リト@葉っぱ切り絵
リト@葉っぱ切り絵
リト@葉っぱ切り絵

インタビュー:リト@葉っぱ切り絵

海外からも注目、葉っぱ切り絵を発信し続ける理由

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テキスト:高木望
写真:豊嶋希沙

たった1枚の葉っぱに描かれる小さな世界。「葉っぱ切り絵」をSNSに投稿するリト@葉っぱ切り絵(以下リト)の作品は、老若男女問わずあらゆる人々に愛されている。彼が日々欠かさず作品を投稿し続ける背景には、ファンとのコミュニケーション、そして彼自身のバックボーンが深く関係していた。

葉っぱ切り絵は「今すぐ作品を出す」ための最短ルートだった

リトがSNSに葉っぱ切り絵を投稿するようになったのは2020年のこと。葉っぱ切り絵をTwitterとInstagramにほぼ毎日欠かさず投稿する。動物たちのハートフルな日常風景や物語の一場面が、1枚の葉のなかに凝縮された「小さな世界」。ノスタルジックなかわいらしさから、老若男女問わず、着実にファンを増やし続けている。今では海外のネットメディアからも注目されるほどの人気ぶりだ。

しかし、彼はもともと美術を学んでいたわけでも、アート系の職業に就いていたわけでもない。また「アーティストになりたかったから」とその道を選んだわけでもなかった。集中力とこだわりの強さを生かせる活動を探した結果、葉っぱ切り絵作家としての活動がスタートした、と彼は述べる。

「会社員をしていた2018年、ADHD(注意欠陥、多動性症候群)と診断されたんです。ADHDは、不注意や落ちつきのなさが、生活や仕事に悪影響を及ぼしてしまう発達障がいの一種。会社でも周りが見えなくなるほど没頭してしまうことがあり、上司に怒られる日々が続いていました。

作品を投稿しているTwitterアカウントも、もともとは自身の障害を発信するために開設されたもの。自分の障がいについて記録、発信したい気持ちがあって、日々の悩みや出来事を1日に最低1件ずつ投稿していました。

ただ会社を辞めてからADHDについてより深く勉強するうちに『ADHD特有の集中力で何かを作れば、アートが生み出せるのでは』と思うようになったんです。そこでADHDを発信するためのアカウントから、実験的にアート作品を投稿するようになりました」

最初はスクラッチアートやボールペン画など「とにかく手の細かさが伝わりやすく、集中力を生かせそうな手法」に挑戦していった。しかしどれだけ良い作品を出しても反応は一過性のものに過ぎず、大きく注目もされないまま、貯金も徐々に少なくなっていった。焦りながら発信を続ける日々の中、たどり着いた先にあったのが葉っぱ切り絵だった。

「絵を勉強する時間もなければ、色彩についての知見もない。下手くそな自分でもすぐに描けるのが動物であり、色のセンスが乏しくても美しい作品を生み出せるのが葉っぱ切り絵でした。『今すぐにでも作品を表に出したい』という衝動に応えるための最短ルートだったんだと思います」

受け取り手が解釈できる「余白」こそが作品の魅力

彼は1日1作品、ほぼ毎日欠かさず作品をSNSに投稿する。何作かを1日にまとめて作ることは決してしない。「切羽詰まった状況」をあえて自分から生み出すことで、継続性を高めているという。

まず、紙にペンで「その日に描く主役」をざっと描き、引かれるキャラクターが誕生したら、その周囲にどういったキャラクターを配置するかを考える。大枠の世界観が固まってきたら、いよいよ作業に移る。公園から探してきた広葉樹の葉のストックから、描きたい風景を再現するのに適した葉を選び、下絵を描き込む。個性的な葉を見つけた時には、葉の色や形からストーリーを生み出すこともあるという。

葉っぱをカットする作業時間はおよそ2時間。時間をかけすぎると、葉っぱがしおれてしまうのだ。そして日が暮れる前に撮影を終え、投稿する。制作に向き合うと、1日が一瞬で終わってしまう。 

「明日どういった作品が生まれるかも全く予想がつかないので、正直不安です。われながら『なんでこんな大変なことを毎日やってるんだろう……』とも思います。でも、自分でやりたくて葉っぱ切り絵を作っているし、何より自分の投稿を楽しみにしている人がいる。休むと、ファンでいてくれている人たちの顔がどうしても浮かんできちゃうんですよね(笑)」

