布袋劇
Photo: Yui
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新宿の本格台湾料理店で激レアな伝統的人形劇「布袋劇」を賞味する

日本唯一の専門劇団による軽妙洒脱な演目に釘付け

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東新宿は、近くにある歌舞伎町ゆかりの台湾人が多く暮らしてきたエリアである。2022年2月、そこに本場濃度の高い台湾屋台料理の店、台湾小館が登場。すでに東京で暮らす台湾人の間で話題になっている。

明治通り沿いの真新しい3階建ての建物に掲げられた、東洋趣味のノスタルジックな大看板が目印。「民以食為天(人にとって食が何よりも尊い)」「吃飯我最大(メシ時はオレ様がナンバーワン)」といった意味合いの大仰な標語が、ユーモラスに添えられているあたりからムード満点だ。

メニューは、台湾に数度足を運んで屋台料理を満喫し、より現地度の高い美味に箸を伸ばしたくなってきた向きにはたまらぬ品ぞろえ。観光客定番の小籠包からディープな黑白切まで食べられるのだから驚く。さらにこの店では「布袋劇」の定期開催まで始めている。

ここでは、実際にどんな劇が楽しめるのか、その魅力とは一体何なのかを紹介しよう。

のんびり観賞する庶民の楽しみ

布袋劇とは何か? 中国語で「プウタイシー」あるいは台湾語(台湾固有の中国語)で「ボォディヒィ」と呼ばれる伝統的指人形劇のこと。中国大陸から台湾に渡り、独自に発展した。

子ども時代からこれを観て育った台湾人の友人によると、祭り時に廟(びょう)の前や敷地内で開かれる見せ物だという。彩樓(ツァイロウ)という極彩色に飾られた専用舞台で、派手な音楽とせりふを付けてにぎやかに演じられる。神への奉納芸ではあるものの堅苦しさはない。かつての日本の紙芝居に近い、子どもや年寄りが集まってのんびり観賞する庶民の楽しみである。

1970年代以降は「霹靂布袋劇(ピーリープウタイシー)」と呼ばれるテレビ布袋劇が台頭。洋風イケメンの人形たちが、特撮技術を加えた舞台で所狭しと活躍する日本のアニメやゲームの人形劇版といった趣向が、若い世代の心をつかみ一大ブームを興す。今や霹靂布袋劇の専門チャンネルもあるほどで、テレビや映画で根強い人気を保っている。

その一方で古典的な布袋劇は人気が衰え、台北に劇団がいくつか残るのみ。公演もめったにない。台湾小館で演じられるのは、古典的布袋劇である。

2、3階が店舗になっている店の急な階段を上り、3階の広間へ。穏やかに待ち受けているのは、日本無二の布袋劇人形劇団「著微(チョビ)」のチャンチンホイ。人形を操り、舞台の表と裏全てをこなす唯一の劇団員にして団長である。

人形が乗り移ったような目鼻立ちすっきりの福々しい風貌がチャーミング。同行した台湾人フォトグラファーが「三太子(よく愛嬌ある姿で描かれる台湾の神様)そっくり」とくすりと笑う。意識なさっているのですかと尋ねると、「いえいえ、そんな恐れ多い!」と完璧な日本語で返ってきた。それもそのはず、彼は生粋の日本人である。

中学時代、森繁久弥ら芸達者な面々が中国人を怪演した邦画『喜劇 駅前飯店』に魅入られ、芸の道を志したというチャンは、社会人になって北京で京劇を本格的に学び、その後台湾の布袋戯に出合った。

上演に際して等身大の舞台と人手を要する京劇に比べ、一人だけで演じられる布袋戯のフットワークの軽さと柔軟性に引かれたという。台北に渡り名門、「弘宛然古典布袋戯団」の門戸をたたく。本格的に芸を磨き、2009年に劇団を旗揚げした。横浜中華街の中国茶店、悟空茶荘で定期的に上演してきたが(継続中)、縁あって今回の東京進出となった。

