東京にロングラン型エンターテインメントを

ナイトタイムエコノミーの鍵を握る、キラーコンテンツの創出

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日本を訪れる外国人観光客が年々増加する反面、旅行者1人当たりの消費額が低迷している状況に対する打開策として関心を集めているのが、ナイトタイムエコノミーだ。2017年4月には「時間市場(ナイトタイムエコノミー)創出推進議員連盟」が設立されるなど、訪日外国人の夜間の消費活動の喚起に取り組み、観光事業の成長や地域活性化、経済成長を目指す動きは日増しに活発化している。

多様な可能性を含む夜の経済圏のなかでも、日本で特に足りていないコンテンツのひとつとして挙げられるのが、常設型/ロングラン型のエンターテインメントだ。2017年12月21日に開催されたトークイベント『世界目線で考える。ナイトタイムエコノミー/ロングラン型エンターテインメント編』では、ミュージカルをはじめとするロングラン型エンターテインメントの日本市場での展開をテーマに、その可能性と課題についての議論が行われた。

会場不足と情報面のインフラ整備

登壇したのは、『フエルサ ブルータ(FUERZA BRUTA WA!)』のロングラン公演を実現させたアミューズの辰巳清と、劇団四季などで数々の舞台作品のプロデューサーを務め、現在は「クールジャパン応援新聞」の編集長である瀧内泉、自民党ナイトタイムエコノミー議連の座長を務める齋藤貴弘弁護士の3人だ。イベントの前半では、ロングラン型エンターテインメントに対する三者三様の見解が語られた。

事業者と行政の間に立ち、ナイトタイムエコノミーにまつわる動向を広く知る齋藤は、ロングラン型のコンテンツが不足している背景として「会場不足があります。例えば『シルク・ドゥ・ソレイユ』の小屋は仮設建て物なのですが、日本だと仮設の建て物を借りることができる期間は1年しかない。議連では、この期間を伸ばして行こうという話し合いがされています」として、規制緩和の必要性を訴えた。また、「インバウンドの観光客向けのプロモーションや情報発信が行われていない、チケットを買うことが難しいなど、情報面のインフラ整備もしていかなくてはいけません」とも指摘した。

『フエルサ ブルータ』の新作を東京で

2017年8月から品川プリンス内でロングラン公演を続け、東京のロングラン型エンターテインメントの新たな成功例として注目を集めている『フエルサ ブルータ Panasonic presents WA!-Wonder Japan Experience』。製作プロデューサーを務める辰巳は、同作の企画・製作の経緯を語った。

「企画のポイントとしては、まずは需要があったこと。会場のステラボールがある港区高輪あたりには、約6000室の部屋があると言われています。稼働率は90パーセント以上で、うち60パーセントが外国人観光客。部屋はツインユースがほとんどですから、だいたい1万9000人くらいの観光客がいる。そこで、ホテル様側から、エンターテインメントが足りていないというご相談を受けたわけです。

『フエルサ ブルータ』は、2014年に赤坂で公演を行ったことがありまして、約6万人を集客した実績がありました。世界60都市で公演を成功させている彼らの、東京でしか観ることのできない新作として、日本人のみならず、訪日外国人にとっても魅力的なコンテンツとなることを目指しました。

『WA!』は新作なので、我々はコンテンツホルダーとなります。今後東京以外で同作の公演が行われてもロイヤリティが入って来る、ということも重要です。現在、2018年2月末までの公演スケジュールを発表しておりまして、できれば東京公演を延長したりだとか、国内各都市、海外へも展開していければと考えています」。

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ロングランの本質とは

瀧内は、日本のロングラン型エンターテインメントの最大のヒット作と言える劇団四季の『ライオンキング』のプロデューサーを務めたキャリアを持つ。彼のプレゼンテーションでは、「ロングラン」の定義が多角的に述べられ、その秘訣が惜しげなく語られた。

「ロングランとは何か。『初演の時点で終わりが決まっていないもの』と定義できると考えています。終わりが決まっているものは、公演回数が決まりますから、回数×客席数で、総客席数が決まります。総客席数が決まると、おおよその総収入が立つわけです。制作費は、そのおおよその収入予想をもとに分配をしていく。しかし、ブロードウェイ作品などの終わりが決まっていないものは、総客席数が決まりません。もしかしたら数週間で終わってしまうという可能性もあるなかで、10年、20年という歳月に耐えうるものを作るために予算や内容を決める、という考え方で製作を行うわけです。

