カストリ書房
Photo: Kisa Toyoshimaカストリ書房
Photo: Kisa Toyoshima

吉原遊郭の歴史伝える専門書店「カストリ書房」が移転、店主の渡辺豪に歩みを聞く

移転前の7月8〜16日は吉岡里奈の個展「カストリ名所十景」を開催

Hisato Hayashi
テキスト:: Honoka Yamasaki
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1958(昭和33)年に「売春防止法」が完全施行されるまでの間、公許の遊郭として開かれていた吉原。その跡地にひっそりと構える「カストリ書房」は、遊郭・赤線関連の書籍を扱う専門書店だ。

消えゆく遊郭・赤線の歴史を今に伝えるべく、店主の渡辺豪が2015年に出版社「カストリ出版」を立ち上げ、2016年にカストリ書房を開業。オープンから7年がたった2023年7月、同じ吉原遊郭内への移転を発表した。

2023年7月8日(土)〜16日(日)には、カストリ書房移転に伴い、イラストレーターの吉岡里奈による個展「カストリ名所十景」が開催。この機会に吉原へ足を運び、遊郭の歴史に触れてみよう。

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消えゆく遊郭の歴史の前で立ち止まる

店主の渡辺は、もともとIT企業でアプリ開発やデジタルコンテンツの販売、ウェブサイトの運営、ディレクションなどを担当していた。その後、カストリ出版を設立し、カストリ書房を開業。渡辺の遊郭との出合いとは何か。

「30代半ばで遊郭に興味を持ち始めました。もともと古いものが好きだったんです。漠然と古いものが好きというよりは、自分の目の前でなくなっていくものに引かれていました。 

一方で、全国各地の観光地から外れたスナック街や飲み屋を旅することも好きで、のちに調べてみると、そこは遊郭跡であることが分かりました。そこから約12年間、趣味として全国の遊郭があった場所を取材し、その延長線上で始めたのがカストリ出版です」

ここ10、20年で遊郭跡地の建物は著しく壊されてきた。消えゆく遊郭の歴史を語り継げる最後の世代として、カストリ書房は存在している。 

「売春防止法が施行されたのは昭和33年。65年前に20歳だった人が、今は85歳になっています。日本の平均寿命は男性が約81歳、女性が約87歳(*1)とされているので、かつての娼家(しょうか)の主がなくなれば、建物自体も取り壊されてしまうわけです。遊郭を知る最後の世代の人たちが亡くなると同時に、建物も消えていく状況が起きているからこそ、遊郭と接することができる最後の世代として、カストリ書房が存在しています」

*1 令和3年簡易生命表の概況(厚生労働省)

吉原に足を踏み入れる若者世代

デジタルコンテンツが発達し街の書店が消えてゆく現代で、カストリ書房に人々はどのような価値を見いだしているのだろうか。 

「今やオンライン上での本の購入が一般化し、2000年から2022年で書店の数は半分(*2)に減少しているようです。となると、駅前にある書店がなくなっていく現状で書店を続けるに当たっては、人の流れやアクセスの良さは関係ないということです。特定のテーマの本を販売するからこそ、シンボリックな場所に店を構えることで、より多くの人が興味を示してくれるのではないかと考えました。

実際、カストリ書房は最寄り駅から徒歩10分ほど離れた場所にあるのですが、吉原遊郭跡に遊郭専門書店があることで、興味を持ってくれる人は多いように感じます。遊郭跡と聞くとなんとなく怖い印象を持つ人もいるかもしれません。吉原に足を踏み入れる勇気がない人にとっては、ここに書店があるだけで安心材料になるのかなと」

*2 出版科学研究所オンライン「日本の書店数」 

カストリ書房

カストリ書房の看板

たしかに、店に向かう途中には吉原のカフェー建築やソープランド、温泉などがあり、下町の風情が感じられた。そこで、近くの観光地である浅草ではなく、吉原に来る人たちの実態が気になった。

「カストリ書房で本を購入してくださる8〜9割のお客さまは、20代後半から30代の女性です。意外だと思われるかもしれませんが、そこには彼女たちと重なり合うジェンダーの側面が影響していると思います。具体的にいうと、かつては結婚や家庭内での役割、働く機会が奪われていることなど、社会の中で制限されることが「女性らしさ」につながるという価値観があり、それを受け入れざるを得なかった世代が20〜30代の女性じゃないかと。 

ジェンダー、セクシュアリティーなどに含まれてきた因習が解体されると同時に、女性を規定していたものが失われ、ある種「宙ぶらりん感」を感じている女性は多いはずです。このふわふわした気持ちを定めたいと思った時、ジェンダー抜きにしては語れない、過去の遊郭や性産業についての本を手に取ってみようという考えに至ったのではないかと思います」

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さまざまな歴史が交差する遊郭

店内に置かれている書籍は、カストリ出版の本や渡辺が書いた本を含めた新書が3割、古書7割だ。そのほか、カストリ書房オリジナルのグッズも見られる。

さまざまな思いをカストリ書房に寄せる渡辺。書店を開業するに当たって、こだわり抜いた点もあるらしい。

「『かっこいい』書店にはしたくなかったんです。かっこいいもの、かわいいものというのは、唯一無二の存在として思われがちですが、こうしたものほど、ある種の型に収斂されていくのでコピーしやすいと思うんですね。全く同じものが出来上がっていくことに対してコストをかけるより、かつて作業場だったこの建物をそのまま使うことにしました。組織に属すると『企画映え』するような書き方を求められることもあり、このようなことは実現しづらいと思います。なので今は、一人でしかできないことをしたいですね」

