翻訳 佐藤環
「日本語と英語、どちらでやりますか?」新宿の古びた喫茶店でのインタビュー前にジム・オルークは私にこう聞いてきた。シカゴとニューヨークのインプロヴィゼーション・シーンのベテランで、ウィルコの2004年のアルバム『ゴースト・イズ・ボーン』でグラミー賞を受賞したプロデューサーでもあり、ソニックユースの元メンバーであるジムは、日本に暮らし始めてて5年が経つ。そして今では、日本語で話す機会の方が多いという。
移住する前から50回ほど日本を訪れていたジムは「他の国とくらべて、日本が一番気に入っていた」という。移住後はフリーのプロデューサー業に精を出すほか、自分のソロプロジェクト(最新アルバムは2009年の『ザ・ビジター』)や、新宿のライブハウスで活動を続けている。アバンギャルドのアイコン的存在の灰野敬二やメルツバウ、ジャズミュージシャンのザ・シングと舞台を共にするほか、キーボード奏者の石橋英子、ベースの須藤俊明、ドラムの山本達久らと結成したバンドで活動を続けている。
メディアに出ることはめったにないことで有名なオルークがめずらしく姿を現して、今月末に予定されているスーパーデラックスでのコンサートについて語ってくれた。6日間にわたるコンサートでは、大学時代の作曲、根強い人気のソロアルバム2枚(インスト中心の『ハッピー・デイズ』と『バッド・タイミング』)から過去の軌跡を振り返ると同時に、待望の新曲も披露するという豪華な内容になっている。しかもほとんどの曲が現時点では未完成。昨晩は『タクシードライバー』という日本酒を飲み明かして二日酔いだというから大変だ。「目覚めたとき自分がトラヴィス・ビックルになったかと思ったよ。強い酒だった」と彼はいう。
ー(『タクシードライバー』は)ご自分で選ばれたのですか?
飲むのは日本酒オンリーです。ほかの酒は酔いが回るのが早すぎて。日本酒が大好きなんです。ボトル一本飲んでも大丈夫。日本酒を飲み始めたことは、人生に起きた最良の出来事のひとつなんじゃないかな(笑)。思考を停止できるんですよ。麻薬とかは試したことがないので、日本に来るまで脳を停止させるのは一苦労だった。何をしても仕事のことを考えていて、不眠症っぽくなってました。おかげで今は仕事をストップすることができます。
ーとても落ち着いているのはそのせいですか?
日本酒が僕を落ち着かせたかはわからないけど。(間をあけて)仕事について考えるのを少しだけやめたんです。これは僕にとって、新しくてエキサイティングなことです(笑)
ー仕事についての質問になってしまって申し訳ないのですが・・・あなたのことを知らない友人に、あなたについて話すと、「そのひとはどうやって生活してるの?」と聞かれるのですが、現在のメインの収入はどこからになるのでしょうか?
僕のですか?基本、過去20年は脇目もふらず仕事ばかりしてました。20年前にやったことの方が、今の仕事よりも収入になってますが(笑)
ー印税だけで生活しているのですか?
ええ、もちろん。莫大な金額じゃないですけどね・・・幸運なことに、誰かの曲をプロデュースするときに作詞もすることがあって、それが自分がつくった作品より大ヒットすることがあるんです。一曲だけだったら月に25円くらいでも、それが200曲あれば、生活していくことはできる。15年前、日本に移住しようとして挫折しました。言葉もわからないし、若すぎたし、お金もまったくありませんでした。だけど頭の片隅で、いつか必ずできると信じて10年かけて貯金したんです。その10年の間、大手レーベルのバンドなど、キャリアの中でも最もハイレベルな仕事に恵まれたんです。
ー日本に来たときは、これまでのツアーなどから手を引きたいと思っていましたか?
ああいう生活はもうしたくありませんでした。大事なことだとは理解しているけれど。例えばロンドンでショーを行うとしますよね。現地まで一日かけて行って、戻ってくるのにも一日かかる。それ以外にたぶんもう一日くらい必要で、ショーをする当日が一日。結果、たった一時間だけのために4日間も必要になるわけです。もうそういうことはしたくない。若いうちはエキサイティングですよ、新しい土地で新しい人と会うっていうのは。でももう25年間もそれをやってきて、続けていきたいかどうか自問したんです。ライブで演奏するよりは、スタジオで作曲している方が自分には向いている。
ーそうなんでしょうか?
そうですよ。もう二度とショーで演奏できないとしても不満はありません。
ースーパーデラックスでのライブについて聞かせてください。『ハッピー・デイズ』のステージはどう演出されるか想像できるのですが、80年代のテーブルトップギターの作品のような、20年以上演奏していない曲は一体どうなるのか見当もつきません。
テーブルトップは80年代につかっていたようなギターをリメイクして演奏する予定です。ピックアップやスイッチがそこかしこについてますからね。リメイクが終わったら実際に演奏して練習します。残念ながら弦楽四重奏曲は半分くらいなくしてしまったので、記憶をたよりに書き出しています。テープの部分はオシレーターの部分だけなんですよ。それぞれの弦にリングモジュレーターがあって、それぞれ制御周波数があります。楽譜はあるけれど、4チャンネル方式のテープを新たに作らなければいけないんです。あといくつかの古いテープは単純にほこりを掃除すればいいだけです。
ー新作もかなりありますよね。過去のリバイバルだけにならないように注意しているのですか?
