「地域の宝」を世界にひらく世界遺産の可能性と課題

日本人が良いと思うものが必ずしも評価されない現実

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テキスト:庄司里紗


2018年12月に開催されたカンファレンス『世界目線で考える。』では、拡大するインバウンドを日本経済の活力につなげる方法が様々に議論された。第2部では、地域振興やインバウンド誘致の可能性を秘める「世界遺産」をキーワードに、観光コンテンツとしての活用法や現状の課題について話し合われた。

第1部レポート記事『ナイトタイムエコノミー、インバウンドの活性化にどう活用するか』はこちら

世界遺産登録の現場から学ぶ「世界目線」の重要性

第2部は、観光コンテンツとして期待が集まる世界遺産のインバウンド活用法をテーマに議論が行われた。最初のスピーカーには、2017年に『「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群』としてユネスコ世界遺産登録を果たした宗像大社(福岡県宗像市)の宮司、葦津敬之(あしづ・たかゆき)が登壇。宗像大社の歴史や日本神話との深いつながり、そして世界遺産登録までのプロセスを紹介した。

宗像大社は、天照大神(あまてらすおおみかみ)の御子神とされる三柱の女神(宗像三女神)を祀(まつ)る由緒ある神社だ。それぞれの女神が降り立ったとされる沖ノ島の沖津宮、大島の中津宮、宗像市田島の辺津宮の三社から構成されている。

「玄界灘に浮かぶ絶海の孤島、沖ノ島では、4〜9世紀頃にかけて国家祭祀(さいし)が行われてきた。島全体が神域とされ、男性神職者以外の入場は厳しく制限。島からは当時の奉納品が約8万点も出土しており、海の正倉院とも呼ばれている」(葦津)

そのため福岡県や宗像市、福津市が中心となり、沖ノ島を含む3つの宮、そして信仰を支えた地元豪族、宗像氏の墳墓群など、8つの構成資産で世界遺産の登録を目指したという。しかし、登録前の現地調査を行なったイコモス(国際記念物遺跡会議)からは「沖ノ島と3つの岩礁のみしか価値が認められなかった」と葦津。

「日本古来の自然信仰や神道、神話に基づく信仰の全体像が、外国のメンバーで構成されるイコモスにうまく伝わらなかったためだ。そこで英国の友人からのアドバイスをもとに、神道をreligion(宗教)ではなくspirituality(霊性)と言い換えて紹介するなど、戦略の再考を試みた」(葦津)

海外の人々にも理解される「普遍的価値への置き換え」が重要

このとき戦略の立て直しに貢献したのが、インバウンド関連のコンサルティングを行うORIGINAL Inc. 執行役員の高橋政司だ。当時、外務省でUNESCO業務を担当しており、数々の世界遺産登録に携わっていた高橋は、「宗像大社の登録はかなり厳しい状況だった」と当時を振り返った。

「そこで抜本的に世界目線の説明戦略に練り直した。例えば、宗像三女神のストーリーを世界に共通して見られるアニミズム(自然崇拝)に置き換え、海外の委員たちにもその価値が伝わるよう努めた。また、UNESCOが支持する男女平等の立場に鑑み、沖ノ島で長く守られてきた『女人禁制』の伝統を『神職であるか否か』と問うものだと説明。結果的に、8つの資産全てを一括登録することができた」(高橋)

世界目線の説明戦略においては「普遍的な価値への置き換えと、前例となる登録事例の分析が重要」と高橋。宗像・沖ノ島では「同じように女人禁制の伝統を持ちながら世界遺産に認められたギリシャのアトス山の事例を研究した」という。

また、2018年7月に世界遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」のケースでも、世界で初めて村落全体が世界遺産登録されたハンガリー、ホッロケー村の事例を詳しく分析したと話した。

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日本人が良いと思うものが必ずしも評価されない現実

続いて、世界最大級の旅行サイトを運営するトリップアドバイザー代表の牧野友衛がプレゼンを行なった。牧野は、同社が持つ膨大な旅行者データ(実体験に基づく口コミ)の分析結果から、日本の世界遺産が訪日外国人旅行者からどのように評価されているのか紹介した。

「日本国内の世界遺産における外国語の口コミ数で見ると、やはり京都が多く、そのほかだと奈良や沖縄、広島の原爆ドームなどが上位に並ぶ。一方、口コミ数の増加率で見ると原爆ドームが非常に伸びていて、京都や白川郷などは伸びが鈍化している傾向がある」(牧野)

牧野が注目したのは、2014年に世界遺産登録された「富岡製糸場」の評価の低さだ。牧野は「英語による解説が不十分なため外国人に価値がきちんと伝わっていない」と指摘。「世界遺産としてグローバルに認められた価値が、興味を持って訪れた外国人からの評価につながっていない現状は非常に残念」と述べた。

「私たち日本人が良いと思うものが、必ずしも外国人から評価されるとは限らない。その現実を受容した上で、多言語対応や観光戦略を立てることが大事だ」(牧野)

世界遺産の保全と活用は両立できるのか?

