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リボーンアート・フェスティバルでしかできない15のこと

東日本大震災の復興を目的とした、小林武史による芸術祭

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撮影:Kisa Toyoshima

宮城県石巻市を舞台にした芸術祭『Reborn-Art Festival 2019』が、いよいよ8月3日(土)に開幕する。2017年に引き続き2回目の開催となる今回は、実行委員長であるミュージシャンの小林武史をはじめ、7組のキュレーターがそれぞれのエリアを担当し、統一のテーマである「いのちのてざわり」を表現する。

2011年3月11日に発生した地震に端を発する東日本大震災は、原発事故など人災としての側面も小さくないが、震源から近い石巻市は特に津波による被害が凄まじく、行方不明者も含めた犠牲者数では本震災最多といわれている。その復興を目的として始まった同芸術祭は、必然的に死生観や自然観といった諸問題が主として作品化されていた。

それゆえか過酷な自然環境での鑑賞が強いられる展示も多く、アクセシビリティー面の困難さも無視できない。そこで、タイムアウト東京では「これだけは」というものを15に絞り、TO DO形式で紹介する。同芸術祭に関心を持つ向きの一助となれば幸いだ。なお、作品のボリュームというよりは交通の便が理由で1泊2日では少しハードな印象。後述するナイトプログラム『夜側のできごと』が開催されている日を選んで2泊するのもアリかもしれない。いくつかの展示はスキップするなど無理のないペースで、熱中症対策や虫よけ、日焼け止めなどの諸準備はくれぐれも抜かりなく。

石巻駅前エリア

同芸術祭は牡鹿半島に点在する4エリアおよび島1エリアを含め7つのエリアに分かれている。JR石巻駅から徒歩圏内にあるのは「駅前エリア」と「市街地エリア」の2つだ。まずは宗教学者の中沢新一がキュレーターを務める「駅前エリア」を紹介しよう。といっても主要な参加アーティストはシンガポール出身のザイ・クーニンただ一人。自身をアーティストではなくシャーマンだというザイは、2016年の日本初個展にも「黒潮」を意味するマレー語のタイトルを付けていた。海流で結ばれた南方から、宗教学者がシャーマンを招くというストーリーは、同芸術祭としても座りのいいものだろう。

シャーマンと視線を交わす。

石巻で最初の百貨店として建てられた旧観慶丸商店を会場に、おびただしい数の茶わんを使用したザイによるインスタレーション『茶碗の底の千の眼』が展開されている。制作に当たり人々から募ったという茶わんが、非日常の災害と対照をなす普段の生活のメトニミーとして機能するのならば、水面にたゆたう千の眼が見据える先に何があるのか。その問いを折に触れて思い返しながら、旅程を進めよう。

桃浦エリア

中心市街地から南東へ向かい、牡鹿半島の北西部にあるのが「桃浦エリア」だ。実行委員長の小林がキュレーターを担当する同エリアでは、小林自身が言うように比較的ライトなアートファンを意識したエリアとして位置付けられているようだ。草間彌生やアニッシュ・カプーアなどが観られるのも単純にうれしいが、左官職人として国内外から注目を浴びる久住有生や、パルコキノシタなどの新作も鑑賞できる。北朝鮮からの難破漁船に取材した深澤孝史の意欲作もある。8月10日(土)以降は毎週土曜日にナイトプログラム『夜側のできごと』も開催されるので、そちらもチェックしてほしい。

土地の物語に耳を傾ける。

「桃浦エリア」で特筆すべきは、旧荻浜小学校を会場に使用した中崎透による『Peach Beach, Summer School』だろう。桃浦にゆかりある人々へのインタビューに基づいて、テキストと空間が編まれていく。中崎らしいほどよい温度感の言葉選びが冴え、そこにノスタルジックな品々が詩情を添えており、単なるドキュメントに終わらない立体感ある作品に仕上がっている。「津波の町」「カキ漁の町」といった散文的な情報ではなく、石巻という土地の複雑な景色の一面を教えてくれる佳作だ。先述のナイトプログラム『夜側のできごと』も、中崎がディレクターを務めるとのことで、なおさら期待が高まる。