保存されているものが少なくて。昔からいろいろ捨ててしまうのがくせなんです。
ー昔の作品はどういったフォームで再生されるのでしょうか。
大量の楽譜です。どれだけ書いても耳にすることがないと気づいた学生時代に楽譜を書くのはやめたんですが、手元に大量の楽譜が残りました。こうやって使うことになるとは想像もしてなかったのですが。それが大きな意味をもってるわけでもありませんが、もう一度使うことになるとは思っていませんでした。ザ・ビッグ・バンド(ジャズ大御所の坂田明、梅津和時らと組んだバンド)は昔からやりたかったことで、過去の作品をアレンジしています。いまでもまだ終わっていなくて、完成は最終の音チェックの1時間くらい前だと思います。途中でやめることができないのが悪い癖なんです(笑)。
ー『ハッピー・デイズ』や『バッド・タイミング』をやるのは興味深いですね。でも(2001年リリースの歌が中心のアルバム)『インシグニフィカンス』はどうなんでしょうか。
歌をやった方が観客は喜んでくれると思うけど、それはちょっと別にしておきたいんです。12年もかかってしまった新しい歌のアルバムがもうすぐ完成するので。
ーこれは歌詞が入った歌なのですか?
歌詞と歌と、とっても無礼なテーマを用いた曲です。だいたい、そうですね、5曲はすでに録音済みで、でもまだ完成はしていません。なんでかはわからないですけど、たぶん今年こそはリリースする予定で、その後は、ちゃんとしたバンドのショーをやりたいんです。バンドのショーはリラックスしたものにしたい。実際、僕の演奏は常にそうですけど。バンドメンバーには、ショーが始まるぎりぎりまでセットリストは作りません。
ーバンドメンバーは誰ですか?
山本達久と、石橋英子と、須藤俊明です。英子のバンドと同じメンバーです。須藤さんはもう何年もの付き合いで、メルト・バナナのドラマーもやっていました。
ー沢山のメルト・バナナ出身者の中の一人ですね。
まあ、須藤さんがメルト・バナナ一番最初のオリジナルドラマーでした。彼とはメルトバナナのセカンドアルバム(でミックス)を手がけたことがきっかけで知り合いました。たしか94年か95年じゃないかな。須藤さんとはそこからの長い付き合いで、彼は素晴らしいベーシストなんです。本当にすごい。
ー毎日聴き続けている音楽はありますか?
ザ・ネックスはほぼ毎日聴いてます。彼らが大好きなんです。最初のレコードからのファンなんです。ふだんは電子音楽をよく聞いてます。
ー例えばどんな曲ですか?
古い曲です。ローランド・カインという人がいるんですが、彼の曲はほぼ毎日聞いてます。ピエール・アンリだとか有名な人の曲もよく聞くし、友達の新曲も。もしケビン・ドラムが新曲を出したら買います。でもよく聞くのは子供の頃に聞いてた曲。新しいから聴かなければいけないというのはわからない。どこかの新しいロックバンドの曲よりはレッド・ツェッペリンの曲を聴きたい。彼らの曲は500回聴いても飽きないけれど、いま出てきているのがそれほどいいかどうかは疑問です。
ーレッド・ツェッペリンのなかでお気に入りの一枚は?
『プレゼンス』です(笑)あたりまえすぎるけど。
ー物議をかもすチョイスかもしれません。
『プレゼンス』は完璧な、最高に完成されたアルバムです。もし“D'yer Mak'er”(※レッド・ツェッペリンのなかでも異色のレゲエ曲)が収録されてなかったら『ハウス・オブ・ザ・ホーリー』がベストですけどね。“D'yer Mak'er”は最低(笑)、レゲエのリズムは好きじゃない、聴いていて退屈です。でも『プレゼンス』は絶対的なんです・・・疑問の余地なしで。
ーあのアルバムから受けた影響はなんですか?
『プレゼンス』は僕にとって完璧なんです。それぞれのフレーズで使うギタートーンの細部まで、アルバム全てが熟考され、熟選され、完成した。 細部にこだわっていないようで、ものすごくこだわっている。それなのにあたかも即席でつくられたかのように聴こえる。これはとてもすごいことなんです。複雑で難解なものというのは、どちらかというとスポーツのようなもので、例えば(ロサンゼルスのジャズフュージョンアクトの)イエロージャケッツのような音楽を聴かせられるのは好きじゃない。なにかをつくるときのおもしろいことの半分は、自分がやっていることをどう隠すかなんだと思います。