タイムアウト東京 > 映画 > インタビュー:石原海
テキスト:須賀華呼
ロンドンを拠点に、学生でありながら映像作家として活躍する「UMMMI.」こと石原海。彼女にとって初の長編映画『ガーデンアパート』が、テアトル新宿を皮切りに、2019年6月7日(金)から全国で順次公開中だ。同作は短編作品『忘却の先駆者』とともに『ロッテルダム国際映画祭 2019』のBright Future部門に選出されたことも記憶に新しい。
東京の夜をさまよう、居場所のない若者、そして女たち。本作は、一晩で繰り広げられる愛と狂気の物語だ。15歳で映像作品を撮り始めたという若手アーティストに本作への思いを聞いてみた。
ーまず、海さんは現在ロンドン在住ということなんですが、渡英したきっかけは何だったのでしょうか。
今、こっちに来て8ヶ月くらいですね。イギリスに行くことになったのは、助成金をもらえることになったからです。今は学生をしながら制作活動をしています。
ーイギリスの雰囲気には慣れましたか?最近の活動についても教えてください。
雰囲気は鬱々(うつうつ)としてますね、やっぱり(笑)。最近は、BBCチャンネルやBFIという映画館のコミッションでショートフィルムを撮りました。サウスロンドンギャラリーのニューコンテンポラリーというアワードに入選したり。ロンドン市内のギャラリーでの展示なども控えています。
ー本作『ガーデンアパート』を撮る前はどのような作品を制作していましたか。
ガーデンアパートの前までは10分くらいの短いビデオアートのような映像作品を撮っていました。いわゆる、エッセイフィルムです。パーソナルで、ホームフィルムのような。友達を撮ったり、その映像に自分が書いた物語や詩を付けたりとか。あと、写真も撮っていました。
UMMMI.'s Lonely Girl - short ver from UMMMI. on Vimeo.
ー影響を受けた映画監督や作品などはありますか。
15歳くらいの時にハマっていたのが、ジャン=リュック・ゴダールやマルグリット・デュラスの作品ですね。今でも、影響を受けています。テレビでゴダールの『愛の世紀』が放送されていたのをたまたま見て。「ああ、こういう映画もあるんだ」と。自分のやりたいことって、こういう作品を撮ることなのかなと思ったんです。その後、ゴダールを通してデュラスを知りました。フィルムに詩をつける「エッセイフィルム」のような要素は、彼女の作品から影響を受けました。映像作品を作りはじめたのも、彼らの映画にハマった15歳くらいから。最近は、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーやジョン・カサヴェテスのように、身の回りの人や恋人など、素人の役者を使って映画を撮るスタイルに影響を受けています。
ーでは、「映画」という形の作品を撮るきっかけは。
直接のきっかけは『山形国際ドキュメンタリー映画祭』っていうイベントに参加したことからです。批評家として参加したんですけど。批評家として採用されたら「宿泊費が無料で映画も見放題」っていう募集に惹かれて(笑)。応募してみたら、受かったんですよ。フェスティバルはその雰囲気というか空気そのものがすごく好きでした。みんな映画というものにちゃんと向き合ってる。今までは現代美術などのアートの分野で制作してきたけど、もう少しドラマのようなものも撮ってみたいなと、この時に感じましたね。
ー主演を務めたひかり役の篠宮由香里さんは、海さんが一目惚れしてスカウトしたそうですね。
由香里ちゃんは、もともと友達の友達でなんとなく知っていたんです。直接知り合ったのはエイトボールジンっていうZINEのコレクティブが来ていた時のイベントで。会った時にすごく雰囲気がいいなと思いました。キャスティングでは、他の人もオーディションしたのですが、やっぱり由香里ちゃんが良いなと思ってお願いしました。
ひかり(篠宮由香里)
ー海さんの作品には女性が多く登場しますよね。
個人的に女の子といると発見が多いと思っています。「女性というのは謎に満ちた存在であるな」と思うんですね。ざっくりした言い方ですけど、振り幅が大きいというか。いざという時には、飛べるところまで飛べてしまう。私の周りだけかもしれないのですが、そういう子たちが多いですね。女性のそういった謎に満ちている部分を解明したいのかもしれないです。
もちろん、男の子たちの青春映画とかも嫌いじゃないんですが、あまりマスキュリンな感じがしすぎる物は好きじゃないんです。女の子は道端でたむろしているような、ガールギャング的な方が好きですね。
ーガールギャングっていい表現ですね。本作を見て感じたのですが、登場する女の子たちから東京ならではの孤独感や退廃的な雰囲気が伝わってきました。
