鼎談
Photo: KIsa Toyoshima
Photo: KIsa Toyoshima

次代のツーリズム変革に必要な5つのキーワード(後編)

「ローカルと観光」の関係性に意識を向ける

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テキスト:森 綾

※本記事は、『UNLOCK THE REAL JAPAN』に2021年3月29日付けで掲載された『TALKING travel』を翻訳、加筆修正を行い転載

2021年2月、日本の観光業界、エンターテインメント業界を代表する3人、JNTOデジタル戦略アドバイザー兼メタ観光推進機構代表理事の牧野友衛、ナイトタイムエコノミー推進協議会代表理事の齋藤貴弘、ORIGINAL Inc. の代表取締役でタイムアウト東京代表、一般社団法人日本地域国際化推進機構の代表理事を務める伏谷博之が、新たな観光に向けて対談を行った。ここではその記録を編集して紹介する。

前編はこちら

「シビックプライド」を持てる街づくり

伏谷:今、僕が始めた一般社団法人日本地域国際推進機構は、英語名だと「グローバリゼーション」という単語が入っているのですが、これはマクドナルドの言うようなグローバリゼーションとは意味が違います。その地域のユニークネスが世界のどこへ行ってもユニークだと見られる。国際舞台でも「ここってほかにないユニークさがあるよね」と言ってもらえるような場所を作りましょう、ということなんです。

かつての繁華街だった駅前が寂れ、ちょっと離れたところに大型モールがあるような文化ではなくて、自分たちの独自の文化、生活習慣、そういったものを地域の人が深掘りしていく。「だから自分はここに住んでるんだ、ここに生まれ育って良かったんだ」と思えるような「シビックプライド」を育む必要があります。

「シビックプライド」は、渋谷や横浜のような都市でよく使われるけれど、本当は地方でこそ重要だと思うんです。僕は島根県出身で、これまで故郷の「シビックプライド」なんて考えたこともなかったけど、ここ最近、周りから島根が「アツい」と言われるといいな、と思えてきたりして。そういうのがないと、東京から地方への分散と言っても移住の候補先に挙がってこないですよね。

ユニークさを掘り下げる

牧野:緊急事態宣言下には移動制限があり、遠くに行けずに近所を散歩してその魅力に気付く方も多かったと思います。星野リゾートの星野佳路さんが言うところの「マイクロツーリズム」のように、近所の新たな発見、新しい切り口で街を見直すということです。「シビックプライド」は、外の人から見て価値があると示されて、もともと地域にあったものの価値に気付かされて再発見することはあると思うので、見方を変えることは、変化につながると思います。

伏谷:観光の持つ価値は「シビックプライド」も正にそうだけれど、外からのものを受け入れて自分たちの文化の価値に改めて気付く、みたいなことにあると思います。それがないと観光の価値は半減していきますね。

コロナ禍で新しい生活様式と言われ始めて、リモートワークや、地方移住して仕事できますよとか、大きな価値観の変化が起きてるわけですよね。その変化を捉えた「ポストコロナの新しい観光」を受け入れる側も行く側も考えなきゃいけないと思っています。その流れの一つが、牧野さんや藤さんが取り組んでいることです。昭和の大手旅行会社が作り上げてきたマスツーリズム、いわゆるパッケージを売るというツーリズムから、それぞれの人たちが個別の目的や思いを持って暮らすように旅をする。観光地を見るだけではなく、その生活に入っていって異文化体験をして、何かを自分の生活に持ち帰る。そういうミレニアム世代以降の価値観に配慮した新しい観光づくりが必要なのです。

牧野:「メタ観光」はまさに100人が100通りの目的でする観光です。それはデジタルの広がりによって可能になってきている。ある場所に来る人は『ポケモンGO』を楽しみに来たのかもしれないし、歴史的な価値を見に来ているかもしれない。もしかしたら、お地蔵さんのご利益を求めてきているのかもしれない。1つの場所でいろいろなことがあって、多様な目的で楽しめます。

伏谷:キーワードとしては、まず選択肢が増えるということですね。もう1つは、住民と観光客。例えば沖縄などは住民が暮らしているレイヤーと、観光客が活動する場所が水と油のように分離して見えている。齋藤さんや牧野さんの提案は、地元の人と交流したり、地元の生活へ入っていって、観光スポットとは言えないかもしれないけれど、あるバーのコミュニティーがすごいとか、観光とローカルの縦の線にレイヤーを作っていく必要がある気がしますね。

