Photo:Keiko Oishi/十三月農園
Photo:Keiko Oishi/十三月農園
Photo:Keiko Oishi/十三月農園

コロナ禍の都心に突如現れた十三月農園

GEZANと仲間たちが始めた「街を変える試み」

Mari Hiratsuka
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テキスト:大石始
写真:大石慶子

新型コロナウイルスの緊急事態宣言下、東京のど真ん中でとある試みが始まった。恵比寿リキッドルームの屋上に農園を作り始めた人たちがいるのだ。 中心となるのは、GEZANが主宰するレーベル、十三月の面々と仲間たちだ。

彼らは2014年から入場無料、投げ銭方式のフェス『全感覚祭』を主催。2019年はフードフリーを宣言し、テーマに共感した農家から寄せられた野菜を使った食事が来場者に振る舞われた。さまざまな実践を通じ、食と音楽を巡る「価値」を捉え直そうとしているGEZANと十三月。彼らはなぜ都会のど真ん中に農園を作り上げたのだろうか? GEZANのマヒトゥ・ザ・ピーポーに話を聞いた。

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「食べる」という行為を捉え直し、見つめ直すこと

「全感覚祭はもちろん音楽イベントという一面もあるんですけど、一人一人が『ちゃんと存在する』ことがテーマだったんで、食べ物に向かっていくのも必然的だったと思いますね」

マヒトゥ・ザ・ピーポーはそう話す。十三月が主催するフェス『全感覚祭』は昨年からフードフリーを提唱し、全国の農家に野菜の提供を募った。

「体験の半分は自分の状態で決まると思うんですよ。ライブの楽屋にケータリングのお弁当が用意されることがあるけど、それが自分の知り合いが作ったものだとわかると、そのお弁当に対して意識が変わる。全感覚祭に来てくれた人もフードを作ってる人の顔が見えれば、食べるという体験の意味も変わってくるだろうし、ライブの体験自体も変わってくると思ったんですね

マヒトは晶文社の連載『懐かしい未来』のなかで、フードフリーのアイデアについて「生き繋ぐではなく、美味しいものを食べて、ちゃんと生きる。その生きた体で全ての感覚を生かして遊ぶ」という言葉をつづっている。

ただ機械的に、まるでエサのように自分の胃袋に食料を流し込むのではなく、「食べる」という行為を捉え直すこと。そうした視点も内包した全感覚祭は、農家の間でもシンパシーを生んだ。なかには1200キロもの米を提供した農家もいたという。

「農家の方と話をしていて、農業を取り巻く特殊な環境があることを知ったんです。たとえば、JAで流通する際、自分が作ったお米と隣の農家が作ったお米が混ぜられてしまうというんですね。ちゃんとお金に変えるという意味ではそうした方法には利点もあるけど、例えば無農薬でお米を作ったとしても、農薬を使ったお米と混ぜられてしまう。僕の場合、GEZANやマヒトゥ・ザ・ピーポーという名前を出さないで音楽を作るってことは基本的にないので、農業のそういうやり方がすごく特殊に思えたんです。それに対して全感覚祭では生産者の名前と顔が見えるかたちでフードを出そうと考えていたので、自分たちが思っていた以上に農家さんたちは反応してくれたんでしょうね」

近年、音楽における生産者(ミュージシャン)と消費者(リスナー)の関係性は変わりつつある。Bandcampなどの音楽直販サイトを通じて生産者と消費者が直接結びつくことも可能になったが、農業の場合、直売所のような形で消費者に直接野菜を届けることもできるものの、やはり従来の流通が中心だ。

全感覚祭の呼びかけに対して反応した農家も、そうした流通方法に違和感を持っていた人々だった。農家との交流を通じ、マヒトたちは音楽のみならず、農業においても生産者と消費者の関係性を結び直す方法を模索していくことになる。

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農園を作ることで街を変えていく

「食べ物のことに興味を持つようになったものの、やっぱり自分で触れてみないとよく分からないという感覚があったんですよ。食料自給率が低いなかで、食料危機に陥る可能性もあるわけで、そのときに自分たちが食べるものを作れるようになっておきたいという危機意識もあって」

そうした考えは、やがて「全感覚菜」というプロジェクトに結びついていく。オンラインショップでは、福岡正信の自然農法の考えを元にした種団子(土に種を混ぜたもの)のセット『マイホーム栽培種セット』を投げ銭で販売。

農作業のためのプランターやスコップのほか、にんじんやじゃがいもがセットになった『オンライン炊き出し 全感覚カレーセット』も投げ銭で販売された。

そして、恵比寿リキッドルームの屋上に農園を作るという試みもまた、全感覚菜の一環として行われた。マヒトによると、「NPO法人の知人や都市の緑化に関わっている方が連絡をくれたんですよ。でも、最初は失敗してもいいんで自分たちでやってみようと」いうことから、農業のプロフェッショナルは関わっていない。