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キラキラにはまり込む。

タイムアウト東京的には、増田セバスチャンを外すわけにはいかないだろう。昨年、旧荻浜小学校に展示した『Microcosmos —Melody—』のほか、校庭には新作『ぽっかりあいた穴の秘密』が出現した。「原宿KAWAII」なキラキラの穴の中にはまり込んでしまった感覚を体験できる。一見するとセバスチャン作品とは思えない無骨な外観とのギャップも小気味よい。建築家の家成俊勝が率いるdot architectsや、京都造形芸術大学ウルトラファクトリーなどの関西勢も共同制作としてクレジットされている。

MoWAで鑑賞する。

「MoWA」のサインからして出オチ感の否めないSIDECOREの『Lonely Museum of Wall Art』。しかしながら侮ることなかれ。ストリートカルチャーの一翼を担ってきたグラフィティなどウォールアートへの愛にあふれた見応えある作品だ。震災後にますます建造されていく巨大な防潮堤そのものは白いまま残しつつ、その上にMoWAを建立するという点もストリートの作法らしい風刺が効いているようにさえ見えてくる。

荻浜エリア

同芸術祭のアイコン的存在でもある名和晃平作品『White Deer (Oshika)』が屹立する「荻浜エリア」。同エリアでは、押しも押されもせぬ人気アーティストの名和自身がキュレーターをも務めている。駐車場からもしばらく歩く必要があり、とりわけ洞窟を会場にした作品はぬかるむ足場もハードルになる、なかなかに試されるエリアではあるが、毎日正午にしか味わえない鑑賞体験を与える野村仁の作品や、洞窟壁画のような神秘性を持った村瀬恭子の作品などを観ることができる。

炎の洞窟を探検する。

なんといってもインパクトがあるのが、名和による新作『Flame』だ。文字通り「炎」のような作品で、二の句が継げないような、思わず笑い出してしまうような原初的な力強さがある。難しいことは特に考えず、ただただ圧倒されてみるのも一興だろう。とはいえ、決して大雑把な作品ではなく、原摩利彦のサウンドスケープも含め、知覚に訴えかける緻密な調整がされていることは言うまでもない。

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スローに味わう。

真面目なアートファンには怒られてしまうかもしれないが、わざわざ地方の芸術祭に足を運ぶなどという面倒臭いことをする理由の一つには、間違いなく「食」がある。親潮と黒潮のぶつかる天然の好漁場や、緑なす豊かな山々を前にして胃袋を休ませるようなことがあれば、それこそ冒涜(ぼうとく)というものだろう。打ち寄せる波のあまりに穏やかな砂浜に臨むレストラン「Reborn-Art DINING」でしばし休息を。芸術祭のフードディレクターを務めているのは、スローフードの伝道師アリス・ウォータースのシェパニーズで腕を揮ったジェローム・ワーグと原川慎⼀郎。芸術祭オフィシャルサイトのヘッダーが「ART」「MUSIC」「FOOD」と設定されている、その意味を己の舌でもって納得してほしい。

小積エリア

腹がふくれたら次の「小積エリア」へ。デザイン会社grafの立ち上げにも関わった多才の人、豊嶋秀樹がキュレーションする同エリアは物理的な鑑賞のしやすさも鑑み、総じてバランスのよい展示空間になっている。害獣として「駆除」される鹿を食肉とすべく解体処理を施す施設「フェルメント」を起点に、展示場となるコンテナが散らばっている。写真家の参加が目立つが、多くの芸術祭で引っ張りだこの「泥絵」を描く淺井裕介や、獣道をフィールドにして立体作品を制作する堀場由美子なども出展している。