一見さんの観光客が来て、良かった。だけではなく、女子旅で行ったバーのマスターと意気投合し、休みが取れたからまた会いに行こう、来年は1カ月行ってみよう、あるいはリタイアしたら暮らしたいと思える。そういう関係が生まれるのがいいのかなと。それが生活を豊かにすることだという気がするんです。人の流入が起こってくると、持続可能な観光が実現できるのではないでしょうか。

齋藤:そうですね。今の観光だけだと、人数が来てお金は落ちるかもしれないけど、来れなくなったらそれきり。一見さんだと、何かあっても支援は届かない。

伏谷:アムステルダムは世界的観光地ですが、市長が「ポストコロナに向けて、地域の人が時間を過ごせる場所を作りたい」と発表しました。ものすごい数の観光客がいたけれど、コロナ禍で全くいなくなった。改めてそのエリアを見てみたら、地元の人たちのためのレストランも店も何もないと気付いたからだと。ニューヨークなどでも、コミュニティーに根付いているレストランは支援を受けられるから生きているわけです。観光客向け、オフィス街のレストランは厳しい。

地域は1回来てくれた観光客と強い結びつきを作って、長きにわたってそれを築いていく。そういう多様な人たちとつながることで、災害やコロナ禍みたいなことが起きた時に世界中からサポートしてもらえる。今はそういうレジリエンスを蓄えられるんじゃないかな。デジタルでもそれは可能です。社会の価値観の動きや、観光の街づくりをどうすればいいのか考えていきたいですね。

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「観光消費」が持つ意味

齋藤:観光という言葉自体が変わっていく時なのかもしれないですね。例えば『Kyotographie』という京都のさまざまな施設を展示会場とする回遊型の写真展があります。この写真展を見るために東京や、さらには海外から訪れる人も多い。ただし、写真の展示場所は、京都の著名な観光地ではなく、あえて商店街や町家など京都ローカルにこだわっています。地域の食文化を担う商店街の個性豊かな店主たち、あるいは京都らしい街並みを支える職人たちのこだわりは、観光客に対してサプライズをもたらすことができる。いわゆる観光事業者ではないのですが、極めて重要な観光要素だと感じています。

伏谷:そうなんですよね。「Go To トラベル」と「Go To Eat」には境目がない。あのキャンペーンの重要さもうまく伝わってないと思う。こういう危機の時には、業界団体が政府と交渉することになるんだけど、観光というのは、観光業や旅行業としてくくられてる人たちの外側に、たくさんのいろいろな取り組みをしている人がいるということなんですよね。だからキャンペーンをやることで、旅行業や観光業の外側にいる人たちに大量の血流を送ることができるのです。業界だけが取り上げられるから、そこまで言及されない。

牧野:キャンペーンで旅行代理店と宿泊施設だけを助ける、という風にしか見られないということですね。

伏谷:観光イコール街づくりだから。これは、街全体にお金を流そうという取り組みなんですよ。そういう風に聞こえていない残念さを、報道を見ていて思うんですよね。

牧野:感染者数が多いことで「東京の人には来てもらいたくない」みたいなことがあるように「外国人旅行者に来てもらいたくない」というようなことが起こりかねない。もともとインバウンドは4000万人の観光客に来てほしいという目標のほかに、8兆円の「観光消費」という目標があったわけです。その8兆円の「観光消費」額の内訳を見ていると、宿泊費が3割、飲食2割、買い物は3、4割、残りの2割が交通費といろいろな要素があるのです。それら全てが「観光消費」。とにかく宿泊業だけじゃないと、それをちゃんと伝えてもいいんじゃないかと思います。実際には宿泊費は3割だけでしかなく、「観光消費」における経済的なメリットは宿泊施設だけのものではありません。

齋藤:今、個人的に関心があるのはまさにそこで、観光客にお金を使ってもらった後に、そのお金がどこに流れているのかというが一番重要なはずなんです。「観光消費」の地域内循環やローカルエコノミーなど、「観光消費」増加の先の議論をすべきです。

例えば、旅館は地域に根差すことを本質とします。地域の食やお酒の提供や、さまざまな場所を紹介し、送客するコンシェルジュとしての機能も有している。観光客は旅館に宿泊することを通じて、地域の多様な産業に経済貢献する仕組みになっています。いわば経済循環のエコシステムが旅館の本質的な機能としてあるわけです。施設単体で見ると安価な商材を外部調達した方が効率的で、旅館のあり方は経営的には非効率かもしれません。ですが、地域全体で見ると持続可能な観光経済モデルになっている。今、現代的な「ライススタイルホテル」が注目を集めていますが、地域に根ざした旅館のあり方はまさに「ライフスタイルホテル」そのものでしょう。