カストリ書房

カストリ書房の本棚

店内には、遊郭にまつわる本だけでなく、当時の歴史や社会を学べる本も置かれている。さらに奥に進むと、ほかでは見られない珍しい本も。

「(上の写真の)向かって左側の棚は江戸時代、真ん中は近代、明治、大正、右は戦後、昭和、現代に関連する本が置かれています。上から下に行くに従い、遊郭の仕組み、遊女の衣食住、当時の映画館、ストリップ小屋など、遊郭に関連する書物が多くなっていきます。

カストリ書房

資料室に置かれている本の一部

カストリ書房

売春宿があった全国地域の地図

また、店内の奥は資料室となっており、国立国会図書館で見られないような本を置いています。在庫を持てない古書だと、ほかの人に情報をバトンタッチできないデメリットがあるので、『閲覧』という形で資料室を始めました。本を購入しなくても、資料室目的の来店だけでも大歓迎です」

「カストリ書房を始めてから理解できたことの一つとして、遊郭そのものを知るには、その周辺も相対化しなければならないということです。例えば、遊郭で働いていた遊女たちは、単なる売春婦ではなく『芸能人』であったという言説があるとするならば、当時の芸能者と比較してみないと理解できない。

反対に、遊女が搾取されていて貧しい女性たちだったとすれば、ほかにも貧困の中、農家や工場で働く女性たちは存在していたはずなので、その人たちについても調べなければならない。ただ遊郭が存在するのではなく、当時の社会や歴史が地理的にも地続きだったということなんです」 

今回、Time Out Tokyoの読者に向けたおすすめの本を紹介してもらった。

「私が監修・解説した『赤線本』をおすすめします。私もそうなのですが、活字を読むのってしんどいですよね。スマホの登場以降、断片化された時間をメディアが奪っている状況にある今、活字に限らず、映画を1時間見続けるほどの集中力を持てない人は多いはずです。この本は短編集や漫画が含まれているので、そのような人でも短時間で遊郭の歴史にアクセスできます」

ここでは本のほかに、「パンパンガール」(米軍を相手に売春を行った女性たち)が着ていたドレスを復刻したものや、遊女が実際に使っていた洗浄タンクなど、当時の社会を物語る品を見ることができる。

カストリ書房

「パンパンガール」が着ていたドレスの復刻。洋服の生地が手に入らなかった時代は浴衣生地を解いてドレスを作っていたため、和柄のデザインが多い

カストリ書房

遊郭で使われていた洗浄タンク。仕事が終わった後、遊女が自分の大切なところを洗っていた。中には消毒液のようなものが入っており、性病予防や避妊の効果があるとされていた

カストリ書房のこれから

カストリ書房は形を変えることなく、同じ吉原の遊郭内に移転する。今まで伝えてきたことをこれからも伝え続けると同時に、新しい試みも考えているとか。 

「本の販売、展示はこれからも続けていきます。あとは、カストリ書房のお客さまは女性が多いことも重なるのですが、女性が安心して遊郭や性にまつわるテーマを話せる場所になればと。というのも、今まで隠してきたことを表で話せる場所は増えてきましたが、いまだに飲み屋に行っても、若い女性が上の世代の男性にからかわれている場面を目にしますし、とても気の毒に思います。

遊郭に興味があると話しても、多くの場合は誤解されてしまうわけですよね。なので、カストリ書房では安心して会話が楽しめる場所を作りたいと考えています」

カストリ書房

吉岡里奈による個展「カストリ名所十景」。昭和のムードを好んで描く作家だ

カストリ書房

グッズ一部

カストリ書房は、これまでにたくさんの展示を開催してきた。移転に伴い「現店舗さよならイベント」として、2023年7月8日(土)〜7月16日(日)の期間、吉岡里奈の個展「カストリ名所十景」が開催される。

「この店舗の築年はおそらく昭和30〜40年代で、退去後は取り壊されることでしょう。お世話になった建物の納めとして、吉岡さんに個展開催をお願いしました。吉岡さんとはカストリ書房がオープンした翌年の2017年よりお付き合いさせていただき、その後は毎年のように個展を開催してくださいました。

noteに詳しく書いていますが、私自身、20代の頃はクリエーター職を目指していたものの、最終的に見切りをつけました。出版社そして書店を営む人間として、吉岡さんの姿勢に教わることも多いと同時に、シンパシーを覚えることも多くあり、吉岡さんに個展を主催していただきました。ぜひ、皆さまにもお越しいただけますと幸いです」

Contributor

Honoka Yamasaki

レズビアン当事者の視点からライターとしてジェンダーやLGBTQ+に関する発信をする傍ら、新宿二丁目を中心に行われるクィアイベントでダンサーとして活動。

自身の連載には、タイムアウト東京「SEX:私の場合」、manmam「二丁目の性態図鑑」、IRIS「トランスジェンダーとして生きてきた軌跡」があり、新宿二丁目やクィアコミュニティーにいる人たちを取材している。

また、レズビアンをはじめとしたセクマイ女性に向けた共感型SNS「PIAMY」の広報に携わり、レズビアンコミュニティーに向けた活動を行っている。

https://www.instagram.com/honoka_yamasaki/

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