スーパー歌舞伎Ⅱ『新版 オグリ』
スーパー歌舞伎Ⅱ『新版 オグリ』
スーパー歌舞伎Ⅱ『新版 オグリ』

自宅で観劇:第4回 若手歌舞伎俳優の挑戦

歌舞伎の若手のみずみずしい演技に注目! 義経千本桜、スーパー歌舞伎Ⅱの2作品を紹介

Hisato Hayashi
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テキスト:高橋彩子

何百年も連綿と続いてきた伝統芸能は、代替の利かない私たちの宝。上演時間の長さや場所が原因で普段観られない人もいるかもしれないが、外出自粛する今こそ、鑑賞の好機だ。現在、特別に公開されている伝統芸能の映像を観て、芸の継承の上に成り立つ彼らの「今」を感じてほしい。今回は、 若手歌舞伎俳優の挑戦が光る舞台映像を紹介しよう。 

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国立劇場『義経千本桜』

国立劇場では2020年3月、Aプロ、Bプロ、Cプロの3プログラムに分けて公演する予定だったが一度も上演できなかった通し狂言『義経千本桜』を、無観客で映像収録し、4月30日(木)15時までの期間限定で公開中だ。

『義経千本桜』は、日本史上有名な源平合戦の最後、壇ノ浦の戦いのその後を描いた物語。平家を滅ぼした立役者である源義経は、今や兄、源頼朝に追われ、流転の身。一方、滅ぼされたはずの平知盛、維盛、教経は実は生きていて、幼い安徳天皇と共に身を潜め、復讐の機会を狙っているという設定だ。本作の中心となる人物は3人。まず、船宿の主人・銀平になりすまして義経一行を迎え入れる知盛。それから、素行が悪く「いがみの権太」と呼ばれているならず者の権太。そして、義経の愛妾でありながらも義経が都から落ち延びる際に同行を許されなかった静御前を護る佐藤忠信……と見せかけて実は狐(キツネ)だった源九郎狐。

この映像では、尾上菊之助がこの3役全てを小劇場で演じている。本来、同じ俳優が演じることは少ない3役だが、菊之助は12年に家の芸と言うべき“狐忠信”を初めて演じ、15年には岳父・中村吉右衛門から教えを受けて知盛を演じている。そして今回、やはり家に伝わる権太に、初役として挑んだ。

映像は、公演同様AプロBプロCプロの3つに分かれている。

Aプロ:鳥居前・渡海屋・大物浦

Aプロの開幕は「鳥居前」の場面から。義経(中村鴈治郎)が都を落ち延びようとしているところに、静御前(中村米吉)がやってくるが、義経は後白河法皇から賜った鼓を静に渡して去る。そこへ、頼朝の命を受けて義経を探す土佐坊正尊の家来・逸見藤太(坂東亀蔵)がやってきて、静と鼓を奪おうとするが、義経の家来ながら母の病ゆえ帰郷していた佐藤忠信(菊之助)が現れ、静と鼓を救う。これを見ていた義経が、忠信に静の警護を命じる。忠信が六方を踏んで去る際、狐らしいしぐさが入るのにも注目だ。

続いて場面は、知盛(菊之助)が銀平、安徳帝(尾上丑之助)が娘お楽、帝の乳母・典侍の局(中村梅枝)が女房お柳に身をやつして船宿を営んでいる「渡海屋・大物浦」に移る。義経一行は、この宿から船に乗ろうとしている。

颯爽(さっそう)と登場した銀平は、義経を追ってきた相模五郎( 市村橘太郎)を追い払い、義経らを船に乗せると戦いを挑むが、義経側が優勢に。自害しようとするも義経に阻まれる安徳帝と典侍の局。帝の身を守るとする義経の言葉に、典侍の局は自害し、知盛も海に身を投げて死ぬ。満身創痍の知盛が、碇(いかり)を付けた綱に自らを結び、碇を海に投げて、その重さで後ろに倒れて海中へ落ちていく壮絶な最期は必見だ。

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Bプロ:椎の木・小金吾討死・鮓屋

武士の世界を描いたAプロとは打って変わって、Bプロは庶民の権太が中心のドラマ。「椎の木」の場面では平維盛の妻・若葉の内侍(上村吉弥)と若君・六代が、家来の小金吾(中村萬太郎)を連れて維盛(梅枝)のもとへと向かう途中、茶屋で権太に金をゆすり取られる。

その後、小金吾が追手との戦いの末に落命する「小金吾討死」を経て、場面は「鮓(すし)屋」へ。この鮓屋は、権太(菊之助)の実家。権太の父・弥左衛門(市川團蔵)は維盛を、下男の弥助としてかくまっている。その父の留守中、母(市村橘太郎)に金をせびりに来る権太だったが、弥左衛門が帰ってきたので金をすし桶に隠す。その弥左衛門は維盛を追う梶原平三景時(河原崎権十郎)に詮議された際に使おうと、討ち死にしている小金吾の首を持ち帰り、これまたすし桶に隠す。権太は帰る際、首の方のすし桶を持ち帰ってしまう。