コロナの前は考えもしなかったことがたくさんあります。「上がれ上がれ」で、今まで追いかけてきたものって何だったんだろうと考える時間ができた。だからこそ、ここで考えないと。再起動した後に、正常化していけるのか。観光はダメだと落ち込んでる場合じゃないんです。むしろやるべきことは増えています。新しい観光に向けた提言、あるいは問題提起は2020年度に観光庁事業で実施した『Re:TOURISM』というレポートにまとめました。これは先に紹介した『Creative Footprint』に続くもので、観光と文化と街づくりをつなぐという視点でまとめられています。

観光から「KANKO」へ

伏谷:一般社団法人日本地域国際化推進機構で、伊勢市といろいろと取り組みを進めているのですが、伊勢神宮は世界遺産には登録できないんです。なぜなら20年ごとに遷宮をするから。建て直しするからダメというわけです。世界遺産はヨーロッパが生み出したもので、向こうは石で造ったりしていますからね。一方で、建物以外の価値はある。遷宮するときの木は同じ山から切り出すのを300年以上続けているとか、お供物は同じ海の特定の場所のアワビをキープするなどです。

建物はリニューアルされているけれど、そこにある目に見えない無形の文化は、サーキュラーエコノミーなど、今、グレタ・トゥーンベリさんが言ってることを1000年も前からやっているわけです。でも、それが世界だとすごい価値なんだよ、ということを地元にいる人は分からない。そこを日本にいる人に「見える化」していきたい。さらに世界に見せていくことで、海外でそれに触れた人が「日本は変な国だけど面白いことやってる。サステナブルだよね。1カ月ほど行って体験してみようよ」ということにつながるといいなと思っています。

齋藤:そういった眼差しで日本を見ると、「メタ観光」的にも、人との交流、場所が持つ価値、多様な時間帯という意味でも、発見されていない観光体験は多くあると思います。僕自身、海外の人が来たら連れていきたい場所、見せたい場所がいっぱいあるんです。

これまで新しい刺激や知識、交流を海外に求める日本人が多かったかもしれませんが、そのような関心は日本のディープな文化に向き、掘り起こされ、再発見されているのがコロナ禍の今だと感じます。若く新しい感性により再発見された日本の面白さは、海外に対しても発信されていくでしょう。まだまだ海外の人が知らない日本は多くあると思います。

牧野:コンテンツではないところのお話をすると、「観光消費」の話もそうですが、日本人が「観光とはなんたるか」そのものをあまり理解していないところがあると思います。それがコロナ後、インバウンドが回復して人が戻ってきたときに、観光を「自分ごと」と思ってもらいたい。それは「観光消費」の中身を知ってもらうことでもあるし、コロナ過でホテルのシーツを洗っている会社が倒産してしまうとか、飲食業界でお手拭きの会社が撤退してしまうといったような、観光は直接、間接的に多種多様な業種と関わっているということです。自分たちに関係ない人は少ないくらい。次にインバウンドが回復する時に、そういうことを受け入れる心が育っていればいいなと思います。

伏谷:観光ではなく「KANKO」の時代ですね。日本は面白い国だと思うんです。ある意味、ガラパゴスでやってきたけれど、鎖国していた状態の時も、海外から聞こえてくるものをうまく編集して、自分たちのライフスタイルに溶け込ませて生活をアップデートしてきた。そういうことに長けた国だと。その良さが世界にアピールしきれていない。僕らはタイムアウト東京で世界の状況を発信しているので、世界の側へ入れ込んでいると思われがちなんだけれど、むしろ世界を知ることで、日本の良さ、地域の良さをグローバルに伝えていけると思います。

世界遺産のようにヨーロッパや欧米のルールメーカーが作ったものに合わせる時代ではなく、今こそ日本型の観光や、日本型の街づくりを世界にアピールしていけたらいいと思うんです。ハイコンテクスト過ぎてまだまだ伝わっていないけれど、無形の文化がいっぱいある。それをなんとか伝えたいと思っています。

牧野 友衛(まきの・ともえ)

株式会社グッドイートカンパニー 取締役 兼 CSO /日本政府観光局 デジタル戦略アドバイザー  

Google、YouTube、Twitterの製品公開や利用者数拡大を担当し、2016年にトリップアドバイザー株式会社の代表取締役に就任。国内利用者数の拡大やインバウンド対応の支援を行う。2021年1月より現職。総務省「異能(Inno)vationプログラム」 スーパーバイザーや観光・インバウンドに関する政府や東京都の専門委員を歴任するほか、日本政府観光局(JNTO)デジタル戦略アドバイザーも務める。

