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自宅で観劇:第5回 歌舞伎 円熟の芸と日本舞踊

ベテラン歌舞伎俳優の舞台、若き宗家の日本舞踊を紹介

Hisato Hayashi
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テキスト:高橋彩子

何百年も連綿と続いてきた伝統芸能は、代替の利かない私たちの宝。上演時間の長さや場所が原因で普段観られない人もいるかもしれないが、外出自粛する今こそ、鑑賞の好機だ。現在、特別に公開されている伝統芸能の映像を観て、継承した芸の上に成り立つ彼らの「今」を感じてほしい。今回は、ベテラン歌舞伎俳優の円熟の芸と、若き宗家の日本舞踊を紹介する。

関連記事『自宅で観劇:第4回 若手歌舞伎俳優の挑戦

歌舞伎座 三月大歌舞伎

松竹は、歌舞伎座「三月大歌舞伎」を無観客で収録した映像を期間限定で配信中。昼の部、夜の部の全ての演目が公開されている。

中でも必見は、中村吉右衛門、片岡仁左衛門を筆頭に、豪華俳優陣が贈る充実の舞台、昼の部の『新薄雪物語』。天下を狙う秋月大膳の陰謀に巻き込まれた若い男女を、それぞれの親が命を賭けて救おうとするドラマだ。

2020年4月26日(日)配信終了

昼の部:円熟の芸を味わう『新薄雪物語』

【花見】

まずは、桜咲く清水の観音堂が舞台の【花見】。幸崎伊賀守の息女・薄雪姫(片岡孝太郎)は、刀を奉納しに来た園部兵衛の子息・左衛門(松本幸四郎)に恋する。薄雪に付き従う腰元籬(市川扇雀)と左衛門の奴妻平(中村芝翫)の取り持ちもあって、恋は成就。

しかし、その裏では、刀の奉納が園部兵衛に許されたことを恨む大膳(中村歌六)から命を受けた団九郎(中村又五郎)が、左衛門の奉納した刀に天下調伏のやすり目を入れていた。大膳はこれを見とがめた来国行(市村家橘)を殺害し、左衛門と薄雪に謀反の疑いをかけて幸崎、園部両家を陥れようとする。

【詮議】

続く【詮議】では、疑いをかけられた左衛門と薄雪を詮議するため、葛城民部(中村梅玉)と大膳が幸崎邸を訪れる。身の潔白を主張する左衛門らだったが、運ばれた国行の死骸を見て驚愕(きょうがく)。

しかし、その死骸の傷から大膳の仕業と見破った民部は、伊賀守(吉右衛門)と兵衛(仁左衛門)に、互いの子を預かって真相を究明するよう言い渡す。梅玉演じる民部の、真実を悟りつつ、事を荒立てることなくその場をさばき、両家への温情を示すさまに、注目したい。

【広間・合腹】

そして【広間・合腹】。薄雪姫を預かる兵衛とその妻梅の方(中村魁春)は、姫の身に危険が及ばぬよう、信頼できる妻平の郷里へと落とす。この場面では、兵衛と梅の方が、薄雪を実の娘のように大切に思っていること、だからこそ厳しい態度で追い出すことがよく分かる。

そこへ伊賀守の使者が現れ、左衛門が罪を認めたため、やすり目を入れた例の刀で首を打ったことを告げ、姫の首も同じ刀で斬るようにと求める。その刀の刃を見つめ、何かを悟った兵衛。ほどなく首桶を持った伊賀守がやって来るのだが、その足取りはどこか不自然に重い。自らも首桶を手に、伊賀守を迎える兵衛。二人が同時に首桶を開けると、どちらにも首はなく、あったのは、預かり人を逃がしてしまったがための切腹の嘆願状だった。恋人たちを助け、自身が犠牲になるという判断だったのだ。実は既に、伊賀守も兵衛も切腹してその場に現れていた。過酷な状況の中、若者たちに未来を託して、伊賀守、兵衛、梅の方が笑う姿は「三人笑い」と呼ばれるクライマックス。

知的で冷厳な雰囲気の中に優しさが仄見える仁左衛門の兵衛、大きさある情愛深い演技の奥底に確固たる覚悟をたたえる吉右衛門の伊賀守、時に母としての感情をあらわにしながらも最後は気丈に事態を受け入れる魁春の梅の方、それぞれの円熟の芸を堪能できる。 

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夜の部:生き別れた家族の悲しき再会『伊賀越道中双六』沼津

