島地勝彦
Photo:Kisa Toyoshima島地勝彦
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伝説の編集長でバーマン、島地勝彦がBARを語る

「人生は運と縁と依怙贔屓である」サロン・ド・シマジの物語

Mari Hiratsuka
テキスト:: Tamasaburo
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テキスト:たまさぶろ

「『週刊プレイボーイ』の編集長時代は人生の真夏日。今は人生の小春日和だな」。

今、バーマンをしている島地勝彦は、そう笑った。

島地は出版業界でその名を知らぬ者なき、敏腕編集長だ。41歳で『週刊プレイボーイ』の編集長に就任すると、同誌を100万部を売る雑誌に育て上げた。その功績から51歳で集英社の役員に就任。その後は、『月刊プレイボーイ』を発行していた集英社インターナショナルの社長を67歳まで勤めた。

島地はその時代を「編集長の仕事はべらぼうに忙しかったよ」と振り返る。

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これまでの肩書の中で「今が一番面白い」

「若い頃『甘い生活』を観たんだよ。それでこれは女にモテる…と編集者とバーマンになると決めたんだ」。

『甘い生活(La Dolce Vita)』は1960年公開のイタリア映画。記者が有名女優と社交界で戯れる描写が多く、表題通りの甘い生活を垣間見られる、巨匠フェデリコ・フェリーニの名作だ。この映画をきっかけにして島地は、編集者とバーマンという2つの夢を見事かなえたことになる。

編集者、著者、バーマン……。これまでの肩書の中で「今が一番面白い」と明言する。「僕はね、人が好き。人と話すのが好きなんだよ。もの書きは人に会わないからね。多士済々のいろいろな人に会うには、こういうオープンな場じゃないと。もっとも僕はしゃべるだけ。著書を読んだ方が会いに来てくれる。7年やったら、バーマンは面白くて、辞められなくなった」。

初代「サロン・ド・シマジ」はわずか3坪

バーマンに転身したきっかけは、大西洋・元三越伊勢丹社長だった。島地の著書『甘い生活』『お洒落極道』を読んだ大西から、「人生の師匠になってくれ」と依頼されたのだ。

「新宿・伊勢丹本店のメンズ館8階に『お洒落コーナーを作ってほしい』と誘われた。若い連中とただフロアに立っているのは難しい。僕はシガーとウイスキーには一家言あったので『だったら、ちっちゃくていいからバーを作ってくれ』とお願いしたんですよ」。

こうして広さわずか3坪、初代「サロン・ド・シマジ」が2012年に誕生する。しかし2020年3月末日に閉店。西麻布の2代目は同年4月7日、島地79歳の誕生日にオープンした。

2代目のコンセプトは「アンティーク」。およそ50年ほどの歳月を経たバーを演出したかったという。内装はヌーヴェルヴァーグという映画の美術会社に任せた。だからなのか、壁面もすべてエージング加工が施されるという念の入れようだ。

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物件は30年もの間、使用されておらず、まさに島地がバーを開くために残されていたような空間。6メートルの高さを誇る天井には、フレスコ画の青空を垣間見ることができる。

壁面の棚には酒のみならず、自慢の蔵書も陳列されている。「これね、実際に手にとって読んでもらおうと思ったんだけど、あまりにも高い位置にあるのでさすがに落ちたら危ないから止めました」という。「ただ、これを見てお客さんには素敵なライブラリーと思ってもらえればいいし、また素敵なミュージアムと思ってもらえるとうれしい」と語る。

島地にとって人生の師匠は、柴田錬三郎、開高健、中尊寺の貫主(かんす)今東光・大僧正の3人だという。その書などがところどころに飾られ、横尾忠則の原画などが並ぶ。これらの膨大な作品を眺めているだけで、時が流れていってしまいそうだ。

そんなことを考えていたら、島地は「後ろの時計を見てごらんなさい。その時計は反時計周りに進むので、ここに来たみなさんが若返るようになっている」と凝った掛け時計を指差した。

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ある時はバーマンが先生、ある時はお客さんが先生に

かねてから「バーカウンターは人生の勉強机である」と公言してやまず、同名の書籍も上梓している。「ある時はバーマンが先生、ある時はお客さんが先生になったりする」と切り出すので、「もう学ぶことなどそうそうないのではないか」と返すと、「いやいや、まだまだお客さんから新しいことを教わるよ」と、あるエピソードに話が及んだ。