さて、屋の維盛のもとに無事にたどり着いた若葉の内侍と六代だったが、やがて景時が弥左衛門へ、維盛の首を渡せと要求。弥左衛門はすし桶を出すが、そこに入っていたのは金だった。そんな折、この家に再びやってきたのが権太。維盛の首とその妻子を景時に渡し、褒美をもらう。弥左衛門は息子を刀で刺すが、虫の息の権太が明かしたのは、渡した首は小金吾のものであり、維盛の妻子とは自身の妻子であるとの衝撃の事実だった――

母に泣き真似をしたり子どもに丁半を教えたりと愛嬌ある権太の小悪党ぶりと、本性を見せる終盤(歌舞伎では「モドリ」という)に注目。弥助の正体を知らずに弥助に恋をする権太の妹・お里(米吉)の哀れさも胸に残るはず。

Cプロ:道行初音旅・河連法眼館

Cプロは、吉野に落ち延びた義経を静御前(中村時蔵)と狐忠信(菊之助)が訪ねる「道行初音旅」から。静と忠信が連れ舞をしたり、ひな人形のポーズを取ったり、「八島での合戦」の模様を語ったりなどする。吉野の桜の中での美しい舞踊だ。

「河連法眼館」では、静と狐忠信に続いて本物の佐藤忠信(菊之助)が現れたため、一同仰天。義経から真相を突き止めるよう言われた静が、道中、忠信の姿が見えなくなった際に鼓を打つと帰ってきたことを思い出し、鼓を打ったところ、狐が姿を顕し、自分は鼓の皮にされた狐の子供だと明かす。この時、言葉やしぐさに狐らしさが入るのも見逃しのないよう。義経から鼓をもらった狐は、義経の守護を約束する。本物の佐藤忠信と狐忠信の演じ分けや、キツネの姿になる際の早替り、アクロバティックな動き、もらった鼓とうれしそうに戯れる愛らしさなど、見どころぎっしりだ。

通し狂言とはいえ、上演に当たり削られている場面がある上、映像化に際して細かくカットを入れているため、これが『義経千本桜』の全てであるとは言えないが、その魅力の多くが盛り込まれた映像であるのは間違いない。そして、歌舞伎の芸は、何度も再演を繰り返す中で成熟していくもの。3役への挑戦の最初として目撃しておくと、今後の楽しみにもつながることだろう。

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スーパー歌舞伎Ⅱ『新版 オグリ』

2020年3月、京都の南座で上演されるはずだったスーパー歌舞伎Ⅱ『新版 オグリ』の、無観客での収録映像を4月19日まで配信中だ。映像は市川猿之助主演のフルバージョンと、中村隼人主演のハイライトエディションの2種類。

この作品は、歌舞伎を含め様々な芸能の題材となっている小栗判官の物語を下敷きに、哲学者の梅原猛が書き下ろし、先代市川猿之助(現・猿翁)の脚本、演出主演で1991年に、スーパー歌舞伎『オグリ』として初演されたもの。これをもとに横内謙介が戯曲を手がけ、先代のおいである四代目市川猿之助が、現代劇の演出家・杉原邦生との共同演出で昨年10、11月に東京の新橋演舞場で初演したのがこの『新版 オグリ』だ。タイムアウト東京では初演前、杉原にインタビューを行っている

通常の歌舞伎にはない電子音も交じる中、開幕すると、マジックミラーが使われた舞台にはコンサート会場かと見紛うような無数のブルーのライトが差し込んでいる(照明・原田保)。人々が小栗判官の人物像を語り、小栗判官(猿之助)が後ろ姿で現れた後、アルファベットの装置の間から小栗判官の仲間である小栗六人衆、小栗一郎(中村鷹之資)、小栗二郎(市川男寅)、小栗三郎(市川笑也)、小栗四郎(中村福之助)、小栗五郎(市川猿弥)、小栗六郎(中村玉太郎)が次々にポーズを決め、アルファベットが「OGURI」になるオープニングにも心躍る。

『義経千本桜』と違って言葉も聞き取りやすいので、ここでは詳細には書かないが、本作は小栗判官とその仲間たち、そして小栗判官と恋に落ちて妻となる照手姫(坂東新悟)らの青春と、幾多の試練に遭いながらの成長を描いた物語であり、それが、猿之助を中心に集まった若き俳優たちの姿と重なるところがポイント。ハイテクを駆使した舞台と、その中で躍動する俳優たちの雄姿を目に留めたい。

高橋彩子
舞踊・演劇ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材。「エル・ジャポン」「AERA」「ぴあ」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆している。年間観劇数250本以上。第10回日本ダンス評論賞第一席。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜を連載中。

 http://blog.goo.ne.jp/pluiedete

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