伏谷:齋藤先生は風営法改正に尽力されてきて、「ナイトタイムエコノミー」という概念で時間帯のこれまでの枠を外そうとされてきましたね。
齋藤:僕は風営法改正という法規制の緩和から入ったのですが、規制緩和後は、規制が厳しくて十分活用されていなかった夜の可能性をどう広げていくかという取り組みをしてきました。市場にもさまざまな種類があると思いますが、新たに時間市場という概念を考え、これまで使われてこなかった時間帯が持つ価値に目を向けるという取り組みです。
そのなかで、人数は増えているけど消費額が伸び悩んでいるインバウンド観光において、観光庁が夜間を活用して消費額を増やしていくということに関心を持ってくれた。それが「ナイトタイムエコノミー政策」として実施され、事業公募をして夜間の活用事例を作っていくということをここ2年ぐらいやってきました。
他方で、短期的な数値目標だけを追いかける観光施策になってしまっては日本の夜にある文化の価値を示すことは難しいだろうし、文化の担い手や地域のためにもならないかもしれない。経済指標だけではない夜が持つ価値をどう可視化し、認知を広げていくか。そのような問題意識のなかで、コロナ前の2019年から2020年にかけて、ベルリンのクラブコミュニティーのリーダー、アムステルダムの「ナイトメイヤー」…夜の市長と一緒に『Creative Footprint』というリサーチをやりました。観光産業サイドだけではなく、文化、そして街づくりや地域コミュニティーの関係性を問い直すためのリサーチです。
もちろん夜はエコノミーの場でもあるが、文化が生まれる場所でもある。昼間とは異なる多様な人との交流があり、さまざまな価値が生まれる。そこを数字だけを追いかけていくと、牧野さんの話と重なるかもしれませんが、非常に画一的な観光商品、マス観光の商品をたくさん作ることになります。観光がローカルな文化に対してどんなプラスの作用を及ぼしているのか。あるいはマイナスの作用を及ぼしているのではないか。観光が文化に対してどうコミットできるか。それが本当に夜の価値なのか、というのが現れてきた問題意識なんです。それは同時に、どういう街を作っていくのかという議論でもあります。観光と文化と街づくりを一体として考える必要があると強く感じました。
このレポート発表と同時に、コロナ禍でインバウンドがゼロになり、夜の街はネガティブなものとされた。危機的な状況にある「ナイトタイムエコノミー」を守ることが目の前のこととして、とても重要ですが、マーケットを追い続けていたのがコロナの前の状況なら、マーケットがストップしている今、もう一度原点に立ち返るタイミングなのではないかという風に考えています。本質的な価値を深掘りして求めているという感じですね。
伏谷:足元を見ましょう、ということですか。
齋藤:そうですね。元々日本には草の根的に生まれたその土地にしかないような文化がたくさんあります。日本の各地域に根差す、文化が持つ「Locality(地域性)」と「Authenticity(本物さ)」の価値に光を当て、これらの本質的な価値を守り、街づくりや観光を通じて進化させていくということが重要だと考えています。
伏谷:観光庁ができたのが2008年。少子高齢化でなかなか厳しい日本の未来のなかで、インバウンドを柱にして観光立国にしていこうというのが始まった。
これを僕流に前職のタワーレコードという小売業で例えてみますね。かつては賑わってた店に客がいない。少子高齢化で高齢者は買いに来ない。このままでは先細りなので、これからのお客さんは少ないよね。じゃあ海外からお客を連れてきましょうと。これが観光立国の政策だと思うんです。この政策はアベノミクスに乗っかる形で、円安の誘導や海外ビザ緩和などを経て成長していき、2019年ごろまでには訪日外国人は5倍ほどになったんです。そしてコロナの感染拡大が起きてしまった。
そこで気付いたのは、例えば京都では観光客が増え過ぎて住民に迷惑がかかっているといった「オーバーツーリズム」といった問題が日本で起きていた。さらに、京都だけでなく別のところからもそういう声が上がりました。政府が頑張って5倍の外国人を連れてきて、ある程度の市場を作ったにもかかわらず、日本の人たちにすると「迷惑だ」と思っていた人がいたということですよね。
