「CAPSULE HOUSE-K」(Photo:Keisuke Tanigawa)
Photo: Keisuke TanigawaCapsule House-K
Photo: Keisuke Tanigawa

山奥に眠るメタボリズム建築の傑作が宿泊施設へ

黒川紀章の手がけた『CAPSULE HOUSE-K』の修繕費用をクラウドファンディングで募集中

Mari Hiratsuka
広告
テキスト:磯達雄
写真:谷川慶典

東京の銀座8丁目にある建築『中銀カプセルタワービル』を知っている人は多いだろう。箱の形をしたカプセルを積み重ねたような外観の建物は、黒川紀章による設計で1972年に完成した。建築や都市に成長と変化を取り込むことをもくろんだ「メタボリズム」という運動を代表する建築とされる。

日本のみならず世界中の人々から関心をもたれていて、新型コロナウイルスが広まる以前までは、建築の前でカメラを持った外国人観光客の姿を多く見かけたものだ。

その有名建築の影に隠れ、もう一つのカプセル建築が翌年に完成していた。黒川が自らの別荘として建てた『CAPSULE HOUSE-K』だ。この別荘が宿泊施設として公開されることになったと聞いて、オーナーである黒川未来夫(くろかわ・みきお)に見学させてもらった。未来夫はMIRAI KUROKAWA DESIGN STUDIOの代表取締役で、黒川の息子に当たる。

この建物はもともと黒川の設計事務所が所有していたが、事務所の民事再生に際して別の所有者に移った。それを未来夫が修復と保全のために買い取ったのだ。

黒川未来夫(Photo:Keisuke Tanigawa)
黒川未来夫(Photo:Keisuke Tanigawa)

東京の避暑地として早くから開けた軽井沢の西側にその別荘はある。谷川の上に100メートルもの高さで架かる軽井沢大橋を渡ると、森泉郷の別荘地へたどり着く。そこからさらに曲がりくねった道路を行くと、視界の先に建物が小さく見えてきた。

目的地に到着するが、そこに建物の姿はない。あるのはベンチとバーベキューコーナーだけ。実はここは屋上で、その下に建物があるのだ。脇に回り込んだら、ようやく鉄筋コンクリート造のシャフトから赤茶色をしたカプセルが片持ちで突き出た様子が分かる。

『CAPSULE HOUSE-K』屋上(Photo:Keisuke Tanigawa)
『CAPSULE HOUSE-K』屋上(Photo:Keisuke Tanigawa)

外階段を降りて玄関へ、シャフトの中へと入ると暖炉付きのリビングルームがある。

『CAPSULE HOUSE-K』リビングルーム
『CAPSULE HOUSE-K』リビングルーム(Photo:Keisuke Tanigawa)

玄関に近い側から、台所、寝室、寝室、茶室と4つのカプセルが取り囲む。2つある寝室はユニットバス付きで、丸窓からは雄大な浅間山の風景が望める。茶室にも丸窓があるが、こちらは障子の向こうに透けて見えるようになっており、数寄屋造りの意匠に溶け込んでいた。  

らせん階段を下りると、主寝室がある。1997年に行われた改装で現在の状態になったが、もともとはアトリエや娯楽室として使われていた。イーゼルが残されているので、黒川がここで絵を描いたりしていたのだろうか。内装が大きく改変されたのはこの階のみで、残りは竣工(しゅんこう)時の状態がほぼ保たれている。

『CAPSULE HOUSE-K』主寝室(Photo:Keisuke Tanigawa)
『CAPSULE HOUSE-K』主寝室(Photo:Keisuke Tanigawa)
『CAPSULE HOUSE-K』主寝室(Photo:Keisuke Tanigawa)
『CAPSULE HOUSE-K』主寝室(Photo:Keisuke Tanigawa)

『中銀カプセルタワービル』との類似点とは

『中銀カプセルタワービル』とこの建物は、類似する点が多い。垂直に立つ鉄筋コンクリート造のシャフトにカプセルが取り付くという構成はそのままで、シャフトの数が2本から1本になり、カプセルが140個から4個へと減っただけである。

カプセルのサイズと構造、取り付け方法も同じだ。寝室カプセルの片方には、『中銀カプセルタワービル』のそれとほぼ同様に、情報装置や折り畳みデスクを一体化した壁面収納も設けられている。  

一方で、異なる点もある。カプセルの外装は耐候性に優れたコールテン鋼が採用された。耐火被覆のアスベストは使わずに済んでいる。丸窓は平面ではなく球面になった。これは『中銀カプセルタワービル』でもやろうとして、ここでようやく実現できたのだという。