彼がファンとのコミュニケーションを心待ちにするのには理由がある。作品を見たファンからのコメントが、ストーリーに新たな解釈を生み出すことがあるからだ。

先日2021年5月に刊行された初の作品集『葉っぱ切り絵コレクション いつでも君のそばにいる 小さなちいさな優しい世界』(講談社)では、今までSNSに投稿していた作品に、リト自身が考えたショートストーリーが添えられている。その中にはファンからのコメントをもとに生み出された物語もあるという。

「僕の投稿のコメントには、『かわいい!』という感想だけではなく、懐かしさや共感、『こういうストーリーが浮かんだ』という解釈が付くこともあるんです。動物同士がどういう会話をしているのか、またどういう関係性なのかが人によってバラバラで、僕自身も発見があります。こちらが一方的に発信しているのではなく、受け手側とキャッチボールをしている感覚があって楽しいです。

実は今回の作品集の中には、投稿時にタイトルしか決めていなかった作品もあったんです。出版するに当たり、投稿に付いたコメントを読み返しながら『この解釈が面白い』と思ったものを、ストーリーとして採用している作品もあります」 

最近では受け取り手のことを考えながら、子育て中の親からお年寄り、若年層など幅広いターゲットを意識しながらアイデアを練るようになったというリト。受け取り手が自発的にストーリーを考えられるような「余白」こそが、自身の葉っぱ切り絵作品の魅力なのでは、と捉える。

「切り絵という手法自体、線がシンプルなので想像の余白が多いですよね。特にキャラクターの表情に関しては、僕は目の穴を2つ開けているだけにとどめることが多く、受け手の想像力に委ねているところがあります。

一方で気を付けているのは『シチュエーションを説明し過ぎないこと』と『解釈を否定しないこと』。タイトルも場面を限定しないような言葉を選んでいますし、性別もなるべく限定しないような描写を意識しています。『この2匹は友達同士だ』『恋人同士だ』という解釈が生まれたとしても、どちらも受け止めますしね。

例えば大きい動物と小さい動物を描いたとして、それを「家族」と断定してしまうようなタイトルや描き方をすると、両親のいない人にとっては共感ができないじゃないですか。だから『なんとなくそうなんだろうな』と察してもらう程度にとどめることが多いです。それが、ファンの方が想像力を膨らませるきっかけになっているのかもしれません」

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頑張りが伝わらないことがすごく悔しかった

葉っぱ切り絵を始めてからおよそ1年半が経過した。作品集を刊行した現在、彼は次のステップをどのように考えているのだろうか。

「切り絵作家として、堂々としていたい部分はあります。『技術もちゃんとある』ということは伝えたいです。だから、ネットで作品を公開するだけじゃなくて、地方の会場でも直接行って、その場で作品を制作する、というような交流は生み出したいなと思っています。

まだ自分自身の展覧会も全都道府県は回りきれてないんです。ありがたいことに『なんで来てくれないんですか』といったお声がけもいただくので、コロナの状況が落ち着いたら、少しずつ行脚したいですね」

「しばらくは毎日の日課(作品の投稿)に専念し、楽しんでくれる人がいる限りは葉っぱ切り絵を続ける」というリト。自身の作品をより多くの人に届ける、という目標の根底には「自身に課せられた障がいのことをより知ってもらいたい」という思いが込められている。

「作家として有名になりたいわけじゃないんですよね。それよりも僕のプロフィールにある「ADHD」を発信したい。同じ悩みを抱える人に、メッセージを届けたいと思っています。

会社員時代から「頑張りが伝わらない」ことがすごく悔しかったんですよ。そういう人の気持ちが分かるからこそ、ADHDの集中力を生かして活動することのロールモデルに、僕自身がなれたらと思います。大げさな言い方かもしれませんが、自分に課せられているものだと感じています。

これからも、自分の弱点だと思っていたことを強みに変えていきたい。そのことを今回の作品集の『あとがき』にも書かせていただいたのですが……。あとがきこそ、一番いろんな人に読んでもらいたいかもしれません(笑)。より多くの人に手に取ってほしいです」

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