若者がクラブに感じる疎外感
壇上では、ナイトカルチャーにおける世代間のギャップや、文化の多様性など、幅広く意見が交わされた。最初に、現役大学生の浅田が、若い世代にとってクラブ文化の敷居が高いことを問題提起した。
浅田:周りには、そもそも「DJ○○って誰?」とか「1ドリンク1,500円ってどういう意味があるの」とか思っている人も多い。クラブが摘発されたり、風営法が改正されたりして、知らないところでカルチャーも変わっているようで疎外感を感じてしまうんです。
伏谷:これまでは、訪日外国人に日本を楽しんでもらうためにナイトタイムエコノミーの重要性が語られることが多かったのですが、先日出席した観光庁の会議では「そもそも日本の若者たちはナイトライフを楽しんでいるの?」という声が上がっていました。
浅田:私自身、夜に遊んではいるのですが、友達が紹介してくれたり、DJをしていたりするイベントばかりなんです。「行ってみたいけど、一緒に行く友だちがいない」というイベントの場合、敷居が高くて、「内輪で何かやってるな」と感じてしまいます。
「クラブは敷居が高い」と若い世代の思いを代弁する浅田奈穂
伏谷:昔は、敷居が高いところに頑張ってついていくのが1つのカルチャーだったんですよ。12インチレコードを売っているような店は、レジカウンターが客の目線よりも高くて圧迫感すらあったんです。でも「それを乗り越えてレコードを買った俺、すごい」という感じでコミュニティに入っていったんです。その結果、コミュニティへの帰属意識が高くなり、排他的な世界ができてしまったのかもしれません。すると若い世代にとっては、「そんなに面倒なら僕はコミュニティに入れなくていいです」となったのだと思います。
コーカー:日本では、会社の経営陣がみんなおじさんということがよくあります。クラブでも同じく高齢化が進んでいて、20代でDJをブッキングしたり、クラブナイトを開催したりする人があまりいない。ブッキングしている側が若くないんです。そこも関係しているかなと思います。
ナイトカルチャーは、決してクラブだけではない。バーや劇場、サークルなど多様な選択肢があることは忘れられがちだ。トークは、若者の憩いの場の変化についてもおよんだ。
伏谷:当時のクラブは、サードプレイス(第3の居場所)的な役割を持っていました。心地いいから何度も行くという人も多かったと思いますが、今はそういう捉え方は多くないのかなと思います。
クラブに対する人々の見方が変わってきたと指摘する伏谷博之
竹下:(浅田)奈穂ちゃんにとってのサードプレイスはどんなところですか?
浅田:私にとってはシーシャバーでした。そこでは常連さんとおしゃべりをしたり、大学の課題をしたりしていました。夜遊びはクラブだけではないというのは分かっていても、ほかは開拓しづらいんですよね。
齋藤:(夜間経済の活性化について議論する)自民党のナイトタイムエコノミー議連は、風営法改正が起点となって発足したので、どうしても「みんなもっとクラブ行きなさいよ」という話になってしまっています。もっと幅広い議論が必要だと思います。
ナイトライフの多様性をPRする難しさ
かつて若者たちがフライヤーや友人などを通して得ていた情報は、現在ではインターネット上で簡単に手に入る。ナイトライフの捉え方は、時代とともに多様化、細分化しており、ペルソナを作ることは容易ではない。壇上では、ナイトライフを多角的に捉えることの必要性についても意見が交わされた。
齋藤:観光庁の夜間経済に関する検討会で、日本人や観光客の消費行動の仮説を作り、それに沿った投資をしていこうという話が出ました。僕はその作り方が肝だと思っていて、有識者のおじさんたちによる勝手な仮説ではなく、みんなの期待をどう吸い上げるのか(が大切だと思います)。昔はワンパターンで、みんなの憧れが1つ決まっていましたが、現代では、いろんな国、年齢層、趣味嗜好の人たちがいます。これだけ多様化している中で、どうやって消費行動に結びつけていくのかが難しいんですよね。
ナイトカルチャーを多角的に捉える必要性を強調する齋藤貴弘
コーカー:ヨーロッパの国は、結構アートに出資しているじゃないですか。アーティストや美術館が、国から金を得ることができているし、ギャラリーやスタジオ、クラブなどのスペースもアートとして認められている。ですが日本では、「遊ぶ場所」としか捉えられていません。20代の人たちが自由に使えるような場所を、国が提供してあげることが必要だと思います。
でも同時に、ビジネスとしてもしっかり運営していかないといけない。誰が演奏して、入場料をいくら取るのか、というような経済的プレッシャーが大きすぎると、崩壊してしまう。うーん、難しいですよね。
「行政によるアートやナイトカルチャーへの支援が必要」と語るローレン・ローズ・コーカー
齋藤:風営法改正でクラブ営業のライセンスを取れるようになった店舗は、繁華街に位置し、キャパがあるところがほとんどです。つまり、儲かると見込まれた場所です。これは、法改正が「成長戦略」という文脈で行われたことが理由だと思います。でも外国人にとっては、そうした大きなハコばかりが魅力ではないかもしれませんよね。そうした点を政治家にしっかりプレゼンするのは、とても難しいんです。
一昨年アムステルダムで開かれたナイトメイヤー(夜の市長)サミットに行ったのですが、(クラブ事業者ら)若い子たちが参加して、「自分たちのやっていることは、これだけ価値があり大切なんだ」と、一生懸命プレゼンしていました。例えば、「ヴェニュー単体での収益は少ないかもしれないが、クリエイティブ産業から来たお客さんに対し、インスピレーションを与えることができるので、人々への波及効果がすごいんだ」というように。価値のあるものを作っているなら、自分たちがそれをどう伝えていくのかということを、しっかり考えなければいけないですよね。(日本では)自己満足で終わっているような印象を受ける場合もあります。
ナイトメイヤーサミットの参加者ら ※photo: www.raymondvanmil.nl
求められる積極的なロビーイング
夜の文化は草の根的に広がったものも多いため、社会に広く理解されるのは難しい。多様な文化を守り続けるためには、若者や夜間経済に携わる人々の自発的な行動も必要だという意見も上がった。
浅田:若者がカンファレンスに出てアピールできればいいですが、日本では、そういう会議がおじさんの集まりになっちゃうわけじゃないですか。蚊帳の外からでも、私たちが何かできることはあるのでしょうか?
