「お前、悪い女だな」と言われるのは、銀座では「褒め言葉だと思います」と屈託ない笑顔を見せるが、実は京女。
芸能関係の仕事で上京するものの、いつしか夢はなくなり、しっかりとした仕事を考えるなら芸能活動を辞めようと銀座の飲食業界に身を投じたのが18歳の時だった。芸能とのつながりからメイクアップアーティストも思い浮かんだが、バースプーンやシェイカーが揃っていた実家で、幼い頃からミルクセーキなどを自作していたことに加え、カクテルを作る面白さや銀座という街の魅力から、自身の店を構える目標を掲げた。
目標に向かって貯金を積み重ねた。そのため、25歳の頃から銀座のクラブにも勤務。いくつかのバーも経験しながら、ソムリエの資格も獲得した。銀座に7店舗を構える著名バーグループ、ハートマンより縁をもらい、カフェバー ケーに勤務することに。グループ社長のロマン、男気に惚れ、男社会の中で娘のように大事に育てられた。おかげで、カクテルも、余裕のある遊びも、名物のカツサンドについても学んだ。独立前の物件探し中には、これまた銀座の名店、バー三石に勤務するチャンスも。これもさらなる勉強として身についた。
2018年3月26日、自身の店、バー ユウ(Bar Yuu)をグランドオープン。昔、勤務していたクラブのママがお客さんを連れて来店、また当時のお客さんも忘れずに飲みに来てくれた。「好きなことを仕事に......と言っても、そんなに簡単なことじゃない。ただ銀座という街、そしてお酒が好きでなかったら、これほどの人たちと親しくなることはできなかった」と振り返る。
バーテンダーは「どこそこの社長さん」という客の覚え方はしない。「あのお酒を飲んでいた、あの時のお客」として記憶している。それゆえに、客として通ってくれた大会社の社長とも懇意になれたと理解している。独立した際には、「今となってはお前も社長だろ。同じ社長として胸を張って頑張っていけ」と言葉をかけられた。大勢のバーテンダー、大勢の銀座の人々の力でここまで来られたと感謝を忘れない。
菓子作りが好きだったこともあり、両親にはパティシエなどの進路もすすめられた。もしバーテンダーでなかったら、どんな仕事を選んでいたか問うと「やはりバーテンダーだと思います」と、芯の強さも頼もしい。「静かに飲む方には向かないかもしれない」という、笑顔が絶えない新しい銀座のバー。それもまた楽しからずや。