麻布十番にあるこのバーは、一見すると高級割烹のような設えで、内観もそのたたづまいを裏切らない。樫(かしわ)の一枚板を交差させたカウンターに凛と立つ店主のゲン・ヤマモトは、まるで熟練の寿司職人のようにカクテルを作り出す。彼はバーマンとしては珍しく、シェイカーよりも包丁を巧みに操ることで、国産のフルーツや野菜を類希なるカクテルへと変化させるのだ。
ニューヨークとニュージャージーのカクテルシーンや、東京のトップクラスのバーを経て、ヤマモトは極めて独創的なアプローチにたどり着いた。カクテルは単品で注文することもできるが、ヤマモトの創造性を満喫したいなら、テイスティングセットがおすすめ。
純米吟醸をジャガイモのピュレと合わせた、旨味たっぷりでとろみのある一杯や、高知県産のショウガとハーブなどを芋焼酎と合わせた自家製ジンジャーエールを思わせるカクテル、スペイン産のジンと静岡県産トマトの果肉をシンプルに組み合わせ、シソの葉をあしらったものなど、セットで提供されるカクテルはどれも一口飲むたびにうっとりとため息をつきたくなるものばかり。
なかでもコースの最後を締めくくった一杯は忘れがたく、燗をつけた純米大吟醸『獺祭50』に、冷たいイチゴのクリームを浮かべたものだったが、「温度は味わいを構成するひとつの要素」と言う彼のセオリーに深くうなづいてしまう一杯である。
メニューは、抜群の目利きによる旬の食材を取り入れてコンスタントに変化する。わずか8席のみで、ミニマルな内装かつBGMなしという、ストイックともいえる店ではあるが、カクテルの素晴らしさが、初めての客もくつろぎの時間にいざなってくれることは間違いない。