また、各地につながりを持つ十三月であれば、田舎で農園をやることも可能だっただろうが、彼らは都市でそれを実現することにこだわっている。彼らは農園を作ることによって、街を変えようとしているのだ。

「たとえ田舎に逃げたとしても、結局構造自体は残り続けると思うんですよ。今の日本はそれこそ癌みたいな状態ですけど、癌の中心で構造を変えていくことに一番の意義を感じてるところもあって。それと、今回のコロナでは都市の過密性が浮き彫りになったけど、都市でも屋上はまだまだ空いている。そこでできることのひとつとして、農園を作ろうと考えたんです」

本来であれば、GEZANは4月1日にリキッドルームで新作『狂(KLUE)』の発売記念ライヴを行うはずだったが、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため中止に。

その4日後となる4月5日、十三月のYouTubeチャンネルにはコロナ禍で営業の自粛を余儀なくされるライブハウスやクラブの関係者をインタビューしたショートムービー『#WASH (1)』を公開。続いて5月26日にはアフター・コロナの時代に向けて動き出す人々を取材した『#WiSH(2)』を公開した。

#WASH (1)

全感覚菜および十三月農園の活動には、2本のドキュメンタリー映像で捉えられているものと同様、「アフターコロナの世界をどのように生き抜くか」という意識が反映されている。

マヒトは「SNS上に転がっている言葉も『答えにいかに早くたどり着けるか』というものばかりですけど、そこでは答えにたどり着く前の曖昧の揺れみたいなものが全て排除されてしまう。ゆっくり進むものが新鮮に感じるようになってるんですよ」とも話す。

思うような結果が出ることのない農作業は、確かに「答えにたどり着く前の曖昧の揺れ」にあふれている。それゆえに、生きることに直接触れているという実感をもたらす。

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金の価値では換算できない関係

5月30日にはGEZANのドラマー、石原ロスカルによる30時間ドラムマラソンが配信された。石原は2018年にも27時間のドラムマラソンを行っているが、今回の配信にはどのような目的があったのだろうか。

「コロナ以降、日常が意味で埋め尽くされてる感じがしたし、アホな企画が最近なかったんで、感覚的に楽しめるものをやりたくなったんですよ。前はライヴで叫ぶことで発散できてたんだけど、それができなくなってしまった。30時間、SNSをほとんど見なかったし、バスドラとスネアだけが自分たちの『社会』だった。ああいう時間が必要だったんでしょうね」

30時間ドラムマラソン配信では、踊ってばかりの国がサプライズ出演したほか、ラストにはGEZANが登場。

配信のなかでマヒトは「何の役に立たないものの美しさを確認できてよかった。音楽が道具だけになると、仕事になっちゃう。どこにも行けない人の逃避の場所でもあったと思うし、それを具現化した企画だったと思います」と話していたが、30時間ドラムマラソンは、まさに情報であふれかえったSNSにおけるオアシスを作り出した。

近年、農業に関心を持ち、実践に移すミュージシャンや音楽関係者が増えている。かつてであれば、そうした活動はヒッピー的なユートピア思想と結びついていたかもしれないが、コロナ以降の現実はより厳しく、切実になってきた。都市生活を支えてきたさまざまな価値が揺らぎ、貨幣経済に頼らないもう一つの生き方がリアリティーを持ちつつあるともいえるだろう。

また、生き抜くために本当に必要なものは何なのか、あらゆる場所で孤立と分断が進むなかで浮き彫りになったこともある。

「自粛生活が始まってからコンビニのものばかり食べてたんですけど、そうしたら友達がパックのカレーとか送ってくれて。青臭い話だけど、金の価値じゃ換算できない関係だなと思いましたね。全感覚菜もそういう関係を身近な人と作るきっかけになればいいと思うし、僕らの活動も大きな連帯、それこそ信頼みたいなもので成り立っているところもあって」

なお、現在の十三月農園はキャベツ、スイカ、ズッキーニ、キュウリの苗を植え終わったところ。階下のタイムアウトカフェ&ダイナー(TIME OUT CAFE&DINER)からも見えるガラス窓の周りには、赤い花の種もまかれた。それらが芽吹くとき、都市の風景はまたひとつ変わっていく。

ライタープロフィール

大石始

地域と風土をテーマとする文筆家。 旅と祭りの編集プロダクション「B.O.N」。著書に「南洋のソングライン」「盆踊りの戦後史」「奥東京人に会いに行く」「ニッポンのマツリズム」「ニッポン大音頭時代』など。2024年5月に最新刊「異界にふれる ニッポンの祭り紀行」(産業編集センター)が刊行された。

コロナ禍の取り組みをもっと知るなら

  • ナイトライフ

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