命に感謝する。

同エリアを代表する「フェルメント」を会場にしているのが、在本彌生と小野寺望だ。木彫り熊を終生彫り続けたアイヌの老人や、南インドの女性たちに伝わる砂絵など、生活に息づく文化の美しさにカメラを向けてきた在本が、2017年から同芸術祭に関わる「食猟師」小野寺の生き方を追っている。自然の生々しさに、静かに頭を垂れる気持ちになるだろう。先の「荻浜エリア」で鹿肉に舌鼓を打った後であればなおさらだ。

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山伏のパフォーマンスに期待する。

世間広しといえども、そして石巻がいかに「漫画の町」であろうとも、稀代の漫画家、岡崎京子のアシスタント経験を持つ「山伏」は、坂本大三郎をおいてほかにはいないだろう。その坂本がコンテンポラリーダンサーの大久保裕子とともに作品『いつかあなたになる』を出展。同作の一環として、中心市街地にある剣道場にてパフォーマンスも行われる。変幻自在のフローで異彩を放つラッパー、鎮座DOPENESSも参加するとあって要注目だ。

志賀理江子を気取る。

同エリアでひときわ印象的なのが、志賀理江子の『Post humanism stress disorder』だ。鮮烈な写真作品で知られる志賀が初のインスタレーションとして発表する同作は、たまたま数本だけ立ち枯れていた木々をフックに、辺り一帯にカキ殼を敷き詰めたフォトジェニックな作品。青々とした牧歌的な風景に突如として現れる真っ白なロケーションで写真を撮れば、まるで志賀理江子作品を我が物にしたような緊張感を得られる。しかしなぜ、この一部の木々だけが朽ちているのだろうか。にわかには信じがたいことだが、この美しく真っ白な木々は、2011年の大津波が、こんな湾奥の地まで押し寄せた証左でもあるらしい。志賀自身、宮城県在住だったという事実にも考えが巡ってしまう。

鮎川エリア

コアな現代アート好きであれば、島袋道浩が担当する「鮎川エリア」を目指して一路、牡鹿半島の先端へ。アクセスの悪さこそ玉にきずだが、野口里佳や石川竜一といった、人気も実力も兼ね備えたアーティストがそろい踏みで新しい表現に挑戦している。居酒屋などはないものの、後述の『詩人の家』では、島袋らがバーカウンターに立つかもしれないとのことなので、ぜひとも同エリアで一晩をアーティストたちとともに過ごしてほしい。

時間は青葉市子に教えてもらう。

透明感ある声で多くのファンを魅了するミュージシャン青葉市子が、「鮎川エリア」の古民家をインスタレーション作品として再生させた。本人の声にも似た、温かさと清らかさの同居するドローイングなどを楽しんでほしい。ところで石巻市では朝7時、正午、夕方17時と、時報の音楽が流れるのだが、芸術祭の会期中は、それらの電子音楽に青葉が声を重ねたものに置き換えられるという。朝にポール・モーリア、夕にドヴォルザークと、青葉の声が石巻に響き渡る様子には趣深いものがありそうだ。

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白い道に誘われる。

エリアのキュレーターを務める島袋自身の作品に『白い道』がある。石川竜一がその名も『掘削』という作品で、重機を操りひたすら穴を掘っている状況にも唸るものがあるが、その脇に白い道』の入口がある。うっそうとした緑の中へ続く、不自然に白い砂利道は否応なしに胸の高鳴りを呼び寄せる。そこそこの勾配ある道を歩くことにはなるのだが、その先に広がる景色がもたらす興奮は体験した者だけに与えられる。

吉増剛造と泊まる。

「鮎川エリア」の中心的なスペースとして存在するのが、常に時代を切り開いてきた異能の詩人、吉増剛造が「暮らす」作品、『詩人の家』だ。芸術祭会期中、吉増は同地に滞在し、ほぼ毎日、執筆や制作、観客との交流を行う。さらには完全予約制で、吉増が住居とする『詩人の家』に宿泊することも可能というエキセントリックな内容だ。せっかくの機会、ザイ・クーニンに勝るとも劣らないシャーマン感あふれる天才詩人と一晩を過ごしてみてはどうだろうか。