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芝居の始まる前の舞台中央に、「紅盒子(ホンヘイズ)」と呼ばれる小さな赤い木箱がうやうやしく置かれている。 戯劇の神、田都元師(ティェンドウユェンシー)を納めた箱だ。チャンは上演前に舞台の無事を田都元師に必ず祈る。師匠ゆかりの品であり、それ自体がチャンの布袋戯へかける真摯(しんし)な姿勢を物語っている。師匠は吳榮昌(ウーローチャン)、布袋戯の人間国宝である陳錫煌(チェンシーホァン)の一番弟子である。

舞台にも掲げられている劇団名「著微」は、師匠の命名。指人形は「微」=ささいなものだけど、「著」=著名なものに育ててくれよという願いが込められている。

チャンの目下の目標も、日本ではほとんど知られていない伝統的布袋劇の魅力を伝え広めることにある。まずは裾野を広げるべく、今回の上演もビギナー向けのプログラムだ。

台湾ムードを盛り立てる料理と軽妙洒脱な劇のセット

開場は14時。食事付き。席に座ると台湾小館特製の小吃(シャオチー)=軽食のセットが卓上に供される。内訳は「小籠包、エビ蒸し餃子、シュウマイを詰めた合わせた蒸籠」「割包(蒸しパンに挟んだ豚バラ煮込み)」「麺線(台湾風そうめんのもつ煮込み)」「豆花(豆乳プリン)」「台湾製缶ジュース各種」だ。

台湾小吃の入門といった取り合わせで、どれも日本人の口になじみやすい。取材時は麺線の代わりに米粉湯(太麺ビーフンのスープ)が供された。ディープな品がなにげなく紛れ込むあたりが本格台湾料理店である。

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食事をしながら、観客はチャンが語る布袋劇についての説明に耳を傾ける。会場に設けた舞台(彩樓)は、スペースに合わせた簡易版だという。本来は頂上を飾る頂棚(屋根)も、引っかかってしまうのでナシ。臨機応変も芸のうちである。

舞台正面には幕で覆った戸口が3つ。演者は舞台の裏側に身を潜め、戸口から人形を出し入れさせて操る。人形は高さ28センチほど。優雅な顔つきの頭部と手の部分が木製、体部分が袋状の布製で「布袋劇」という名称はこれに由来する。

操るには布製の体の裾から片手をさし入れ、人差し指の先に頭部を固定する。残りの指と空いている手を使い、人形の手足を操作する。背筋となる人差し指は特に重要で、ぴんと伸ばし続けていなくてはならない。同時に2体を操ることも多い。自然に動かせるようになるまで、かなりの修練を要するのは言うまでもないだろう。

演目は、中国文化圏ではよく知られている伝統的な時代劇もの。日本で有名な三国志や西遊記なども含まれる。現地デビューも西遊記の沙悟浄だったというチャンは、今回はそういった物語から曲芸シーンを数カ所かいつまんで「雑伎団」の見立てで上演する。 

分かりやすくかみ砕いた説明に耳を傾けつつ、胃袋と気持ちが落ち着いたところでお待ちかねの布袋劇が始まった。

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台湾文化を間近で知る絶好の距離感

チャンが舞台裏手に身を潜めると、場の空気が引き締まり、中国らしいにぎやかな伴奏がスピーカーから鳴り響く。舞台上手の戸口に進行役の人形がひょっこり姿を現し、口上を述べ始めた。

本来の布袋劇は台湾語で演じられ、日本人が理解するにはかなりハードルが高い。チャンは、師匠の「おまえのものを作れ」という教えに従い、本場の雰囲気を残しつつ日本語で舞台を進めていく。日本人にとってここまで分かりやすい形で布袋劇を観賞できる機会は、まずないだろう。

進行役の演目紹介を挟んで、曲芸が次々と演じられていく。招福の意味を込台湾式しし舞→頭にひょいと壺(つぼ)を乗せてみせるひょうきんな壺芸→椅子を使ったスラップスティックなアクロバット芸→人形が棒の先に突き上げた大皿を実際に回してみせる皿回し→最後は、人形2体によるカンフーの立ち回りである。

