壁にかかった何枚もの食品衛生関連やふぐ調理士の免許を見れば、どんなにふぐの毒を恐れているとしても、安心できるだろう。浅草と上野のちょうど真ん中にある牧野のふぐで死ぬことはない。それどころか、むしろ体が生き返るのを実感するだろう。からしの効いたぷるぷるのふぐの煮こごりを食べれば、足取りは軽やかだ。掴むのが世界一難しい煮こごりを箸で食べるのに成功した喜びもあるだろうが、なんといっても、気さくな夫婦が素朴な店で作る料理の数々が、あまりに美味しくて、五臓六腑に染み渡るからだ。
品書きは多くない。ふぐは「煮こごり」、「皮刺し」、「刺身」、「焼き」、「唐揚げ」、「唐揚げみぞれ」、「鍋(ふぐちり)」、「白子」(時価)の8種類。ふぐを使わない牧野の特別料理、たっぷりの大根、毛がに、そしてバターの「かに大根鍋」もある。食べ終わったら、イクラと卵で雑炊にしてくれる贅沢さだ。
店には、壁の免許証以外にも、ふぐの腹の中で嬉しそうに泳ぐ女性を描いた風変わりな絵画が飾ってあったり、酒のボトルでいっぱいの棚や低い椅子に座る畳の席もある。ふぐは冬が旬なので、牧野の藤井夫妻が毎年恒例のハワイ旅行から帰ってくる9月ごろから店に足を運ぶのがいいだろう。