瞑想とアンビエントミュージック

坂本龍一との共演でも知られるコリー・フラーが瞑想空間のための音楽について語る

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環境音楽というカテゴリーを提唱したのは、イギリスのプロデューサーで作曲家のブライアン・イーノだが、「アンビエントミュージック」なるものの登場も、彼が1978年にリリースした『Ambient 1: Music for Airports』というアルバムからだ。

同作は、その名の通り空港のための音楽で、その後実際にニューヨークのラガーディア空港で使われたという。空間からインスピレーションを得た同作には「人を落ち着かせ、考える空間を作り出す」という明確なコンセプトがある。

近年、その「落ち着き、考える」ための音と空間が、それぞれ別個のムーブメントとして盛り上がりながら、交差する場面も生まれている。

アンビエントミュージックは、その誕生以来ともいえるブームが世界中で起こっており、日本の久石譲や細野晴臣といった作曲家たちの1970〜80年代の作品の再発売ラッシュが続いている。他方で、「マインドフルネス」というワードは日本でも浸透しはじめ、都内では瞑想(めいそう)やマインドフルネスをテーマにした店が増えてきている。

本記事で取り上げるサウンドアーティストのコリー・フラー(Corey Fuller)は、ニューヨークのアンビエントミュージックの名門レーベル12kなどから作品をリリースし、坂本龍一らとも共演してきた人物だ。そして、彼が今年手がけたのが、南青山にオープンしたメディテーションにアートと煎茶文化を融合した没入体験型スタジオ メディーチャのメディテーションプログラム用の音楽である。

彼が作ったメディテーションのための音楽とは、どのようなコンセプトで作られたのか。制作の工程とともに語ってもらった。

都会の中の静寂

ーメディーチャの音楽を手がけるに至ったのは、どういった経緯があったのでしょうか。

オーナーの長嶋さんと山脇さんがメディーチャのための音楽を探していたときに、私の音楽を聞いてくださり、オファーをいただきました。その後、打ち合わせをし、コンセプトに大変共感したので、コラボレーションすることになりました。

ーメディーチャはそれぞれ異なるタイプの4部屋でメディテーションを体験するという特殊な構造ですが、このコンセプトについてはどんな印象を持ちましたか。

以前から「都会の中の静寂」をテーマにいろいろと考えてきました。メディーチャの話が来た時、都会で生きる人間の心と身体のニーズに寄り添うコンセプトに深く共感しました。

社会や医療でも、人間をパーツで考えてしまう傾向がありますが、人は自然の一部として相互接続的なのです。体と感情、精神と心は独立されたパートではなく全て繋がっている。常に情報交換をしています。

彼女たちが想像していたメディーチャは同様に、人の全体全心、そしてその五感をコンセプトとしていたので、大変興味深いと思いました。また4部屋(エントランスなどを含むと5部屋ですが)は全て一つの体験として繋がっており、美しい流れが演出されています。音楽家としてアルバムの流れや構成を作るのと似ていると思いました。

「時」を感じさせない音空間

ー制作を進めるに当たり、特にこだわった点を教えていただけますでしょうか。

こだわりはたくさんありますが、一つは、音の「Time and Space」に重点を置きました。「時」を感じさせない音空間作りです。それは海や川を見る感覚と近いもので、遠くから見ると「海」や「川」という一つの物体がありますが、近づいたり水に入ったりするとその微妙な揺らぎや変化、動きに気が付きます。しかし、その流れや動きは止まらず、常に流れています。

今回の音も同じで、さまざまな小さな流れでできており、ゆっくりと常に進化をしています。また海のように「Start」と「End」がありません。

これらを実現させるためにさまざまな手法を用いてます。いろいろなレイヤーが重なって鳴っていますが、そのレイヤーは同期していないので、時が経つと自然と互いにズレてきます。そのレイヤーの中にはすごく長い尺のものもあるので、 レイヤー同士が同じ重なり方をしている状態を体験できることはまずないでしょう。

また、複数のスピーカーを室内に配置したマルチチャンネル仕様にし、各スピーカーからそれぞれ違うレイヤーが出ています。ですので、水に浸かる様に、音に包まれているような感覚になると思います。

ー1つ目の部屋「Tune In」の音楽は、アンビエントというよりは、美しいノイズミュージックのようでした。他の部屋も、音楽と空間が調和したインスタレーションのような仕上りです。どのような工程を経て、完成させたのでしょうか。

今回のプロジェクトでは、初期の段階から関わることができたので、サウンドデザイナーとしては理想的な環境でした。

図面を見ながら音響設計者と一緒にスピーカープランを考え、照明デザイナーと音と照明の関係性を考えるところから始めることができました。

そして、その空間と照明とスピーカーのレイアウトをベースに、作曲を始めたのです。まさにその空間のために作られた音になりました。

また、メディテーションへと導くためのサウンドデザインとして完成させるために、実際にそういった効果が得られるか、時間をかけてゆっくり聴き返しながら音を削ったり、足したり、調整しました。空間が出来上がった後、実際にその部屋で音の聴こえ方を確認しながら、細かいチューニングなども行いました。

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アンビエントは、答えではなく質問を問いかける音楽

ー自身のアート作品を作る際と、今回のような仕事では、制作においてどのような点がことなるのでしょうか。

空間のためのアンビエント音楽を制作したのは、今回が初めてではありません。自分の作品制作と大きく異なる点としては、自己表現やパーソナルストーリー、自分の感情の表現などをあえて抑えている点があります。しかし、それは決して無感情な音楽ということではありません。そこがBGMやMuzak(※)と異なる最大の特徴だと思います。

複雑な疑問や不確定性をあえて音楽的に残しているのです。体験する人がそれらを自分の中で気付くことができる、そして感じることができるための間やスペースを作っている音楽だと思っています。

また、空間音楽は、その音がその空間の中でどう聴こえるかが重要です。その空間が完成するまでどう聴こえるかがわからないので、ある程度想像とイメージの中で作業をしないといけません。スタジオで良い音だったとしても、その空間の音響で聴こえ方が全然変わりますから。そこが難しいですね。

 ※ muzak:公共の場で連続的に流される、静かなバックグラウンドミュージック

ーなぜアンビエントミュージックには瞑想状態に導く効果があるのでしょうか?

「間」がある音楽だからだと思います。ミニマルで、不要な要素は取り除いてある。答えではなく、質問を問いかける音楽なのだと思います。

ー完成したメディーチャの出来上がりをご自身で体験してみて、いかがでしたか。

とても上品でディープな仕上がりになっていると思います。東京、いや世界中でこのようなスペースはないと思うので、ぜひいろいろな人に体験していただきたいです。


コリー・フラーの公式サイトはこちら

都市生活者は目をつむる……

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近年、瞑想をテーマにしたスペースが都内で増えてきている。「マインドフルネス」という言葉が広まり、実践のための書籍やワークショップも巷でよく見かけるようになった。本記事では、流行りの「目標達成」のためのマインドフルネスだけでなく、座禅体験や音と光を使ったユニークなプログラムなど、初心者でも参加しやすい瞑想体験の場を紹介する。
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