寝室の丸窓は開かないが、スリットのような換気口が2カ所あり、空気が抜けるようになっている。台所は窓が横長の四角形で、開放も可能。カプセルの開口が、自由にデザインできたことが分かる。  

そして何よりも、カプセルの意味合いが異なる。『中銀カプセルタワービル』では、1つのカプセルの中に、個人が生活するための機能が全て詰め込まれていた。『CAPSULE HOUSE-K』では、それぞれに異なる機能が割り当てられ、全体が合わさることにより、住宅として成立するようになっている。  

加えて、敷地の条件も大事なポイントだ。急斜面の敷地は工事が難しいが、カプセル化によってこれを容易にし、シャフトの部分だけで接地しているので、環境の改変も最低限で済んでいる。『中銀カプセルタワービル』は都心のビジネスマンションという新しい建築タイプを示したが、『CAPSULE HOUSE-K』は豊かな自然の中に立つカプセル建築というモデルを示すものだった、と言える。

『CAPSULE HOUSE-K』
『CAPSULE HOUSE-K』寝室(Photo:Keisuke Tanigawa)

カプセルのルーツを示す茶室の存在

なぜ黒川がこの別荘を建てたのかを黒川未来夫に尋ねると、「黒川はカプセル建築の可能性をありとあらゆる形で考えていました。中銀カプセルタワービルと並行して、戸建て住宅への応用も思いつき、自分の別荘で試してみたのでしょう」と教えてくれた。  

いわばスピンオフ企画だったと言えるのだが、黒川によるカプセル建築の構想を考える上で、非常に重要なヒントを与えてくれるものでもある。それは「茶室」の存在だ。黒川には茶をたしなむ祖父がいて、自宅には小間の茶室があった。そこが子ども時代の勉強部屋だったという。

その時の空間体験が、後に建築のスケール感に生かされることとなる。カプセルのルーツが茶室であることを、この別荘は示しているのだ。

『CAPSULE HOUSE-K』茶室(Photo:Keisuke Tanigawa)
『CAPSULE HOUSE-K』茶室(Photo:Keisuke Tanigawa)

 

『中銀カプセルタワービル』は分譲集合住宅であり、一般の人は原則、中へと入ることはできない。そして当初は想定していたカプセルの交換も行われないまま老朽化が進み、建て替えの話も出ている。

それだけに『CAPSULE HOUSE-K』が宿泊施設として公開され、料金を払えば誰でもこの別荘を利用できるようになるのは、とても喜ばしいことである。宿泊は一棟全体を貸す方式で、最大で7人が宿泊できる。料金は1泊20万円前後の予定だ。

宿泊施設へと変えるに当たっては、最低限のリニューアルを行わなければならない。現時点で内装の修繕はほぼ済んでおり、設備や備品の整備にこれから取り掛かる。順調に進めば、2021年6月から民泊事業を開始する予定だ。  

設備の修繕費用はクラウドファンディングで調達 

MIRAI KUROKAWA DESIGN STUDIOでは、設備や備品の購入と民泊事業を始めるための資金調達をクラウドファンディングで行い、その申し込みを2021年5月23日(日)まで受け付けている。出資者へのリターンは、1970年に発行された粟津潔のデザインによるアートブック『黒川紀章の作品』、2006年に発行された『黒川紀章著作集』(全18巻)、図面をもとにした『黒川紀章のリトグラフ』のいずれかを選べる。また、建物の銘板に名前が記されるほか、宿泊料金の割引や宿泊開始の前に行われる見学会の招待を実施予定だ。

「この建築について、実はあまり知らなかった。亡くなってから生前を知る人に話を聞き、この建物を訪れて非常に面白いと思った。コロナ時代になって、黒川の先進性はますます輝きを増している。その価値を多くの人、特に若者たちに伝えたい。そのためにも、公開に必要な資金の協力を」と、未来夫は呼びかけている。

黒川未来夫(Photo:Keisuke Tanigawa)
黒川未来夫(Photo:Keisuke Tanigawa)

クラウドファンディングの詳細は、MIRAI KUROKAWA DESIGN STUDIOと工学院大学建築学部鈴木敏彦研究室が共同で行う「カプセル建築プロジェクト」の公式ウェブサイトからチェックしてほしい。

建築とアートが好きなら……

おすすめ
    関連情報
    関連情報
    広告