網地島エリア

今回から新たに会場として加わったのが、人口400人ほどの島「網地島エリア」だ。上述の「鮎川エリア」から、ここ網地島、次に「猫の島」として有名な田代島、そして石巻の中心市街地へと船が運航している。同エリアは海水浴場として地元民にも利用されているため、時期の重ならない8月20日(火)からの開催となるので注意してほしい。東京でワタリウム美術館を運営する和多利恵津子と和多利浩一の姉弟がキュレーターを担当している。常に自然とアートをテーマとしてきたロイス・ワインバーガーをはじめ、バリー・マッギー、ジョン・ルーリー、さらには人気俳優の浅野忠信など、ワタリウムらしい人選が特徴だ。今最も注目を集める現代アーティストの一人フィリップ・パレノが、アンドレ・ブルトンとは異なる立場からシュールレアリスムを志向した、ルネ・ドーマルによる未完の冒険小説『類推の山』をモチーフに作品制作を行っているのも興味深い。変則的な会期や船便の使い勝手に加えて、島内にはカフェもコンビニもないので、もしも訪れるのであれば、準備を怠ることないよう臨んでほしい。

浦島太郎を弔う。

1992年生まれの若き俊英、小宮麻吏奈は同エリアに「古墳」を作った。仁徳天皇陵の古墳は、クフ王のピラミッドや、秦の始皇帝陵とともに世界三大墳墓に数えられもするわけだが、始皇帝が仙人の住む「蓬莱山」に執心したことを手がかりにして、小宮の想像力はどこまでも飛翔していく。浦島太郎伝説に関連する最も古い伝承の一つによると、この和製リップ・ヴァン・ウィンクルが訪う先もまた、竜宮城ではなく蓬莱山だということになっている。この日本のポピュラーな昔話を、例えば津波による行方不明者の物語、もっと踏み込むなら、遺された者たちを癒す物語として読み直すこと……。さまざまなイメージの連想を掘り起こすような同作は、有名スターアーティストによるトリビアルな作品が目立つ印象を免れ得ない「網地島エリア」にあって、ひときわ高い満足度を与えてくれる力作だ。

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島の思い出を持ち帰る。

2000年ごろから共同制作を続けている伊藤存と青木陵子が出展している点も「網地島エリア」の魅力の一つだ。『海に浮かぶ畑がつくり始めると、船の上の店は伝言しだす』という長いタイトルで、2会場に作品を展開している。島の中央辺り、かつて駄菓子屋だった建物では、島で見つけられた品々に手を加えた物が商品として実際に販売されているので、思い出の品として持ち帰ることが可能だ。森の中に隠された畑のようなもう一つの会場とあわせて、両氏ならではの自由で伸びやかな空間が広がっている。

市街地エリア

網地島を出航した船が中心市街地に着いたら、帰りの列車の時間までは「市街地エリア」を散策しよう。『キマワリ荘』のプロジェクトで知られる有馬かおるがキュレーターを務めており、石巻出身の若手クリエーターが多数出展している最も地元に根付いたエリアだ。「漫画の王様」こと石ノ森章太郎とも縁深い石巻だけに、漫画家による出展があるのも特徴。

写真にある展示会場を担当する青木俊直は、『ウゴウゴルーガ』や『なんでもQ』シリーズなどにも関わった人気作家で、東北地方を舞台にしたNHK連続テレビ小説『あまちゃん』のファンアートでも注目を浴びた。そのほか、石巻出身の漫画家、たなか亜希夫の、津波により浸水した漫画原稿なども展示されている。

あの日のことを語り継ぐ。

アート作品ではないが、市街地を歩いていて目に入ってくるのが、津波の恐ろしさを記すさまざまな標識だ。電信柱に事もなげに書かれている「3.11津波 実績浸水深○m」といった文字がリアリティーを伴って立ち上がってくる。少なくともハードウェア面では、すっかりとはいわないまでも復興を遂げた同地のあちこちに残された、あの日の痕跡を目の当たりにするだけでも石巻を訪れる意義があるのではないだろうか。

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