エルモたちが教育現場で伝える多様性

自閉症、薬物中毒、ホームレス……キャラクター像に込められたセサミストリートの理念

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インタビュアー:八木志芳

子どもの頃、誰もが親しんだであろう、テレビ番組『セサミストリート(Sesame Street)』。アメリカで1969年から教育番組として放映され、日本では1971年から2007年まで放送されていた。

ビッグバードやエルモ、クッキーモンスター、アビーなど、個性豊かなマペットたちは、キャラクターとして今も人気が高く、放送を見ていない世代にも愛されている。

かわいらしい作風の反面、その誕生の背景には、アメリカの人種差別や男女格差、貧困といった問題に対して向き合っていける力が子どもたちに養われるように、という意図があった。今も「世界中の全ての子どもたちが、かしこく、たくましく、やさしく育つことを支援する」という目的に基づいたプログラムを提供し、世界150カ国以上で、その国やコミュニティーの文化に合ったコンテンツを制作している。

日本では、セサミストリートジャパンが小学生向けの教育プログラム『セサミストリートカリキュラム』を開発し公立小学校や自治体に提供を行うなど、その理念に沿って独自に展開。本記事では、教育現場において直接子どもたちと向き合ってきた近年の活動や、多様な社会的背景を反映させている登場キャラクターたちについて、NPO法人セサミワークショップ 日本代表の長岡学(ながおか・まなぶ)に話を聞いた。

原点は、地域密着型の活動

ーセサミストリートジャパンは、ここ数年、日本の教育現場に関わる活動をされていますが、その意図を教えていただけますか。

昔は、子どもたちが等しく質の高い教育プログラムを受けられる場として、テレビという媒体を使っていました。しかし現代の日本では、ほとんどの子どもたちは保育園や幼稚園に入り、テレビとの向き合い方も変わっています。

セサミストリートでは、学校では教えてくれないこと、例えば「夢を描き、実現する」ことや「多様性」などを学ぶ機会を提供しています。その教育プログラムを伝えるために、セサミストリートの原点である地域密着型の姿に戻り、教育現場に直接入ることにしました。

ー教育現場に入るという活動は、日本独自のものなのでしょうか。

アメリカ以外の国のほとんどは、地域密着型で活動しています。ただ、コミュニティーセンターやイベントなどでの活動が多く、学校の教育プログラムにしっかりと組み込まれるような活動をしているのは日本が初めてです。

日本では2016年からメットライフ財団の協力を受けて『セサミストリートカリキュラム』を作成しました。これは、小学校の道徳などの授業で使える6年分、72時間のカリキュラムで、「キャリアとお金」「価値や多様性の理解」「インクルージョンの実現」など、現代の社会的課題と向き合う内容になっています。これほど幅広い内容で教えているのは日本だけです。

ー『セサミストリートカリキュラム』は2018年から、埼玉県戸田市の公立小学校で導入されています。今夏には、カリキュラムの指導者を養成する『セサミストリートティーチャートレーニング』という講座も実施され、全国展開への地盤を着々と築いていますね。

我々は非営利団体で人数も少なく、リソースに限りがあります。今後、地域密着型でプログラムを展開していくためには、地元で指導してくれる人が必要です。

2020年から教育関係者とのパネルディスカッションを含むサミットを全国各地で開催する『Education Summit Tour』をスタートします。地方のサミットでは、地元の有識者や著名人による基調講演、子どもたちを招いたワークショップ、そして、ティーチャートレーニングをセットで行う予定です。

自閉症、薬物中毒、HIV……多様なキャラクター像

ー実際に私もトレーニングを受けてみましたが、こんなにも幅広い内容のカリキュラムが実現できるのは、セサミストリートが放送当初から多様性を重んじることを守り続けてきたからこそだと思いました。

セサミストリートには、さまざまな社会的背景が反映された登場人物たちがいます。自閉症のジュリア、7歳でホームレスになったリリーというキャラクターがいますが、最近では、母親が薬物中毒というカーリも仲間入りしました。南アフリカのセサミストリートには、先天的にHIVに感染しているキャラクターもいます。

人気キャラクターである妖精のアビーには、親の再婚相手が連れてきた義理の弟がいますし、実はエルモも、母と父で肌の色が違う。ビッグバードはおばあちゃんに育てられ、グローバーはシングルマザーの家庭にいるんです。

日本は単一民族の国といわれていましたが、障がいある方や、LGBT、男女格差など、多様性を考えなくてはならない場面はたくさんあります。

セサミストリートには現在までに100以上のキャラクターが登場しており、日本人でも必ず共感できる登場人物がいるはずです。キャラクターに共感することから、自分の置かれている状況や社会的問題と向き合うことができると思っています。現在、日本ならではの社会的課題のリサーチも行っており、日本独自のキャラクターが生まれる可能性もあります。 

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子どもたちが学んだことを、大人も理解できるように

ーセサミストリートのYouTubeチャンネルでは、キャラクターの背景やセサミストリートカリキュラムについて紹介する動画があり、英語教育番組というイメージからも脱却しつつあります。今後の課題や目標はなんでしょうか。

セサミストリートに知的財産を活用した教育プログラムが導入され始めたおかげで、子どもたちの学びの面でも成果が出てきています。

しかし、その教育内容が、子どもたちの親へ浸透していないという課題も出てきました。日本では学校を通じて親を教育するのは難しく、せっかく子どもが学んだことを親と共有することができていません。そこで、家庭でも学べるオンラインプログラムの提供なども考えています。

セサミストリートの根底にあるのは、子どもたちが自分の夢を信じ、計画を立て、行動できる社会を実現することです。ただし、大人がコンセプトを語るだけではなく、実際に子どもが理解できるようノウハウも含めて伝えていけるのが、ほかの教育プログラムとは違った特徴であると思っています。

そして、セサミストリートを通じて子どもたちが学んだことを家族や周囲の大人にも理解できるように話せるまでが、本当の教育であると思っています。

セサミストリートジャパンの詳しい情報はこちら

インタビュアー

八木志芳  
ラジオDJ、ナレーター。大学卒業後、IT企業・レコード会社を経て、ラジオ福島にてアナウンサー、ディレクターとしてのキャリアをスタート。Tokyo FmグループのMUSIC BIRDを経て現在は関東を拠点にフリーのラジオパーソナリティー・ナレーターとして活動。FM PORT「LIKEY」MC、FM FUJI『SUNDAY PUNCH』レポーター出演中。

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