちゃんからは、「藤井さんは星ばあ(※1)みたい」と言われましたが(笑)。

※1 星ばあ:桃井かおり演じる作中の登場人物。主人公つばめの前に突如現れた謎の老婆。

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「今しか撮れない」と断言できる作品を作ること

―では、藤井さんがそうやって「地に足の着いた時代設定」にしようと決めたのはなぜだったのでしょう?

昨年公開した『新聞記者』の制作で、大人の社会に溶け込むことの重荷を感じたことがきっかけになっているかなと。人を攻撃したくなる感情を持った時に「昔はこんなにたくさんの人に支えられてきたんだ」と、ふと思い出せるような作品になればいいと思いました。

―それこそ『新聞記者』では、政治や、新聞という媒体にまつわる勉強を行っていたと伺いました。そのリサーチが、現在の藤井さんの考え方につながっている、ということでしょうか? 

そうですね。日本という国や社会を、まずは今の僕なりの目線で描かないと、未来の話は語れないことに気づきました。『新聞記者』での気づきがあったからこそ、『宇宙でいちばんあかるい屋根』だけではなく、来年公開の『ヤクザと家族 The Family』も、今しか撮れないと断言できる作品に仕上がっています。

―そういった今までの経験を踏まえ、『ヤクザと家族』でチャレンジしたことはありましたか?

『ヤクザと家族』はコロナがまん延する前に撮りおろしているのですが、現場での撮影方法を変えました。ワンシーンを撮り終えたら、出演者やスタッフ全員でチェックをするようにしたんです。日本では「俳優はモニターを見ない」という暗黙のルールがありましたが、韓国の撮影現場ではむしろ全員でチェックしていると聞いて。純粋に「みんなで一つのモノを作っている」という感覚を共有できるようにしました。

藤井自身のオリジナル脚本作品 ©2021『ヤクザと家族 The Family』製作委員会

―制作現場でもそういった試行錯誤をされているんですね。そうなると、さらにその次の作品でも何かしらの実験が生まれそうです。

次の作品では、なるべく本番を1回しか撮らないようにしたいですね。『宇宙でいちばんあかるい屋根』は昨年8月末にクランクアップしたのですが、「なぜ今、この作品を撮るのか」を考えながら現場に立っていました。『映画はこういうもんだ』と定義せず、今しかできない未熟な自分の演出と、現場の空気を楽しもうと思っています。

コロナによって変化した世界を観ても、誰が楽しいの

―藤井さんは今までも様々な題材に挑戦されてきましたが、コロナ禍はご自身の制作活動に、今後どう影響を与えていくと思いますか?

今までとはテーマの選び方が変わっていくと思います。僕がアフターコロナに向けて考えていたことも、この数カ月でどんどん変化していきました。ちょっと前にインタビューで話していたことでも、日が経つにつれどんどん考えがアップデートされていきます。

―その中で、変わっていない考えはありますか?

世の中が大変な状況になっていくのを見て「コロナ禍によって変化した世界を描いて、誰が楽しいの」とはずっと考えていました。その意識をベースに、脚本の先生である青木研次さんに言われていた『市井の人々をちゃんと描く』ことは、ジャンル問わずこれからも続けていくと思います。

―そうやって核となる意志を持ちながら、今の自分にできる表現を臨機応変に探っていく。そこに、藤井さんが作品を生み出し続ける機動力を感じました。

常に「評価をされないと次がない」ということを自覚しながら、真剣に遊ばせてもらっていたことも関係していると思います。ありがたいことに、さまざまなジャンルで映画化の相談をいただいています。いつか枯れるかもしれないし、社会が僕に興味を持たなくなるかもしれない。だからこそ今、僕に求められていることを続けていこうと思います。誠実に監督業に向き合いたいですし、自分の視野を還元できるような映画人になりたいです。

監督:藤井道人

東京都出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。 大学卒業後、2010年に映像集団「BABEL LABEL」を設立。伊坂幸太郎原作『オー!ファーザー』(2014年)でデビュー。 以降『青の帰り道』(18年)、『デイアンドナイト』(19年)など精力的に作品を発表。 2019年に公開された『新聞記者』は日本アカデミー賞で最優秀賞3部門含む、6部門受賞をはじめ、映画賞を多数受賞。 新作映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』(2020年9月4日公開)、『ヤクザと家族 The Family』(2021年公開予定)が控える。

『宇宙でいちばんあかるい屋根』

人気小説を映画化し、清原果耶が映画初主演を果たした懐かしくて愛おしい、大切な心を探す奇跡と愛の物語。9月4日(金)全国公開。配給: KADOKAWA

公式サイト

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