杉本雄(Photo: Keisuke Tanigawa)
杉本雄(Photo: Keisuke Tanigawa)
杉本雄(Photo: Keisuke Tanigawa)

130年続くラグジュアリーブランドとサステナブルの共存

帝国ホテル第14代東京料理長、杉本雄が進む未踏の道

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2020年に開業130周年を迎えた帝国ホテル。2021年3月には約50年ぶりに総建て替えを行うことも正式発表された(2024年着工、2036年に完成予定)。 明治時代から東京のみならず、日本を代表する五つ星ホテルとして伝統を守りつつ圧倒的な存在感を放ってきた。

一方でSDGsやサステナブルな活動にも熱心に取り組み、地球環境の変化にも機敏に対応しているのを知っているだろうか。 帝国ホテルが掲げる130周年のスローガンは「歴史にふさわしく 未来にふさわしく」。今回は、その陣頭に立って帝国ホテルのサステナブル活動を指揮する、第14代東京料理長の杉本雄(すぎもと・ゆう)にインタビューを行った。

明治時代に創業、サステナブルの取り組みも20年前から

帝国ホテルの歴史は明治時代までさかのぼる。西欧化を進めていた明治政府の要請に応じ、渋沢栄一や大倉喜八郎(大倉財閥設立者)、益田孝(三井物産創設者)などの経済人たちが発起人となり、宮内省や大手財閥による出資で「海外の賓客をもてなすためのホテル」として1890(明治23)年、開業した。渋沢栄一が帝国ホテルの初代会長を務め、19年間経営に携わった(公式ウェブサイトから引用)。

その後海外の要人や著名人が宿泊し、130年にわたって日本を代表する五つ星ホテルとして確固たる地位を保ってきたことは言わずもがなだが、こうした歴史を踏まえつつ、帝国ホテルは「伝統と革新」をテーマに過去20年間、環境負荷を減らすためのさまざまな取り組みをしてきた。 2001年には専門チームの「環境委員会」を発足。

グリーン電力(太陽光や水力を使った自然エネルギー)をクリスマスのイルミネーションに活用したり、客室の水道水をホテル内でろ過、殺菌し従業員用のトイレの洗浄水として再活用したりと、客には見えない部分でリサイクルを実施。

2020年4月からは環境委員会の名称を「サステナビリティ推進委員会」に改め、SDGsに準拠したサステナブルな活動をより積極的に進めている。

38歳の若き東京料理長就任のニュースが話題に

そして現在、帝国ホテル内の「食」についてこの活動をリードするのが杉本である。2019年4月、杉本が「38歳(当時)の若さで帝国ホテル第14代東京料理長に就任」したというニュースは、ホテル業界や飲食業界でも話題となった。

東京料理長の責務は帝国ホテル 東京の全レストラン、バーラウンジ(テナントは除く)、宴会場のメニュー考案と監修、さらにショップで販売されるパンや菓子も含めた全ての飲食の監修だ。帝国ホテル 東京勤務の料理人、総勢350人の頂点に立つ。

しかしその重圧に負けることなく、杉本は次々と新しい挑戦を続け、業界も注目。杉本は「サステナブルを日常とする帝国ホテルらしい料理を作る」をミッションに、帝国ホテルのラグジュアリーなブランド品質を保ちつつ、ホテル内直営の全ての飲食部門のサステナブルや、フードロスの削減に取り組んでいる。

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帝国ホテルの食品ロス削減に次々着手

具体的には、ホテルショップのガルガンチュワやホテル内で提供する40種類以上の商品から出るパンの生地のロスを廃棄せず、ラスクとしてよみがえらせることを発案。 パンはレシピ上、どうしても余り生地が出てしまう。さらにイースト菌が含まれており、生ごみで捨てると膨張するので焼いてから捨てる、という二重のロスが生まれていた。しかし杉本のアイデアで、ラスクという客に喜ばれる商品に生まれ変わった(販売はせず、開業記念日に来店した客にギフトとして提供)。

また杉本は、前述のパンの余り生地を集めてバゲットに作り替え、それをミカンと合わせてフレンチトーストにアレンジして客に出すデザートにまで昇華。 

フルーツの皮を活用したデザート『パンからパンへ~みかんのフレンチトースト~』(Photo:帝国ホテル)

さらに帝国ホテル名物のバイキング(ビュッフェ料理)のロスにも改善を図る。ビュッフェは客が手をつけずに余った料理の廃棄が課題だったが、客席のタブレットで客が食べたい料理を注文し、出来たてを届ける「オーダーバイキング」という新しいシステムを導入した。

