2010年末にかけてオープンした『檸檬の実』は、あっという間に“谷根千”の人気店となった。なぜ人々に好かれているのか、その理由はシンプルだ。古き良き建物の外観にはじまり、“家”のご飯のように“出された料理をいただく”というスタイルまで、この小さなレストランの全てが“谷根千”の生き方に通じている。そしてその評判は、急速に広がりつつある。最近、訪ねた時に会った、カウンター席に並んで座った女性は、ランチの為だけに、杉並からはるばる来たという。他の日に行った時には、昼の休憩をとっている地元のショップオーナー達が、おいしい食事と1時間の街の噂話で盛り上がろうと集まっていたため、店は満席(あまり席もないが)になっていた。
『檸檬の実』のスタイルは特に珍しいものではないが、オーナーのマイコは、その日の材料と気分で、ランチメニューを1種類だけ作る。その料理が何であれ、値段は1200円だ。量はたっぷり、コースで出される食事を味わえば、最後にはもう何も食べられないと感じてしまうことを考えれば、得した気分だ。ランチメニューは、売り切れたら終了となるので、どうしても食べたい人は念のため13時までに行こう。
最後に訪ねた日の料理は、家庭的で実に美味しいチリコンカンだった。できたてのチリビーンズの辛味はほどよく、細かく刻まれたニンジンの甘味をしっかりと際立たせていた。それだけでも見事な一品だったが、副菜の野菜のマリネ(キャベツの漬け物のフェネルシード添え、沖縄のスパイスで味付けされた刻んだニンジンの小盛)と、サラダ(ルッコラとレッドマスタードリーフ、オカヒジキの蜂蜜バルサミコドレッシング和え。これは思い出すだけでよだれが出てくる)によって素晴らしい食事となった。食事を堪能する間、付き添ってくれたのはマイコのオーブンから生まれ、窓辺の保温機で温められた“全粒パン”。そして、シンプルだが上品なグレープフルーツとオレンジのスライスでしめくくりだ。実に幸せなひとときを過ごした。
以前は花屋で働いていたマイコだったが、喫茶店を経営していた母親を見ながら過ごした幼少期の思い出が、『檸檬の実』を始める原動力となった。「花も野菜もたいして変わらない」と彼女は笑う。「だから、代わりに料理しようって決めたんです。」彼女のランチを試してみよう。彼女の決断を嬉しく思うだろう。