『伊賀越道中双六』沼津

夜の部では、『伊賀越道中双六』沼津を、ぜひご覧いただきたい。東海道を旅する呉服屋十兵衛は、老人・平作から荷担ぎをさせてくれと頼まれて道連れになり、そのまま平作宅に泊まるが、彼が生き別れた父であり、出迎えた娘お米(孝太郎)は妹であることに気付く。しかし、二人はそれぞれ、ある仇討ちの双方の人物に恩義のある間柄、つまり利害の反する立場だったーーという物語。

出会って間もない平作(松本白鸚)と十兵衛(幸四郎)が道を行く際、客席に降りる場面では誰一人座らない客席が映るのが切ないが、代わりに幸四郎がカメラに向けて演じる一コマもある

終盤では、平作が十兵衛の脇差を自分の腹に刺し、死にゆく自分にだけ敵の行方を知らせてくれと頼み、十兵衛が隠れているお米に聞かせるように、敵の在所を知らせる。生き別れていた家族が、初めて互いを認識し再会する時が父の死の際であるという悲しいラストは、涙なしには観られないだろう。

このほか、春らんまんの中で優雅に舞う『雛祭り』や、智勇兼ね備えた梶原平三景時を描いた『梶原平三誉石切』鶴ヶ岡八幡社頭の場、下駄(げた)でのタップダンスが観られる『高坏』が楽しめる。

日本舞踊・宗家藤間流の若き宗家の動画チャンネル

今ご紹介した三月大歌舞伎でも『雛祭り』と『高坏』など歌舞伎の振付も多くこなしている日本舞踊 宗家藤間流の宗家・藤間勘十郎も4月17日に『宗家 藤間勘十郎チャンネルを開設。さまざまな舞踊作品を見せるほか、勘十郎自身による見どころや作品への思いが語られる。

第1回目は衣裳やメイクなしの「素踊り」での『うかれ坊主』。江戸時代に初演された作品をもとに、大正〜昭和の名優、六代目尾上菊五郎が1929年に歌舞伎座で初演した歌舞伎舞踊だ。その際に振付を担当したのが当代勘十郎の祖父、六世藤間勘十郎であることから、当代にとっても縁の深い作品だという。

うかれ坊主とは、門付(大道芸を見せてお金をもらうこと)をしたり人に代わってお祈りなどをして日銭を稼いでいた願人(がんにん)坊主。これまでの艶っぽい経験を聞かせたり老若男女を1人で演じたりと、見どころの多い内容となっている。日本舞踊の所作は歌詞と密接に関わっているので、画面に出る歌詞も読みながら楽しみたい。週1回程度の更新を予定しており、第2回は4月24日(金)22時から『日高川』『京鹿子娘道成寺』を公開する。

Fujima

『京鹿子娘道成寺』を踊る藤間勘十郎

高橋彩子
舞踊・演劇ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材。「エル・ジャポン」「AERA」「ぴあ」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆している。年間観劇数250本以上。第10回日本ダンス評論賞第一席。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜を連載中。

 http://blog.goo.ne.jp/pluiedete

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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により、外出を控えている人、見るはずだった公演が中止になってしまった人、さらには海外への観劇旅行をキャンセルした人もいることだろう。しかし、代わりに多くの劇場が無料で映像配信を行っており、自宅で見られる映像がざくざくだ。その中から、お勧めできる映像を独断と偏見で選んでご紹介しよう。この機会にあなたも、ダンスや演劇、伝統芸能の鑑賞デビューを。

何百年も連綿と続いてきた伝統芸能は、代替の利かない私たちの宝。上演時間の長さや場所が原因で普段観られない人もいるかもしれないが、外出自粛する今こそ、鑑賞の好機だ。現在、特別に公開されている伝統芸能の映像を観て、芸の継承の上に成り立つ彼らの「今」を感じてほしい。今回は、 若手歌舞伎俳優の挑戦が光る舞台映像を紹介しよう。

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インタビュー:松本幸四郎
インタビュー:松本幸四郎

1931年にアメリカで公開されたチャップリンの名作映画『街の灯』が、映画公開のわずか7ヶ月後に歌舞伎化され、歌舞伎座で初演されたことをご存知だろうか。 劇作家の木村錦花が、映画雑誌やアメリカで映画を観た歌舞伎俳優の証言をもとに、チャップリン演じる浮浪者に歌舞伎『与話情浮名横櫛』の登場人物、蝙蝠の安五郎(通称・蝙蝠安)を当てはめて書いた歌舞伎『蝙蝠の安さん』だ。1934年の『街の灯』日本公開に何年も先んじてのことだった。 その『蝙蝠の安さん』が、チャップリン生誕130年の今年、88年ぶりに、国立劇場にて上演される。主演は、本作の再演を熱望していたという松本幸四郎だ。

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