「遠くまで行くんだ」に込められた思い
6月8〜30日(日)の「【古典篇】遠くまで行くんだ」と、7月3日(水)〜28日の「【状況篇】言葉は雨のように降りそそいだ」の前・後期に分けて開催される「石川九楊大全」展は、「大全」の言葉通り、1945年生まれの石川による長きにわたる全仕事を振り返る展覧会だ。東京では、2017年に「上野の森美術館」で開催された「書だ!石川九楊」以来の大規模個展となる。
「『大全』というのは大げさに言っているのではなく、私の全ての作品を見てもらおうということです。展覧会では前半後半で作品を入れ替えて計300点ほどを紹介しますが、同時にカタログレゾネを刊行します。こちらには、1000点ほどの未発表作も含む約2000点、つまり僕が書いてきた作品のほぼ全部を掲載しています。展覧会場にもコーナーを設けて、このカタログレゾネの作品映像も併せて観ていただけるようにします」
Photo: Keisuke Tanigawa
終戦を控えた1945年1月、福井県に生まれた石川は、幼い頃から書に親しみ、多くの展覧会で入選を果たしてきた。京都大学法学部に進学後も書道部に入部し、それまでの書道とは異なる時代の表現としての「書」の在り方を模索する。白い紙に黒々とした墨で書くといった「書道的情緒」から距離を置き、田村隆一などの荒地派の詩人の作品や、歌謡曲の歌詞など、同時代のリアルな言葉を、どのように作品化するかということが常に試みられてきた。
一方で、1980年代以降は中国や日本の古典にも積極的に取り組むようになる。「カスレ」や「ニジミ」といった表現を徹底的に研究し、書的な書き方と同時にデザイン的な方向性も取り入れながら、独自の書表現を確立させていく。
「方丈記No.5」(1988年・1989年、109×90cm×2点、前期展示)
この時期の成果についても、本展の前期「【古典篇】遠くまで行くんだ」で多く紹介されることだろう。前期展のタイトルにある「遠くまで行くんだ」とは、同名の雑誌も刊行されるなど、1960年代によく聞かれたフレーズだが、同世代を代表する評論家で詩人の吉本隆明による1954年の詩「涙が涸れる」の一節でもある。古典を扱う展覧会のタイトルが、なぜ現代詩から引用されているのか。
「若い頃に『吉本隆明さんの詩を書きたい』と思って書こうとするんですけど、それまでの小・中・高校で教わってきた書道の書き方だと全然だめなんです。文字に言葉が乗らないから、これでは吉本さんの詩を辱めるだけだ、と。書道的な書き方に一つ一つ疑問符を付けて検討していかないといけないと考えました。書が持っている能力の限界を確かめるように。とにかく、すぐにはできない、古典に戻る必要がある、と。それで『遠くまで行く』わけです」