食材を丸ごと活用し新メニューを生み出す

杉本は帝国ホテル内で1日100杯単位で提供される紅茶(のレモン)にも着目。帝国ホテルでは、レモンは外皮を外した状態でティーカップに添えられるが、そのレモン(やほかのフルーツの)皮も廃棄せず、乾燥させて塩に混ぜ、フレーバーソルトとして再活用する試みも行っている。

この「フードロスに着目した調味料」を使う料理は、帝国ホテルのメインダイニング、レ セゾンでも提供されており、好評だ。レ セゾンには専任のフランス人シェフがいるが、1日1組限定で、客の目の前で直接料理を仕上げ、料理長の杉本がオリジナルメニューを作成し、客の目の前で直接サーブする「アンティミテ」という特別なプランがある。 そこではSDGsのエビを丸ごと使ったメニューやフレンチトーストを提供。1日1組という贅沢なサービスながら、何度も利用する客も少なくないという。

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「食材を使い切る」フレンチの概念自体がサステナブル

こうした挑戦の裏付けになっているサステナブルな概念は、杉本がフランスで見聞きしたことに基づいている。

「昨今では『サステナブル』という新しい言葉で表現されていますが、もともとフランス料理の基本が『一つの食材を余すところなく使い切る』で、サステナブルそのものなのです。 フランスでは、漁業が盛んな地域で例えばタイが多く水揚げされるならば、切り身はグリルなどにして、頭や骨でソースを取り、同じ皿の料理に仕上げて提供します。酪農の名産地なら牛肉のスジや骨も煮込んで活用し、余すことなく使用します。

1873年に明治政府は、フランス料理を日本の宮中行事での公式料理と定めました。帝国ホテルも、1890年の開業当初から日本の迎賓館として対応すべく、優秀な料理人をフランスで修業させ、帰国後に本物のフランス料理を提供し、日本でのフランス料理の普及に努めてきました。我々が食のサステナブルな活動を進めるのは当然とも言えます」(杉本)

親子向け料理イベントやYouTubeなど新たな取り組みも(Photo:帝国ホテル)

帝国ホテルの食のサステナブルな取り組みをより広く伝えるため、杉本は食育とフードロスをテーマにした親子向け料理イベントを館内の「インペリアルバイキング サール」で企画したり、ホテルの厨房(ちゅうぼう)から料理動画をYouTubeで発信したりと、従来の帝国ホテルにはなかった斬新な挑戦を行っている。

渋沢提唱の『論語と算盤』から学び、答えが見えた

杉本は1999年に帝国ホテルに入社したのち、5年で退社し渡仏。ヤニック・アレノやアラン・デュカスといった世界的な料理人の下で修業を積み、フランス最高峰の国際料理コンクールで日本人初の優勝を達成するなど若いうちから才能を発揮していた。 2017年に帝国ホテルに再入社し、宴会調理シェフを経て2019年、38歳の若さで現職に。輝かしい実績を残し、順調に料理人の道を極めつつあるように見えるが、今回の「帝国ホテルのサステナブルの実現」には悩んだ時期もあったという。

「帝国ホテルという華やかなラグジュアリーブランドを維持しつつ、SDGsやフードロスの解決といった、非常に実務的なゴールを達成するにはどうすればいいのか。この2つの要素がうまく結びつけられず、しばらくは考えがまとまりませんでした。 しかし、初代会長の渋沢栄一の著書『論語と算盤(そろばん)』を読み、渋沢翁の唱えた『道徳と経済(ビジネス)の両輪を回し続けることなしに、その企業の発展はありえない』という主張に触れ、答えが見えたのです」(杉本)

ラグジュアリーとサステナブル。一見相反するこの2つの要素を合わせて、今の時代に帝国ホテルが堂々と発信していくことに、社会的な意義があると感じた杉本。 1年以上も先が見えず、客数も激減したコロナ禍での窮状を、帝国ホテルがどのように切り抜け、サステナブルな未来へと歩み続けてゆくのか。杉本の取り組みを、日本のホテル業界は今後も注目し続けるだろう。

ライタープロフィール

フードライター。食限定の取材歴20年、「dancyu」「おとなの週末」「ELLE a table(現・ELLE gourmet)」「AERA」「日経MJ」「近代食堂」など食の専門誌を中心に、レストランや料理人への取材多数。テレビのグルメ番組への出演実績もある。「NIKKEI STYLE」(日本経済新聞社)の人気コーナー「話題のこの店この味」で毎月コラム連載中。

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