コーカー:記事を書いたらいいのではないでしょうか?
齋藤:そうなんですよね。表現の自由や参政権などは、理屈では習うんですけど、ちゃんと(記事を書いて世論に問題提起するなどの)スキルとして身に付けることが必要なのかなと思います。風営法改正でも、最初は資金や政治的ネットワークなどのリソースはありませんでした。署名活動から始まり、みんなの声が大きくなって、メディアにも取り上げられ、社会的に広がった。すると、関心を持ってくれる政治家や企業も出てきて、どんどんリソースが増えてくるんです。ヨーロッパの人たちは、こういうことをしたたかにやっているんじゃないでしょうか。(日本では)どうしても不満ばっかり言っちゃうんですよね。「なぜこんなに虐げられているのか」と。
竹下:ロビーイングの時、警察や政治家っていうのは話せば分かる人たちなんでしょうか?それとも、かたくななおじさんたちなんでしょうか?
司会の竹下隆一郎
齋藤:大半は話せば分かります。むしろ「規制緩和で自由にしようと言っているのに、なんで話してこないんだ」という、要望者に対するストレスが大きかったと思います。ヨーロッパでは、自分たちの表現を形にするため、助成金とか政治家とのネットワークとか「使えるものは使う」というしたたかさがあるんですよね。もちろん、伝えるための話法やコピーライティングは難しいんですけど、日本は「伝えていないだけ」という感じがします。
伏谷:風営法改正の過程で、当事者がどれだけパッションを持って「変えたいんだ」という思いを伝えようとしているのか、という点に課題を感じました。もちろん、グレーの状態で営業しているから(顔を出せない)という事情もあったとは思いますが、弁護士が矢面に立って、事業者がその後ろにいるようにも見えました。
齋藤:どうしても、SNSなどでみんなで「怒り」を共有して満足しがちなんですけど、大切なのは、どうやって前に進めるのかということです。感情とは別で、相手がこう来たらこう返すというような詰め将棋のような戦略が必要なんです。
必要なのはコミュニケーション
聴衆との質疑応答に入ると、来場者のクラブ関係者の男性が、「夜の遊び方」について浅田ら若者にメッセージを送る一幕もあった。彼は、肩肘張らない姿勢にこそ、ナイトライフを満喫するヒントがあると強調した。
聴衆の男性:若い子はどこに行けばいいのかという話がありましたが、知り合いを作りに行くというのもいいのではないでしょうか。特に小箱には、二度と会うことはないかもしれないのにおごってくれるような、良いおじさん、おばさんがいっぱいいるんですよ。高齢化は仕方ないかもしれないですが、クラブの良いところは多様性です。それは世界共通で、職業や性別は関係ないんです。
「友だちを作りに遊びに行っては」とアドバイスを送る聴衆の男性
浅田:そうですね。私はおじさん世代を知らないし、多分おじさんたちも私たちのことは分からないですが、小さいハコの魅力は、そんな「一期一会な感じ」にあると思います。 ほかにおすすめのイベントや場所はありますか?
コーカー:お酒を飲まない友人は、夜にパズルカフェに行っていますよ。外国人の友だちも案内しています。あと、『昭和歌謡ナイト』というイベントが毎月、渋谷のリズムカフェで行われています。外国人DJが歌謡曲をかけるもので、だんだん規模も大きくなっています。お酒もあるし、ユニークな催しですよ。
各地に点在する大小さまざまなクラブは、東京が誇る夜の遊び場だ。ただ、この巨大都市のナイトライフは、決してそれだけではない。テーマカフェやスタンダップコメディ、パブクロール、観劇など選択肢は無数にある。クラブに行きづらいなら、別の遊び方を見つければいい。そんな気楽な捉え方が、東京のナイトカルチャーを一層盛り上げることに結果的に繋がるのかもしれない。齋藤の最後の言葉がそれを表していた。
齋藤:このイベントの前に、お客さんたちとナイトツアーで恵比寿の街を回ってきました。初対面の人たちばかりでしたが、みんなお酒を飲んで出来上がっていました。「もうトークイベントなんてやらなくてもいいや」みたいになっていましたが、そういう(リラックスした)コミュニケーションが必要なのではないでしょうか。
トークイベント前に行われたナイトツアーの様子