そうそう。「東京って、孤独な街だな」っていつも思いますね。太陽の青っぽい感じとか、光のせいかなって時々思うんですけど。一人一人が感じる寂しさの度合いって、違うんだなって。例えば足が早い人と遅い人、ご飯食べるのが早い人と遅い人って、それぞれ違うのと同じで。寂しさの尺みたいなのが存在すると思うんです。ガーデンアパートでは、孤独というものをどう受け止めていいか分からない人たちに寄りそって撮りました。テーマという訳ではないんですが、意識して撮りましたね。
ー京子とひかりはそれぞれに愛を求めながらさまようわけなんですが、海さんの恋愛観はこの映画に反映されていますか。
そうですね。撮ったのは3年前ですが、当時の恋愛観っていうのは少し含まれているのかな。今とは全く違うかもしれません。イギリスに来て色々な気持ちの変化がありました。
ー日本のスタンダードであるモノアモリー(※)という恋愛感について、海外で生活していて違和感を感じますか。
最初にイギリスに来た時、実はもっといろんな恋愛観を受け入れてもらえると思っていたんですけど、以外とそんなことなくて。「浮気が最大の罪」みたいな空気があるんですよ。日本だと、浮気はよくないけど、してる人もいるよねって受け止められている感じがするじゃないですか。イギリスではそれよりも全然タブーな雰囲気で。こっちに来て初めて浮気っていけないんだって思いましたね。1人の人をずっと大事にしたいと思うようになりましたね。
(※ )モノアモリー:浮気や不倫をしない、一人の相手と恋愛をする人のこと
ーなるほど、全く違う返答を期待していました。劇中の、夜の街を彷徨うひかりのシーンから少しそういったモノアモリーを否定する要素があるのかと思いました。
なぜ人は、好きという前提の人がいるのに、気の迷いを起こしたり、浮気をするのかな?とかいつも考えてはいたんです。そういう心理を内側から解明したかったのかなと思います。迷っていることすら肯定していきたい。ダメな人も肯定しちゃうというか(笑)。人は人生で沢山迷うし、迷いながら生きていくモノだなと。
京子(竹下かおり)
ー何となく行き場がない登場人物たちを、どのような思いで撮りましたか。
私自身、東京に住んでいたころ、常に居場所がなくて。バイト先や家、親でもない。どこに行っていいのか分からない気持ちでいたんです。なので、この映画を撮っていた頃はいつも飲み歩いていました(笑)。そういう時に、それを受け止め合いながら、誰かと一緒に過ごせるシェルターがあったらいいなって思って。「ガーデンアパート」というタイトルは、庭って、家の中でもなく外でもないじゃないですか。でも誰かがそこにいて、庭の手入れをしている。それくらいの距離感を表現しています。
ー中年女性の京子に対して「今の日本にああいう人がいるなんて信じられない 」「一生働かなくていい金持ちなんて日本にいないと思ってた」とひかりと世界(石田清志郎)のセリフがありますね。今の日本の社会を批判しているような言葉だなと。
社会的な状況としては、やっぱり日本の政治というか政府がちゃんとしていないとは思いますね。使わなくていいことにたくさんお金を使うし。例えば、最近もアメリカのプレッシャーでF35戦闘機の購入を勝手に買うことを決めていましたし。お金がない人でも、どんな人でも生きていける社会でなきゃいけないと思うんです。私を含め、いろいろな人が政府に対して声をあげてもいい世界を作っていくのはとても重要だと思います。
ー使われている音楽も、映画の雰囲気をより鮮明にしていて素敵ですね。
4人のアーティストの楽曲を使わせていただきました。伝説的なアーティストの戸張大輔(とばり・だいすけ)さんは、ダメもとでお願いしたら了承してくれて。オープニング曲に使わせていただきました。あとは、オーストラリアの女性ミュージシャンScraps(Not Not Fun)の曲。それ以外は、Kota WatanabeのソロプロジェクトCemeteryの曲を全面的に使わせていただきました。ALMAちゃんは、劇中でライブを披露しています。
ー東京っぽさが伝わってくるなと思ったんですが、ロケ地について少し教えてください。
序盤のシーンで使ったのは、渋谷にあるサンドウィッチ屋バイミースタンドです。中盤で登場する下着屋さんは、大親友が働いていたガブリエルペコというお店。彼女が働いていた時に、よく遊びに行っていたので、とても思い入れのある場所です。
バイミースタンド
ー最後に今後の活動予定について教えてください。
次の長編映画を準備中です。ガーデンアパートは低予算で作った映画なんですけど、次の作品は結構ちゃんとしたものになります。日本とイギリス双方のプロダクションで製作する予定です。舞台は日本で、テーマは夜。その中でいろいろな街並みなどを見せていきたいなと。そして、皆さんに進化を見せられたらと思います。