写真:大石慶子
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東京から盆踊りが消えた夏

築地、佃島、月島を巡り、盆踊りの原点に触れる

Mari Hiratsuka
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テキスト:大石始
写真:大石慶子

例年であれば、7月から8月にかけての東京は盆踊りシーズン真っ只中に当たる。だが、新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない2020年の夏、東京ではほぼ全ての盆踊りが中止になった。いくつかの地域ではYouTubeやZoomを使ったオンライン盆踊りが開催されるものの、この夏、街中を歩いていてどこからか『東京音頭』や『炭坑節』の音が聴こえてくることはまずないだろう。

東京全域からドドンガドンという音頭のリズムが消えるのは、太平洋戦争および終戦直後の数年間を除いて前例がなく、まさに異常事態といえる。 だが、盆踊りの原点にあるのは、祖霊供養を目的の一つとする盆行事である。東京のお盆に当たる7月半ばには、コロナウイルスが猛威を振るうなかでも例年どおり盆行事を行う光景が東京各地で見られた。迎え盆の7月13日、盆踊りの原点に触れるべく東京都中央区を訪れた。

お盆の時期は地方によって異なる。7月に行われる地域と8月に行われる地域に大別できるが、もともとは全国的に旧暦の7月に行われていた。それが明治に入って旧暦から新暦へと改暦されたことで、東京ではそのまま新暦7月にお盆がスライドされている。

一方、その時期は農繁期にあたる農村では、月遅れの新暦8月にお盆が行われるようになった。地域によって時期が異なるのは、そうした各地域の事情が影響しているわけだ。 各地域からの移住者が増えた戦後、東京でも8月にお盆を行うところが増えた。

だが、都内の古いコミュニティーではいまだに7月に行われる。今回訪れた中央区の築地、佃島、月島は、そうした伝統的風習を比較的残している地域だ。

築地本願寺、オンラインでの法要

この日、東京都内における代表的な寺院の一つである築地本願寺では、『盂蘭盆会(うらぼんえ)』が行われた。盂蘭盆会とはお盆の語源ともなっている法要の一種。古代インド様式をモチーフとした築地本願寺の本堂はゆったりとした作りで、参列者同士のソーシャルディスタンスも保たれている。

法要の始まりを伝える「行事鐘」を合図に盂蘭盆会が始まった。浄土真宗におけるお盆の考え方とは、ほかの宗派のように先祖供養を軸にしたものとは異なる。

築地本願寺のウェブサイトによると「阿弥陀さまの救いのはたらきに感謝し、その教えにあわせてくださったご先祖の皆さまのご恩を思う法要」なのだという。何種類かの念仏が唱えられた後、「みな共々に浄土へ往生いたしましょう」と唱える『回向句』で会は終了。なお、今回の法要はオンライン配信も行われ、来場できなかった檀家もモニターを通じて参加した。

築地本願寺ではオンラインでの法要にも力を入れており、アフター コロナ時代の盆行事のあり方について考えさせられる法要だった。

築地本願寺の盂蘭盆会に参列した後、佃島へ向かった。集落の入り口に着くと、玄関前に盆棚を設置している家があり、一人の僧侶がお経を唱えている。7月13日は迎え盆。帰ってきた祖霊を迎え入れる日だ。

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東京最古の盆踊り

佃島では東京最古の盆踊りとされる『佃島の盆踊』(東京都指定無形民俗文化財)が継承されている。この盆踊りは太鼓と歌だけで奏でられる極めて古風なもので、無縁仏の回向という目的も持つ古式ゆかしい盆踊りだ。

2018年には主催団体のお家騒動が表面化し、その結果二つの団体が7月と8月にそれぞれ盆踊りを開催してきたが、今年はどちらも中止に。例年であれば7月半ばには日中から櫓(やぐら)が組まれているものの、今年はその気配すらない。しとしとと降り続ける小雨が、盆踊りのない佃島の静けさをさらに際立たせる。

夕方になると、集落にかかる小橋のたもとに傘を差した住人がやってきた。彼らは線香に火をつけると、川に向かって静かに手を合わせた。軒先でおがらを燃やしているところもあり、佃島中に迎え盆のムードが充満している。

佃島の盆踊で長年音頭取りを務めてきた飯田恒雄を訪ねた。1938(昭和13)年に生まれ、代々この地に住む飯田にとっても佃島の盆踊は1年に一度の楽しみ。

飯田も「今年は盆踊りがないからつまらないねえ」と江戸弁でぼやく。盆行事について尋ねると、「昔はねえ、みんなあの川っぺりでやってたの。いまはここでやるぐらいだけど」と話し、慣れた手つきで線香に火を点けた。焼香台を玄関前に置くと、煙がふわりと立ち上がり、線香の香りが立ち込める。祖霊は今年もこの煙を目印に佃島に帰ってくるのだ。

「来年は盆踊りもやるから」という力強い言葉が、僕らだけでなく、まるで祖霊に向けられているようにも感じられた。

佃島の隣町の月島を車で通ると、四之部西町会による盆行事が行われていた。会場のわたし児童遊園(中央区月島3丁目)は隅田川のほとりに広がっており、かつてここには「月島の渡し」という渡舟の発着場があった。

地域住民はここで無縁仏を供養するとともに、いただいた火を自宅へと持ち帰って祖霊を迎え入れる。もちろん太鼓のリズムや音頭は聴こえてこないが、ここにも盆踊りの原風景が広がっていた。

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地域とコミュニティーに思いをはせる

『東京音頭』や『炭坑節』、あるいは『ダンシング・ヒーロー』や『アラレちゃん音頭』が鳴り響く都内の盆踊りからは、今回触れたような盆踊りの原風景は見えにくいだろう。こうした盆踊りは地域住民のためのひと夏のイベントであって、宗教行事というムードはもはや皆無である。

だが、盆踊りとは人と地域の関係を見つめ直す、1年に一度の希少な機会でもある。ドドンガドンという賑やかな太鼓のリズムが消えたこんな夏だからこそ、自分たちの住む地域のこと、コミュニティーのことについて改めて思いを巡らせてみてはいかがだろうか。

ライタープロフィール

大石始

地域と風土をテーマとする文筆家。 旅と祭りの編集プロダクション「B.O.N」。著書に「南洋のソングライン」「盆踊りの戦後史」「奥東京人に会いに行く」「ニッポンのマツリズム」「ニッポン大音頭時代』など。2024年5月に最新刊「異界にふれる ニッポンの祭り紀行」(産業編集センター)が刊行された。

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東京、ナイトプール2020
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