いずれも巧妙かつダイナミックな人形の動きが新鮮で、見入ってしまう。伝統芸としての歴史の積み重ねが、指人形の素朴なイメージからかけ離れた緻密な芝居を生み出している。

チャンチンホイ流の布袋劇は、基本を守りつつ、人形がしゃべる時の口ぶりはエセ中国人風で、伴奏にエキゾチックサウンドの一人者、マーティン・デニーの曲を挟んでみたりと軽妙洒脱である。芝居は全部で約20分。布袋劇の観賞入門としては適度な長さかもしれない。

現地で人気の霹靂布袋劇は、特撮技術を要するためテレビ画面や映画を通してでなければ堪能できない。一方、伝統的な布袋劇は芝居とじかに触れ合うことができる。台湾の文化を知るという意味ではこの距離感は得がたい。

布袋劇に興味を持ったら映画『台湾、街かどの人形劇』をぜひ観てほしい。10年にわたる取材を通して、チャンが師事した吳榮昌の師匠である陳錫煌を追ったドキュメンタリーで、伝統布袋劇の美しさ、芸の伝承、背を向けていく時代との葛藤を丁寧に描き出した傑作。併せて観れば布袋劇の奥深さと魅力をより堪能できるだろう。

台湾小館の『B級グルメ満喫&布袋戯人形劇観賞』の参加費は2,999円。事前に特設ウェブサイトで予約する必要があるので注意してほしい。次回開催は、2022年4月22日(金)、23日(土)。その後、定期的に金曜と土曜日に実施される予定だ。新宿で台湾旅行気分を体験してみては。

もっと台湾をハマりたいなら……

「ご飯食べた?」を意味する「呷飽没?」があいさつになってしまうほどおいしいものであふれる台湾。気軽に旅ができない今、台湾ロスに陥っている人も多いだろう。

そんな人の願いをかなえるべく、ここでは「東京の台湾」をピックアップ。本場の味が楽しめる店はもちろんのこと、現地感のある内装でプチ旅行気分に浸れる一軒や話題の新店、隠れた名店などをタイムアウト東京の台湾出身スタッフ、ヘスター・リンとともにセレクトした。台湾の豆知識も時々交えたヘスターのコメントとともに紹介するので、台湾の情報収集としてもぜひ活用してほしい。

  • 台湾料理

「2021年は台湾グルメの時代」といわれる今、都内には次々と台湾グルメ専門店がオープンしている。「魯肉飯(ルーローハン)」やチャーシューメロンパンの「菠蘿油(ボーローヨー)」、巨大な唐揚げ「鶏排(ジーパイ)」といった屋台飯だけではなく、台湾人にとってなじみ深いスイーツの流行も止まらない。

ここでは、人気真っただ中の「台湾カステラ」、日本ではめったに出合えないサツマイモでできた「地瓜球」(ディーグゥアーチョウ)、健康食品として現地で日常的に食べられている「仙草ゼリー」など、おすすめの台湾スイーツ店を紹介する。まだ味わったことがないものがあれば、この機会に挑戦してほしい。

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  • アート
台湾、アートスポット10選
台湾、アートスポット10選

アジア圏の旅行先として人気の台湾。2002年に台湾政府が掲げた「文化創意産業(文創)」政策以降、文化と創造性を結びつけた教育が進み、近年そのアートシーンには注目が集まっている。無料で解放されている美術館には小さな子ども連れも訪れやすく、幼い頃からアートに親しみやすい環境となっているよう。日本人にとってなじみの薄い現代アートも、身近な文化としての発展が目覚ましく、ファンにはぜひ訪れてみてほしい国だ。

2020年には第12回台北ビエンナーレが開催されることから、今後ますます台湾のアートシーンに期待が高まる。ここでは台中にオープンした建築の美しいオペラハウスや、アーティストが集う市場、台北では若者に人気のカルチャーストリートやアートブックを扱う店などを紹介。市場のグルメやマッサージなど、定番人気の楽しみ方以外にも訪れてみてほしいスポットを挙げる。

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