劇団四季は日本最大のロングラン集団と言えると思います。劇場を自前で持っている、ということがロングランを実現させている最大の要因です。かつての劇団四季の劇場は、先ほど齋藤さんがお話されていた仮設建築で作ったものがありました。なので、使える期限があります。そこで、来場客が付近の商店街を利用する導線を作り、シャワー効果で街が潤う仕組みを作る。街全体を巻き込んで、使用延長を繰り返して、ロングランを実現させてきた。街が潤うことで、街と結託できる。夜は特に消費が活発になりますし、観劇の後は楽しい気持ちになりますから財布の紐も緩む。ナイトライフの充実はそういう意味でも重要だと考えています。


ロングランするコンテンツとは何か。例えば、外国人が気に入る日本のお菓子は何でしょうと考えると、日本人はおせんべいとか和菓子を勧めがちです。ところが、外国で売られている日本のお菓子と言うと、例えばドバイでは『ヨックモック』が大人気です。シンガポールでは、クリームパン。台湾だと、大阪のBAKEのチーズタルトが大行列を作っています。外国人は、日本産の洋風のもののなかにも日本を感じている。

もう1つ例を挙げると、2013年の2020年オリンピック・パラリンピックの東京招致のプレゼンテーションの際に、VTRが流れました。東京を紹介するVTRなのですが、登場人物に日本人がほとんど出てこないんですね。これは、五輪招致請負人と呼ばれる演出家のニック・バーレーさんが手がけた映像です。彼が、東京の魅力を伝えるためには、オリエンタルなテイストや、日本人という単一民族をアピールする内容にしてしまっては、見る側が引いてしまうため、多様な人種や言語、宗教観が許容されているということがベースにないといけない、と言って作られたと聞いています。

日本の魅力を伝えるために、日本人は日本の古典を活かしたものを作りがちですが、求められているのは必ずしもそういったものではなく、現代風のものでも伝わるわけで、コンテンツそのものの魅力をきちんと伝えるために、プロダクトアウトではなくマーケットインで考える。そうした攻め方に勝機があると思います。

ロングランの本質を考えたときに、例えばトリップアドバイザーのランキングを見てみますと、ほとんどが神社仏閣や公園、景色なんですね。デービッド・アトキンソンというイギリス人アナリストが書いた『新・観光立国論』に、観光で大事な三大要素は「食」「景観」「歴史」である、ということが書かれています。なぜ観光客はこれらをめがけて来るのか。それは、いつ行ってもあるものだからです。必ずあるから体験しに行く対象となるわけで、日本のエンターテインメントは得てして有期限だから、それらをめがけて来ていただくチャンスが少ないのです。ナイトタイムエコノミーを活性化させるために、ロングランのエンタテインメントを作る必要があると私は考えています」。

スターシステムからの脱却

イベント後半はタイムアウト東京代表の伏谷博之も加わり、ディスカッションが行われた。

伏谷が投げかけた「今まで日本にロングラン型エンターテインメントが根付かなかったのはなぜか」という問いについて、瀧内は歌舞伎を引き合いに出して分析した。

「歌舞伎という文化が日本の芸能、特に箱型のエンターテインメントを作ってきた、という人がいます。歌舞伎にはスターがいて、観客はスターをめがけてやってくる。日本で客が入るプログラムというのは、スターシステムに依拠している部分が非常に強い場合が多い。それと同時に、日本の劇場は公共性が高くて、ひとつの劇団やカンパニーに長期間貸さないという暗黙の習慣がある。

このように、全体的にロングランに向かない雰囲気があったんだと思います。対して、ウェスト・エンドやブロードウェイは経済効率を求めるので、一度作ったものを使い回していけば儲かるじゃないか、コピーすれば世界に売れるじゃないかと考える。コピーするためにはスターを目掛けて観客が来るコンテンツではダメなわけです。

アジアの国々では、経済的に豊かになってきたことで他国のコンテンツの人気が高まってきています。日本に来る観光客もアジア系が多いことを考えると、そろそろ経済効率を考え、コンテンツを日本国内だけでなく、アジアに展開して行くやり方が通用するのではないでしょうか。