第2部の後半では、パネリストによるディスカッションが行われた。宗像大社宮司の葦津は、日本の「地域の宝」の価値を世界に伝えていく難しさについて言及。「文化や言語が違う海外の人々でも理解できる価値の共通項を示すことが重要」と改めて強調した。

議論の中で焦点となったのは、世界遺産登録後の史跡の保存と活用の両立だ。葦津は、世界遺産登録後、沖ノ島への一般人の上陸を全面禁止したことに触れ、「遺産の保全、管理の側面から必要だと判断した」と話した。

「沖ノ島は観光地である前に、2000年の歴史を持つ神域。世界遺産になっても、守るべきものと開示すべきものはしっかりと分ける必要がある」(葦津)

また、宗像では世界遺産登録後、観光振興のために「美味しい店やいいホテルが必要という話題がよく出る」と葦津。「ハード面の整備だけでなく、信仰の場として、訪れる人々がもっと本質的な価値を楽しめる仕掛けをつくっていきたい」と述べた。

トリップアドバイザーの牧野も「インバウンドにおけるコト消費が増えている現状もあり、活用自体はどんどんするべき」と提言。「オンライン決済による観光地の入場券販売の仕組みが整えば、環境保全のために入場数を制限することも可能」と指摘した。

一方、葦津によると日本の神社は、人々が神との縁をもらう公共の場としての側面が強いため、拝観料を徴収しないケースが多いという。それを受けて牧野は「こうした施設にお金が落ちなければ、サステイナブルな運営が難しくなる。そのためには観光客から適正な対価を受け取ることも重要」と危惧を述べた。

高橋は「観光推進を目的にした世界遺産の活用に疑義を呈する意見はある」とした上で、「遺産の価値を正しく伝え、持続的な運営をしていくためには、多言語対応や複合的な提案が急務」と訴えた。

「例えば、オーストラリア・シドニー近郊の自然遺産(ブルーマウンテン国立公園)では、訪問者が長く滞在して楽しめるよう、イベントや見学コースの設定を工夫している。日本でも、それぞれの文化遺産が連携し、巡回できるような仕掛けが作れれば、より大きな経済効果が期待できるのではないか」(高橋)

ディスカッションの終盤では、日本を観光で訪れる外国人だけでなく、日本に定住する外国人についても言及された。高橋は「日本をよく知る定住外国人の情報発信を活用することが、インバウンド活性化の一助になるだろう」と白熱した議論を締めくくった。

今回のカンファレンスでは、夜間コンテンツや世界遺産をサステイナブルな観光資源として活用していく上での課題が整理され、今後進むべき方向についての道筋も示された。インバウンド拡大の切り札としてのナイトタイムエコノミー、そして世界遺産に今後も注目していきたい。

【登壇者プロフィール】
牧野友衛
トリップアドバイザー株式会社代表取締役。東京都出身。Google日本法人、Twitter Japanなどで要職を務め、2016年9月より現職。2014年より総務省の「異能(Inno)vationプログラム」アドバイザー。2018年、「東京の観光振興を考える有識者会議」委員に就任。

葦津敬之
宗像大社宮司。皇學館大卒。1985年、熱田神宮に奉職。1987年、神社本庁に奉職、1996年に主事となる。参事、財務部長、広報部長を経て、2012年に宗像大社に奉職。2015年6月に宮司昇任、現在に至る。ライフワークとして環境保全に取り組む。

高橋政志
ORIGINAL Inc. 執行役員、シニアコンサルタント。1989年、外務省入省。ドイツ連邦共和国等の日本大使館、総領事館勤務を経て、2009年より定住外国人との協働政策やインバウンド政策を担当。2014年よりUNESCO業務を担当、多数の世界遺産の登録に携わる。2018年10月より現職。

第1部レポート記事はこちら

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