齋藤 貴弘(さいとう・たかひろ)

Field-R法律事務所パートナー弁護士/ナイトタイムエコノミー推進協議会代表理事

近年は風営法改正を主導するほか、ナイトタイムエコノミー議員連盟の民間アドバイザリーボードの座長、夜間の観光資源活性化に関する協議会の委員を務め、各種規制緩和を含むルールメイキングに注力している。著書に『ルールメイキング ナイトタイムエコノミーで実践した社会を変える方法論』(齋藤貴弘 ・著/学芸出版社)

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伏谷 博之(ふしたに・ひろゆき)

ORIGINAL Inc. 代表取締役 / タイムアウト東京代表

島根県生まれ。関西外国語大学卒。大学在学中にタワーレコード株式会社に入社。2005年 代表取締役社長に就任。同年ナップスタージャパン株式会社を設立し、代表取締役を兼務。タワーレコード最高顧問を経て、2007年 ORIGINAL Inc.を設立。代表取締役に就任。2009年にタイムアウト東京を開設。観光庁アドバイザリーボード委員(2019-2020)の他、農水省、東京都などの専門委員を務める。

Unlock The Real Japan本誌を読んでみる

  • Things to do

2021年3月29日、日本経済新聞社が発行する『Nikkei Asia』とタイムアウト東京がコラボレーションした『UNLOCK THE REAL JAPAN』の第3号がリリースされた。

同誌は、アジアで活躍するビジネスリーダーに向けて、旬のテーマと人にフォーカスした情報を発信する英語版のマガジン。Nikkei Asiaに同梱(どうこん)されるほか、国内のラグジュアリーホテルや在日大使館などでの配布が予定されている。

今号では2月に先行公開した、震災から10年目の姿を紹介した記事と、日本のグリーン化を特集したものに加えて、スポーツ、DX(デジタルトランスフォーメーション)、教育、観光など、今注目を集めている分野の専門家に過去と未来を見つめ、日本がどこへ向かっていくのかを聞いた。

話題の宿をチェックする

  • Things to do
  • シティライフ

2020年9月、世田谷代田にオープンした由縁別邸 代田は、35室の客室と、箱根、芦ノ湖温泉の源泉から運ぶ温泉が楽しめる露天風呂付き大浴場、割烹(かっぽう)、茶寮から成る温泉旅館だ。小田急線世田谷代田駅から徒歩2、3分、下北沢からも10分かからない至便な立地で、日常から解き放たれたひとときを過ごすことができるとあり、Go To トラベル停止後も高い稼働率を誇っているという。

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  • シティライフ

今ではすっかり定着した仕事を続けながら旅を楽しむワーケーション。場所を変えることで気分転換になり、作業も進む。暮らすように長期滞在するのもいいだろう。

さて、古来から日本では湯治という保養文化がある。日常からひととき離れ、自然に囲まれた温泉地で繰り返し入浴することで心身を整える。その湯治により、ワーケーションをさらに快適なものにしようというのが湯治ワークだ。

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緊急事態宣言が解除されても「Go To トラベルキャンペーン」は引き続き停止されている。落胆しているという人は、新しい旅の形となりつつある「おこもり」旅行を今こそ試すべきだろう。都内には、まだまだリーズナブルな宿泊プランがたくさんある。

渋谷にある4つの東急ホテルでは、「どの部屋でも、いつでも同一料金」という期間限定のキャンペーンを展開中だ。キャンペーンの対象になるのはセルリアンタワー東急ホテル、渋谷ストリームエクセルホテル東急、渋谷エクセルホテル東急、渋谷東急REIホテル。これらのホテルが合同企画したキャンペーンで、2021年4月30日(金)まで実施される。期間中は、どの部屋タイプでもどの曜日でも、ホテル毎の一律料金で利用が可能だ。

  • トラベル
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2021年3月1日、世界的リゾートブランド『アマン』の創業者、エイドリアン・ゼッカが手がける旅館、アズミ 瀬戸田(Azumi Setoda)が広島県尾道市瀬戸田にオープンした。

銭湯と旅籠が一体となった街の交流地、ユブネ(yubune)も同時開業。同宿は日帰り入湯が大人900円から可能で、ゼッカが追求する日本伝統文化の新たな表現を、幅広い価格帯で体験できる宿となっている。

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