「3回結婚して3度離婚したというお客さんが来た。どの奥さんが一番だったかと聞いたら、『一番目の妻が忘れられない』と言う。別のお客さんは『私の父は4回結婚して自分には異母弟妹が6人いるのですが、死が近づいたことを知った父が自分だけを枕元に呼んで、お前のお母さんが一番だったとこぼしたものです』と言う。偶然とはいえ、これを聞いて一番目の奥さんが一番というのは、真実なんじゃないかと思います」とのこと。

『男と女は誤解して愛し合い 理解して別れる』という書名の、人生相談の連載を書籍化した著作がある島地でさえ、まだまだ感心する出来事は多い。

バーでは深い話が聞ける

「(編集長時代は)天皇陛下以外は皆お会いした。田中角栄もインタビューしました。取材は人を選んで行く、今はむこうから来てくれる。どちらが面白い話が聞けるか、深いかと言えば、バーのほうが深いね。人生を回想し、自慢したり、反省したりできる。3回離婚した話なんて、取材ではなかなか聞けない」とバーカウンターの奥深さについても、とつとつと語る。

ウイスキーを転売するなど「下品にもほどがある」。「下品な者は、品格ある人を尊敬し学ぶ、本を読んで学ぶ、バーからも学びなさい」と手厳しい。「お酒を嗜むことを知らないから、覚醒剤に走ったりする」と、バーの効能を語ると止まらない。

バーマンとしてうれしかったのは伊勢丹時代にサロン・ド・シマジで知り合った男女が結婚し、子どもができた報告をしに来た時だという。「良いこと、うれしいことがあったらぜひいらっしゃい。一緒に喜びを分かち合おう。人生のどん底にいるとき、いらっしゃい。一緒に泣いてやろう。そんな人生を共有できることが、バーの面白さ」。

さあ、スマホは上着のポケットにしまって、サロン・ド・シマジの扉を開こう。

  • 西麻布

イギリス人建築家ナイジェル・コーツが、1990年台初頭に手掛けた西麻布「アートサイロビル」の地下1階にあるウイスキーバー。元週刊プレイボーイの編集長であり、現在は作家として活躍する島地勝彦がオーナーを務めており、2020年に新宿伊勢丹からこの地に移った。

6メートルの高さを誇る天井には、フレスコ画の青空が描かれ、島地が蒐集した開高健やバスキア、横尾忠則などの、貴重な絵画や蔵書などが飾られている。猫好きということで猫をモチーフにしたアート作品が多く見られるのも特徴的。

最初の一杯には、サロン ド シマジの定番メニュー「スパイシーハイボール」がおすすめ。タリスカー10年をサントリーの山崎プレミアムソーダで割り、スコットランド産のピートで燻製したブラックペッパーをかけたものだ。

執筆:たまさぶろ

1965年、東京都渋谷区出身。千葉県立四街道高等学校、立教大学文学部英米文学科卒。「週刊宝石」「FMステーション」などにて編集者を務めた後に渡米。ニューヨーク大学およびニューヨーク市立大学にてジャーナリズム、創作を学ぶ。このころからフリーランスとして活動。Berlitz Translation Services Inc.、CNN Inc.本社にてChief Director of Sportsとしての勤務などを経て、帰国。

「月刊プレイボーイ」「男の隠れ家」などへの寄稿を含め、これまでに訪れたことのあるバーは日本だけで1,500軒超。2010年、バーの悪口を書くために名乗ったハンドルネームにて初の単著「【東京】ゆとりを愉しむ至福のBAR」(東京書籍)を上梓、BAR評論家を名乗る。著書に、女性バーテンダー讃歌「麗しきバーテンダーたち」、米同時多発テロ前のニューヨークを題材としたエッセイ「My Lost New York ~ BAR評論家がつづる九・一一前夜と現在(いま)」。

「あんたは酒を呑まなかったら蔵が建つ」と親に言わしめるほどの「スカポンタン」。MLB日本語公式サイトのプロデューサー、東京マラソン初代広報ディレクターを務めるなどスポーツ・ビジネス界でも活動する。

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