[title]
テキスト:木薮愛
写真:田中陽介
京都の名物銭湯「サウナの梅湯」を知っているだろうか。五条楽園と呼ばれる旧遊郭地帯に、明治時代に創業した老舗銭湯だ。2015年、当時24歳の湊三次郎(みなとさんじろう)が経営を受け継いでからは、若者の間で広がる「銭湯ブーム」を率いる場所として、存在感を増している。
そんな梅湯が今夏リニューアルし、湊と同年齢の彫り師恭維(きょうい)が経営するタトゥースタジオ「狐や」が2階にオープンした。日本の多くの風呂屋では、刺青が禁止されている。2人の若き経営者は、根強くはびこる「刺青=悪」という偏見に、いかに向き合うのだろうか。
サウナの梅湯オーナー湊三次郎(左)、タトゥースタジオ狐や店主兼彫師の恭維。新しく松の絵が描かれた女湯にて
老朽化した煙突工事と2階の活用
きっかけは、老朽化した煙突の立て直し工事だった。工事で、銭湯は1ヶ月の休業を要するため、これを機にずっと空いていた2階を活用しようと考えたのだ。
湊は、「出入口の混乱を防ぐため、物販などではなく、マッサージ屋やネイルサロンのような、客数が少なくて目的意識がはっきりしている店を入れたかったんです。そこで出会ったのが、独立を控えた彫師の恭維君だったわけです。謙虚で心優しげ、しかも僕と同い歳(27歳)。彼のような人が2階に入ってくれたらいいのに、と思いました」と振り返る。
梅湯の内部
経営難で潰れかけていた梅湯を、受け継いでから3年。集客の難しさや、客同士のトラブル、風呂を焚くための薪不足など、様々な困難があったが、ひとつずつ乗り越えて、経営を軌道に乗せてきた。
それだけに、タトゥースタジオを2階に入れることに、戸惑いがなかったわけではない。
「地道な努力を重ねてやっと来ていただけるようになったお客様が、タトゥースタジオを入れることによって離れてしまうのではないかという不安がありました」と湊。しかし、恭維の刺青への思いに共感して、最終的には出店を申し出ることになった。
新しくなった煙突。銭湯の煙突の老朽化は、全国的に深刻な問題となっている
リニューアルで取り換えられた鏡。広告には、ショップ「VOU」やホステル「マガザンキョウト」など京都の人気店が名を連ねる
なぜ風呂屋で刺青がNGなのか?
「そもそも梅湯では、タトゥー・刺青を入れた方の入浴を断っていません。だって、断る理由がないから。梅湯だけではなく、僕らのような街のお風呂屋さんでは、禁止していないところがほとんどです」
スーパー銭湯や温泉施設は、感染症予防や風紀維持などの理由で禁止している場所が多い。湊は、刺青に関する様々な資料に目を通し、ブログで自身の見解を発表した。そこには、「施術後の入浴規制」など衛生面への配慮や、想定される様々な問題への対処法も、こと細かに書かれている。
彫り師の恭維。藍染めのダボシャツがよく似合う
タトゥー・刺青を身近に感じ、偏見をなくす
坊主頭の恭維は笑顔が多く、明るい表情が印象的だ。20歳の時に初めて刺青を入れてから、魅力に取りつかれ、彫り師を目指した。22歳で、京都のタトゥースタジオ「CATCLAW TATTOO Z」に弟子入り。無給で雑用などをこなしながら、アルバイトを掛け持ちして生計を立ててきた。そうして少しずつ自身の顧客を獲得し、5年間の修行を終了した。
「湊さんと初めて出会ったのは2年前。かっこ良くて憧れていたけれど、まさか自分が梅湯の2階で店をやるとは思いもしませんでした」
得意とするのは、日本の伝統的な和彫りだが、洋物も対応可能だそう。絵柄はイメージするものがあれば、それを持参して相談する。施術料金は1回1万5,000円からで、こぶし大で3万円、手のひら大で5万円程度が目安。筆文字風の「狐や」のロゴは、京都の気鋭デザイナー三重野龍(みえのりゅう)が手がけた。店の様子は刺青を彫らなくても、廊下から見学することが可能(客の希望、施術箇所による)だ。
「銭湯」と「タトゥースタジオ」の組み合わせは、おそらく史上初だろう。賛否両論様々な意見があるだろうが、ただひとつ言えるのは、今まで刺青・タトゥーとは無縁だったというほとんどの人にとって、その文化をぐっと身近に感じられる場所ができたということだ。
関連記事
『東京、タトゥーフレンドリーな銭湯』
『東京で行くべきタトゥースタジオ』