コロナ禍で世界中の国境がシャットダウンされて、来るに来られない。この間に、2008年からの流れの中で、何がうまくいき、何がうまくいかなかったのかを振り返りながら、コロナ後の観光市場をどう形作ればいいのか、いろいろ考えています。そんななかで浮かび上がってきたのは、コロナ前のグローバルなクライシスである、2008年から起きたリーマンショックです。今、ちまたでよく耳にするニューノーマルや新しい生活様式などが、その時期に海外で頻繁に言われていました。
当時は、不相応な消費をしてクラッシュしたんですよ。大した収入もないのに大きな家を買ったり、いい車やブランドものを買ったりして。それを可能にしていたエコノミーシステムが爆発してしまった。そうした行き過ぎた消費に対するアンチテーゼが、新しい生活様式だったんです。お金をバンバン使って何かを買うんじゃなくて、買うなら環境に良いものや一生使えるもの、家族で一緒に体験できる旅行や、コンサートに行きませんかというようなことです。価値観がぐっとシフトしていったのが分かります。
実はビジネス的にも、その時代にUberやAirbnbなどが出てきて、わーっと広がるんですよ。それを見ると、もしかするとリーマンショックで起きた人々の価値観の変化というものに、Uberなどはうまくフィットしていて、彼らが成長していくような観光のスタイルは、その変化をトリガーとして広がっていったのではないかと思います。
日本のインバウンドは5倍になったけれど、どういう社会や人々の価値観に寄り添ったインバウンド政策だったのかを問うてみたらどうかと思うんです。そこがはっきりしているなら、齋藤さんが言うようにローカルの人たちも、自分たちの生活や価値観の変化に寄り添って進行し、納得や共感を得ることができるのかもしれない。
齋藤:夜の価値観も変わってきましたね。「上がる場としての夜」という価値観があったと思う。アッパーな夜だけではなくて、慌ただしい昼間だと向き合って話せないことを話すとか、自然の中でゆっくり自分と向き合うなど、夜には体験や価値が広がっていますね。
今はコロナで人とふれあうことはなかなかリアルにできないですが、普遍的な需要があるとは思います。今は抑え込まれているので、また揺り戻しがあって求められていくはず。そのなかで、観光に期待される経済以外の価値も変わってくる。これまでの観光は、限られた時間と予算のなかでいかに効率よく観光体験をするかという側面が強かったように思います。そこでは地域の文化はあくまで観光客のためのものとしてパッケージされる傾向にあった。
しかし、文化が持つ歴史的な背景、ストーリーも含め表面的にではなく、より深く文化に入り本質的な体験を求めていく、そのようないわば「インターカルチャー」としての観光体験は観光客にさまざまなインスピレーションや感動、人生への示唆を与えます。「トランスフォーマティブ・トラベル」という言葉が広まっていますが、まさに人生や価値観を変革していく力が「インターカルチャー」としての観光体験にはあると思います。さらには観光客が地域と交流し、観光を通じて文化を交換し合い、地域に新しい文化を生み出していく「トランスカルチャー」としての観光も重要性を増しています。観光は観光客のためだけのものではありません。地域文化の新しい価値を再発見し、部外者の目線や感性をもって、地域の文化に革新をもたらすことができるのも観光です。そして、このような「トランスカルチャー」としての観光のために最も重要なのが訪れる人たちの多様性です。
伏谷:「ナイトタイムエコノミー」は今の段階では大変だけれど、時代の流れとしてはコロナが背中を押す部分がある。タイムアウトを通してロンドンやシドニー、ニューヨークの取り組みを見てきて、ナイトはさらに多様性の文脈で語られるようになると思います。それは、生きている生活時間の多様化のことなんです。
例えば今回、リモートワークで空間からの開放が行われたわけですが、実は時間からも解放されています。9 to 5(9~17時)で働かなければいけなかった人がリモートになることで、本当は夜中の2~4時が一番仕事がはかどる場合は、その時間に働けばいいようになるかもしれない。つまり、時間と空間からの解放につながる。そういう風に生活時間の多様化が進むんじゃないかと思いますね。
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