中国のエンターテインメント業界が急激な立ち上がりを見せているなかで、THAAD※ の問題以降、彼らの意識が、韓国から日本に大きく切り替わっています。なので、今はエンターテインメント業界にとっては追い風です。10億円、20億円という規模の事業計画に良い反応を示してくれる中国の投資家も出始めています」。


※2016年7月8日、大韓民国は朝鮮半島有事に備えて、THAADミサイルを在韓米軍に配備することを決定。これを非難する中国は、2017年3月15日より
「禁韓令」を開始。韓国への団体旅行商品の販売中止を国内旅行会社に命じた。

集積地の必要性

伝統的な体質やシステムと向き合わなければならない一方で、箱不足など、会場にまつわる課題もある。辰巳は集積地の必要性を訴える。

「1つの地域に1つだけ劇場があっても、それがヒットコンテンツを飛ばすのはなかなか難しい。ブロードウェイしかり、シリコンバレーしかりですが、特定の地域にたくさんのエンターテインメントが集合している地域を作ることによって、あらゆる人種の作り手が、あらゆる人種の観客に届けられるようになる。我々も切磋琢磨(せっさたくま)できるようになる。それが進むべき道だと思っています」。 

東京にも有楽町や銀座など、劇場が集まっているエリアはある。それらがブロードウェイのような存在になることは、可能なのか。辰巳が続けた。

「劇場が路面にあるということが、東京とブロードウェイの大きな違いでしょう。ブロードウェイには、ビルの上階にある劇場というものはない。非常に難しいことですが、入口が路面に向いている劇場が立ち並ぶようになっていったら理想的です」。

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脚本開発に重心を置くには

インバウンドを見据えたコンテンツを作る上で、「ノンバーバル」である必要はあるか否か。言語の壁は大きいように思えるが、辰巳と瀧内の答えは共通して「どちらでも良い」だった。瀧内は、「言葉の有無よりも、観客が感じてくれるものを作ることが重要」としながら、日本の演劇が陥りやすいポイントを指摘した。

「日本の演劇は会話劇になりがちです。会話劇は劇中のやりとりを理解しないと分からないわけです。ずっと言葉を丁寧に聴き続けて理解することに重きが置かれる場合が多いように感じます。一方、『ライオンキング』のメッセージはハムレットで見られるような復讐劇一本に絞ってある。観客の誰もが、これは父の敵を討つ話なのだとすぐに理解できる。プロットがシンプルな一方、セット、衣装、音楽、照明やダンスに力を入れ、見ていて楽しいものを作るので、言葉や人種、宗教の壁を超えて、多くの人に楽しんでいただける。日本語劇でも外国人に受けるものは作れると思いますが、『言葉を重ねて理解していただく』ものよりも『感じて楽しんでいただく』というのが大前提です」。

イベント終盤には、コンテンツのタネとなる脚本作りについて、観客から質問が投げかけられた。いわく、例えばカンヌ映画祭はテルアビブとミランにフィルムラボという施設を持っており、そこに持ち込まれた脚本そ専門家たちが徹底的にブラッシュアップする。そうした過程を経て完成度を高めた脚本を元に、ファンドレイジングなどを開始していくのだという。そうした「タネ作り」に重きを置いた制作体制は、日本に欠如している。それはなぜなのか。瀧内が答えた。

「収益を最大限得るためのノウハウとして、分かりやすくて世界に通用する脚本を作るためにワークショップやトライアウトを重ねる、というハードルが必要です。そのハードルを超えないと、世界に通用するロングランの作品にはたどり着かない、という方法論が海外にはあります。

日本では、出来上がってきた脚本を使って稽古して、多少は変わりますが、人前に晒される時=本番です。そして、数日から長くても数ヶ月公演して、お客が入った、入らなかったで終わり。これを延々繰り返してきているわけです。これでは経済効率が悪い。脚本開発に時間とお金をかけようということにはならないと思います」。

ソフト面とハード面、双方で課題は山積している。それらを克服し、現在のインバウンドの盛り上がりが、日本が文化的な発展を遂げる契機となることを期待したい。

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